286 黒猫の宴
村に戻る道中も、黒猫族たちは熱のこもった会話を交わしている。どこに行けば邪人が狩れるか、真剣に相談しているらしい。この辺で邪人はほとんど見ないから、王都の近くまで行かないとダメだとか、いっそジルバード大陸に渡ろうかなどと話し合っている。
やる気があるのは良い事なんだが、なんか心配だな。邪人を狩るために無茶して、あっさり死んじゃわないよな。
少し彼らを煽りすぎたんじゃなかろうか?
『フラン、この村に滞在して少し鍛えてやった方がいいんじゃないか?』
(それだと、王都のオークションに間に合わなくなる)
俺の言葉に、フランはフルフルと首を振った。
『そうだけど、こっちだって心配じゃないか』
(ダメ、約束は守る)
『約束って言っても、ガルス爺さんが手紙で一方的に指定して来たんだぞ? 約束って言うほどじゃないだろ?』
(それでもダメ)
『まあ、フランがそう言うならいいけど』
こういう所は頑固だな。決めたことは絶対に曲げないんだ。まあ、そういう所もフランの魅力なんだけどね。
そのまま黒猫族の村に戻ると、一緒にゴブリン退治にいった黒猫族たちが、村に残っていた同胞たちにフランの凄さと自分たちがゴブリンを殺したと言う事を興奮気味に、そしてかなり自慢げに語っている。
村長はそんな若者たちの姿を見て、深々と頭を下げた。
「黒雷姫様、ありがとうございました」
「大したことはしてない」
「儂らにとっては、偉大な行いです。貴女が同胞でどれだけ誇らしいか……。ありがとうございました」
フランは村長に頷き返すと、収納してあったゴブリンの武具を取り出す。図らずも手に入った綺麗な鉄製武具だ。俺たちには全く必要ないが、駆け出し冒険者であれば十分な装備だろう。
「これ、いる?」
「いる、とはどういうことですか?」
「私はいらない」
「い、頂けるのですか? 売ればそれなりの金額になると思いますが」
「はした金だから。これでも結構稼いでる」
「おお、ありがとうございます! これは村の若者たちに使わせようと思います」
「ん。じゃあ、これもあげる」
「こ。これは……!」
それは次元収納の肥やしになっていた大量の武具だった。各地でゴブリンや盗賊、海賊から奪った物である。魔物の素材と違い、わざわざ武具屋に持ち込まなくてはならない上、個別には非常に安いため、売らずに次元収納に溜まり続けていたのだ。
ほとんどは壊れているし、このままだと使用できない。だが、ある程度修復すれば、使える物もあるはずだ。修復不能な武器は溶かしてしまえばいいし、革は状態が良いものを切り張りすればいい。
「私には必要ない。処分するのも面倒だから、引き取ってくれると助かる」
「お、おお! ぜひ引き取らせて頂きますぞ!」
「助かる」
「いえいえ」
フランの素直な言葉を、自分たちに武具を渡すための心遣いとでも思ったのか、村長が潤んだ瞳で言葉を返している。本当に要らないだけなんだけどね。
その日の夜、村ではフランの歓迎会となった。最初は村の備蓄を解放してくれようとしたんだが、土地が痩せていて作物が育たないと聞いた後だ。さすがにそれは止めておいた。
むしろ、次元収納から肉と野菜を提供したよ。肉は色々と取り揃えてあるし、野菜はいつか料理に使う様に各地で様々な種類を買い揃えてある。魚の魔獣の切り身や鳥の卵、米や小麦粉などの穀類もだ。
最初はここまでしていただくのは心苦しいと断られてしまったが、次元収納の掃除に協力してほしいと強引に押し付けた。
一人じゃ消費しきれなくて、困ってると言ったら、また村長が咽び泣いてたな。元々高かったフランの株が、ストップ高する勢いで上昇している気がする。
奥さん方には黒猫族に伝わる煮込み料理のレシピなども教えてもらった。味自体は大したことが無いんだが、黒猫族に伝わる不思議な形の竈を使って作るらしい。
壁の分厚い、バランスボールくらいの球形の釜だ。中で料理を作りつつ、部屋を暖める効果もあるんだとか。そして、短時間に料理が柔らかくなるらしい。多分、遠赤外線効果とか、そんな感じの物があるんだろう。
そんな特殊な竈で作るのが、肉と数種類の根菜を、塩と発酵調味料で味付けしてトロトロになるまで煮込んだ黒猫煮込みである。
発酵調味料は醤油っぽい味がするらしいので、地球の和風煮込みに似た味がする様だ。その内これを改良して、美味しいものをフランに食べさせてやろう。こちらからは骨と野菜で出汁を取る方法を教えておいた。
美味しい料理が大量に供され、宴会は大盛り上がりだ。
最初はフランを崇めつつ、大事な時に神に捧げる歌や踊りを披露してかなり厳かな雰囲気の宴だったのだが、酒が入るにつれてだんだんと盛り上がり始めた。
1時間もすれば、完全にお祭り騒ぎである。酒を酌み交わす者、調子外れの歌を歌う者、神秘的とは程遠い踊りを狂ったように踊る者。様々だ。
それでもフランへの感謝は忘れていないらしい。フランの周囲には常に人垣ができている。皆、一言フランへお礼が言いたいようだった。
短い言葉で礼を言っては、離れて行く。だが、一向に人は減らない。むしろ順番待ちに我慢できなくなった者たちが酒の勢いで突進してくるせいで、人がどんどん増えていた。
『フラン、大丈夫か?』
(ん。へいき)
むしろ嬉しそうだ。そうだよな。フランにとったら、こんな光景が夢だったはずなんだ。
大勢の黒猫族が笑顔で笑いあう宴。その中心に居る自分。フランの表情はあまり変わらないが、本当に嬉しそうだ。
やっぱりフランはこの村に留まるのが良いと思うんだけどな……。でも、フランは自分の考えを変えはしないだろう。数日後には旅立つと言い始めるはずだ。
なら、この村にいる間は、同胞たちと笑いあいながら、楽しい時間を過ごしてほしかった。




