283 英雄? アイドル?
ようやく落ち着いた村長たちに連れられて、シュワルツカッツェに入る。
するとそこには大勢の獣人たちが待ち構えていた。入り口を囲む様に、人垣が出来ている。200人以上いるだろう。そして、そのほとんどが黒猫族であった。
フランの姿が見えた瞬間、ざわめきが起きる。もっと大騒ぎになるかと思ったんだが、思ったよりも静かだった。
よく見ると、ほとんどの黒猫族は目を見開いて驚愕していた。あまりの驚きに固まってしまっており、歓声を上げることさえできないらしい。
「ああ……神様」
「本当……だったんだ」
「ぐす……」
感涙する者も多い。
そのまま落ち着くのを待っていたら、誰に言われるでもなく、黒猫族たちはその場で膝をつき、フランを拝み始めた。
両膝を地面につき、祈る様に手を胸の前で組んで、熱のこもった瞳でフランを見つめる。ある意味土下座よりも上なんじゃないか? 完全に崇拝の対象になってるよな?
異様な雰囲気にフランも俺も困惑していると、村長が皆に声をかけた。
「ほれほれ、黒雷姫様が困っておるじゃろ。皆のもの落ち着け」
その言葉で多少興奮が収まったのか、黒猫族たちは拝むのをやめる。だが相変わらずフランを取り囲んだまま熱い視線を送っていた。
「申し訳ありませぬ。黒雷姫様」
「ん。へいき」
フランがそう言った瞬間、人垣が騒めく。
「おお、喋られたぞ!」
「可愛らしいお声だ!」
一々反応が凄いな。未だに騒めく黒猫族たちから「可愛い」「ちょー可愛い」「女神様じゃー」という声が上がっている。英雄と言うよりは、アイドルって言った方が良いだろうか?
「では、こちらへどうぞ」
案内してくれる村長の後に付いていくと、他の黒猫族たちもゾロゾロと後に付いて来る。中にはフランと同年代の子供たちもいるんだが、話しかけてはこないな。その瞳のキラキラ具合からして、怖がっている訳ではなさそうなんだが。
ついて行った先は村長の家の様だった。中に入ると村長が手ずから茶を用意してくれる。黒猫族たちは村長の家を取り囲んでいる様だ。気配もするし、窓からのぞいている姿も見える。
「このような物しか出せず、申しわけありませぬ」
「ズズ。美味しい」
「おお! そうですか! いや、良かった」
フランの言葉に村長がホッと胸をなでおろす。薄い壁のせいで家の外の黒猫族たちにも聞こえていたらしく、「オオーッ」という歓声が上がっていた。
これで不味いって言ってたらどうなるんだ? 他のお茶を持って来させたんだろうか? いや、それくらいはするかもな。それどころか、近くの町に高級茶葉を買いに行くくらいしてくれるかもしれない。
「これはこの村で穫れた茶葉でしてな。皆も喜びます」
「ん」
「して、この村に来られたのは何か目的がおありなのですか?」
「特にない。黒猫族の村があるって聞いて、見てみたかった」
「おお、そうなのですか!」
自分たちの村に興味を持ってもらえたことが嬉しい様だ。村長が笑顔でウンウンと頷いている。
「ご滞在の間は我が家をお使いください。何分、宿などない小さな村ですので」
「数日だから、テントでもいい」
「いえいえ! 黒雷姫様を野宿などさせられません! ぜひ我が家をお使いください!」
「そう? ありがとう」
「何かご入用の物があればおっしゃって下さい。何もない村ですが、出来る限りご用意させていただきますので」
そう言ってはくれるが、欲しいものなんかないんだよな。むしろフランがここに来た目的は逆だ。いや、目的と言うほどはっきりとしたものではないだろうが、この村が困ったりしてないか心配で見に来たのだ。
「困ってることがあったら言って、何でもするから」
「おお、恐れ多い事ですじゃ」
「魔獣に困ったりしてない?」
「はい。この辺りは魔獣が少なく、儂ら黒猫族でも安心して暮らせます。土地は肥沃ではありませぬが、危険は少ないのです」
気候も涼し目で、獣人からはあまり人気が無い土地らしい。魔獣が多少多くとも、肥沃で温暖な土地の方が獣人にとっては過ごしやすいんだろうな。
だからこそ獣王によって黒猫族にこの土地が下賜されても、他の種族から文句が出なかったんだろう。
「ああ、では1つだけお願いがあるのですが」
「なに?」
「若い者に、黒雷姫様のお力を見せてやっては貰えませんでしょうか?」
「戦闘力って事?」
「はい。わしらの様な老い先短い者たちには、今から邪人を1000匹狩って進化するなど不可能です。ですが、若い者でしたら、もしかしたら進化にたどり着く者もおるやもしれません。そんな若者たちに、ぜひ憧れだけではなく、明確な目標を見せてやってほしいのです」
確かに今の黒猫族たちは、進化の方法が分かって、一種のお祭り状態になっている。だが、この熱気が落ちついた時、進化するために邪人と戦おうと決意するものがどれだけいるだろうか?
村の前で出会った男性たちの臆病さを見たら、それほど多くはないと思う。
「なるほど……わかった」
「おお! そうですか!」
「ん」
そんな話をしていたら、外の黒猫族のざわめきが一際大きくなった。何かあったのか?
すると、村長の家の扉が乱暴にノックされる。同時に誰かの叫びが聞こえた。
「村長! 村長いますか!」
緊急事態が起きたかな? 声の主は大分焦っている様だ。
「騒がしいぞ! どうしたんじゃ!」
「ああ、村長……! ゴ、ゴブリンだ! ゴブリンがでた!」
「兵士さんたちがおるじゃろう? なぜそんなに焦っておる」
「そ、それが20匹以上の大集団なんだ!」
「な、なんじゃと?」
20匹と聞いて、目に見えて狼狽する村長。たかが20匹と思ったが、小さい村なら一大事か。
「ゴ、ゴブリンが20匹?」
「終わりだ!」
黒猫族たちはこの世の終わりの様な反応だ。すると、フランが立ち上がって、村長に声をかける。
「ちょうどいい。私の力を見せる」
その言葉を聞いた村長が、一転して明るい顔で立ち上がる。
「お、おお! 黒雷姫様! お、お願いできますか?」
「ん。ついて来る人を決めて」
「わ、分かりました! すぐに選びます!」
フランの言葉に頷いた村長は、慌てて家から飛び出していった。




