284 黒猫族の扱い
黒猫族の村、シュワルツカッツェを出発して15分。
フランの後ろには、武器を持った30人程の黒猫族たちが付いてきていた。全員が緊張した表情だ。普段は魔獣に出会ったら即逃げ出すらしいからな。フランが戦うのを見ているだけとは言え、戦場に自ら向かうなんて考えられないんだろう。
だが、獣人国は隣のバシャール王国と小競り合いをしているんだろ? 誰も戦場に出た経験がないのだろうか?
フランが尋ねると、黒猫族は戦場に呼ばれないらしい。それで他の種族は文句を言わないのか?
「いやー、黒猫族は戦場じゃ役に立たないですから」
「どうせ足手まといになるだけだし」
「俺たちなんかが行っても、迷惑がられるだけですから」
「昔は肉壁役にされたこともあったらしいけど」
「今の獣王様になってからはそういった非人道的な作戦は禁止されてますから」
「そうなると、本当に何もできませんからね」
めっちゃ卑屈だった。でも長い間、役立たずとか、雑魚とか、無能とか言われ続けてたらこうなってしまうのかもな。
獣人国に来れば黒猫族の数も多いし、進化を目指す戦士タイプの人間もいるかと思ってたんだが……。むしろフランの両親やキアラの様に、獣人国の外の黒猫族の方がアグレッシブなんじゃないか?
獣人国で生まれ育つと周囲に強い獣人がたくさん居る上、進化できないと言う常識を幼い頃から刷り込まれてしまうため、進化は絶対にできないと諦めてしまうんだろう。
「その、我ら他の獣人族も、黒猫族が戦に出て来なくても、文句は有りませんから」
「そうなの?」
「前王の時代には黒猫族を奴隷扱いして、囮などに使ったこともあるらしいです。ですが、現王様になってからは、そういったことも無くなりましたし、他の獣人族の意識も大分変りましたから」
「ふむふむ」
「今では、黒猫族なら仕方ないか~という感じですね」
ゴブリンが居る場所まで案内をしてくれている赤犬族の兵士も、そう言って苦笑いをする。黒猫族を見下している様子は全くない。だが、黒猫族が弱いと言うのは彼にとっても当たり前の常識なんだろう。
黒猫族=雑魚=足手まとい=なら戦場に出なくても許す。そんな考えらしい。
「黒雷姫殿を見た後では、少々変わりましたが」
とは言えフランはイレギュラーみたいな物だからな。獣人全体の意識が一気に変わることはないだろう。
そうやって話していると、前方の岩場にゴブリンの気配があった。
村の周辺は広い荒野と、森がまばらに点在するような地形になっている。森の周辺は土地が豊かなのではないかと思ったが、どうやらその森が周辺の栄養を吸ってしまうため土地が痩せたままらしい。
伐採開墾をしたいそうだが、人手も足りず、細々と森を開墾しながら畑を広げているそうだ。
そして、村の北は特に土地が痩せており、高い木がほとんど生えていなかった。灌木や草が僅かに生える荒野だ。
実は、この荒野を越えてさらに北に行くと豊かな土地があるらしいが、魔獣も多く生息している上、冬の寒さが相当厳しく、開拓が困難な場所であるらしい。
「あそこです!」
「ふむ」
ゴブリンたちが居る岩場は、村から真北に20分ほど行った場所にあった。
大きな岩の陰に隠れながら、ゴブリンを観察する。確かに、案内の男性が指差した先には、20匹のゴブリンが歩いていた。その足は南を向いており、このままでは村に接近されてしまうだろう。
だが、ちょっと変だな。装備が妙に良い。今まで戦って来たゴブリンは、ほとんどが腰布に木の棒。精々が冒険者から奪った革の鎧くらいだった。
だが、目の前のゴブリンたちは、ほとんどが鉄製の武具を身に着けていたのだ。過去に見たゴブリンの中では、ゴブリンダンジョンで戦ったホブゴブリンに近い装備だろう。
この辺にダンジョンがあるなんて聞いたことが無いぞ? だが、案内役の男性の言葉で疑問が氷解する。
「どこかの傭兵団か何かから装備を奪ったんでしょうね」
「ゴブリン如きが?」
「これが全部とは限りませんし、何らかの理由で全滅した傭兵団から装備だけを拝借した可能性もありますから」
「なるほど」
言われてみると装備には統一感があり、傭兵団や、兵士団などから一式奪ったんだろうと思われた。
『まあ、全部普通のゴブリンだし、周辺に他のゴブリンが居る気配もない。あれなら問題ないだろう』
「ん。じゃあ、私が行くから、皆はとりあえず見てて」
フランが同行者たちにそう伝えると、皆心配そうな顔でフランを見た。それはフランが負けるとかそういう心配ではなく、戦場で置いていかれる恐怖の様だ。
「大丈夫、ウルシが居る」
「オン!」
魔獣であるウルシだが、道中で皆に愛嬌を振りまいたおかげで、黒猫族から受け入れられている。その存在を思い出したらしい、彼らは一様にホッとした顔をした。
「すぐ戻る」
「は、はい」
「お気を付けて」
「み、見てます!」
黒猫族たちの声援を背に、フランは岩の陰から飛び出した。そのまま気配を消し、ゆっくりとゴブリンに近づいていく。本気を出せば5秒もかからず殲滅できるんだが、今回は進化した黒猫族としての力を見せる事が目的だ。速過ぎてはダメである。
「覚醒――閃華迅雷!」
『そっちまで使っちゃうか?』
「ん。こっちの方がかっこいいから。師匠、まずは剣でいく」
『おう』
派手に雷が立ち昇ったからな。ゴブリンたちはすでにフランに気づいていた。ギャアギャアと騒いでいる。
「はぁ!」
フランは俺を抜き放つと、まずは近場のゴブリンにゆっくりと斬り掛かった。まあ、フランにとってはゆっくりという事だが。あまりにも一瞬では観客もポカーンなので、彼らにもかろうじて見える程度の速さだ。そのままの勢いで3匹を切り捨てた。
その時点でゴブリンたちはフランを強敵と認識し、全員で向かって来た。だが、フランは全ての攻撃を避け、受け流す。黒猫族たちからは、黒い雷を伴った美しい演舞を踊っている様に見えるだろうな。
カウンターで3匹を切り殺した時点で、ゴブリンたちが混乱し始めた。どうやら気づかぬうちにリーダー格を倒してしまった様だ。
逃げるか立ち向かうか迷っているゴブリンたちに、火魔術をぶつける。派手さを重視して、爆炎の上がるトライエクスプロージョンを撃ってみた。凄まじい爆発と共に炎が立ち昇り、直撃を受けたゴブリンの体が半分ほど吹き飛び、残った部分も黒焦げだ。うんうん。派手だし、黒猫族へのアピールはバッチリだろう。
ゴブリンたちは勝ち目がないとはっきり理解したようだ。残った11匹が背を向けて逃げ出そうとした。だが、時すでに遅しだ。
「スタンボルト、スタンボルト、スタンボルト」
「ギャアオオオ!」
「ギョアァオ!」
フランが連発した雷鳴魔術が、ゴブリンたちの命を奪わずに、その体の自由だけを麻痺させて奪う。
『殺さなかったのか?』
「ん。皆を呼んで、止めを刺させる」
『なるほど』
あの臆病な黒猫族たちに自信を付けさせるには良い手かもしれないな。
『じゃあ、呼ぶか』
「ん」
問題は、あの野性をどこかに置き忘れて来た感じの、ナヨッとした黒猫族たちがゴブリンを殺せるかどうかだが……。




