282 第1村人発見
シュワルツカッツェへの道中、俺たちは道を歩く黒猫族に遭遇していた。第1村人発見だ。
柴刈りにでも行って来たのか、枯れ枝を背負っている。
「ひぃ!」
「化け物狼!」
「に、逃げろ!」
やばい、完璧にウルシしか目に入っていない。弱いと評判の種族なだけあって、立ち向かうなど毛頭も考えない様だ。背負っていた枯れ枝をぶちまけると、即座に森の中に駆けこんで行ってしまった。
失敗したな。せめてウルシを小さくしとくべきだった。ただ、このまま放置するのも可哀想だ。巨大な狼の魔獣が徘徊していると思い込んで、怯えたままになるだろうし。
『仕方ない。後を追って説明しよう』
「わかった」
『ウルシは影の中に隠れてろ』
「オン」
とりあえず背負子と枯れ枝を収納して、逃げて行った黒猫族を追う。逃げることに慣れているのか、綺麗に3方向に逃げている。
『とりあえず一番近くにいる人の方へ行こう』
「ん」
相手は戦士でも何でもない、一般人だ。フランが本気で追えば、追いつくのは一瞬だった。
「ねえ」
「ひっ!」
隠れていた黒猫族の男性に声をかけると、ビクンと震えて飛び上がる。顔が真っ青だな。そして恐る恐る振り返った男性は、目の前に居るのが自分より年下の同族の少女だと分かると安堵の表情を浮かべ――直後に腰を抜かしてへたり込んだ。
「し、ししし……」
「ん?」
「ししししし――」
「平気?」
「進化してる!」
やっぱり同族なだけあって、進化の衝撃は他の獣人より大きいのだろうか? いや、他の獣人もフランを英雄視したりしてたけどさ。フランを見上げる瞳には、驚愕と畏怖の色が強かった。
「こ、ここここ……」
「ん?」
「こここここ――」
「ニワトリのモノマネ?」
「黒雷姫様でしょうか!」
こんな田舎の方まで情報が伝わってたのか。しかも、同種族である黒猫族同士であれば、フランがより上位の存在である黒天虎であることも分かるはずだ。
男はその場でオイオイと泣き出してしまった。
「不遇と言われた我らにもついに! ついに! うおおおおおぉぉん!」
落ち着くまで見守っていると、我に返った男が謝り出す。
「黒雷姫様のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした!」
「へいき」
「あ、ありがとうございます!」
その後、他の2人も迎えに行ったんだが、ほとんど同じ反応だった。黒天虎に進化していることに驚愕し、その正体に思い至り歓喜を爆発させる。その後の彼らの懐きっぷりも凄かった。言い方は悪いが、ボス猫に従う子猫ちゃんの様に、キラキラした目でフランを見つめていた。
その後彼らが落としていった背負子と枯れ枝を返してやると優しいと感激し、レアな時空魔術を使えるのかと尊敬の眼差しを向けてくる。
言い方は悪いがメチャクチャちょろい。出会った瞬間から、憧れのスター扱いだからな。
ちょうど良いのでシュワルツカッツェに案内してほしいと頼んでみると、快く引き受けてくれた。
「じゃあ、俺先に行って皆に知らせてくる!」
1人がそう言って駆けだす。気が利くね。これで警戒されたりせずに村に入れそうだ。
「そうだ、連れが居る」
「え、そうなんですか?」
「ん。呼んでいい?」
「勿論です!」
「ウルシ」
「オンオーン!」
「ぎゃあ! 狼ぃ!」
ウルシが影から出現する。
「ひぃいぃ!」
あれ? ウルシは小さくなってるんだけどな。さっきと同じ反応だった。何とか彼らを宥め、村に向かう。
道中にウルシがそこまで怖いのかと聞くと、彼らにとっては魔獣ではない狼1匹でも十分脅威なんだとか。ウルシは見るからに魔獣だし、恐ろしいようだ。
「俺、みんなに驚かない様に言って来る」
「おねがい」
ここはお願いした方が良さそうだな。黒猫村がパニックになっても面倒だし。そうして、もう1人が村へ向かって走っていった。
残った青年と、取り留めのない話をしながら歩く。村の人口は300人程で、9割以上が黒猫族だという。
1割の他種族も、兵士や冒険者、その家族ばかりで、一般の住民はほとんどが黒猫族らしかった。
村の事を聞きながら歩くこと10分。
「あ、見えてきましたよ!」
「あそこがシュワルツカッツェ?」
「はい!」
道の先に、高い木の壁が見えて来た。田舎の村だが、それなりに立派な外壁である。
青年曰く、獣王が特別に作ってくれた壁なんだとか。やはり獣王は黒猫族を、というかキアラを大事にしてくれている様だ。
門の前には3人の黒猫族が立っていた。2人は先程まで一緒にいた男性たちだ。その間に、腰の曲がった老人がいる。
ウルシの説明などするまでもなく、彼の目にはフランしか見えていない様だ。
「おお……! おおお……! ほ、本当に進化しておられるとは!」
ウルウルさせた目を見開きながら、フランの顔を凝視している。
「だから言ったじゃないですか村長!」
「じゃが、われら黒猫族から進化した者が出るなど、信じられんではないか!」
「だって、獣王様の使者殿がおっしゃってたことですよ?」
「それでもじゃ! お前たちは本当に信じておったのか? 心の底から? 100パーセント?」
「それは……」
「いや~」
獣王からフランの情報は伝えられていた様だが、半信半疑だったらしい。彼ら自身にとっても、黒猫族が進化できないという事は常識だったんだろう。
そこにフランが現れた。この世の何よりも明確な、黒猫族が進化できるという証拠である。村長たちのテンションは最高潮であった。
「で、では例の進化するための条件と言うのも?」
「そ、そうだ! 邪人を1000匹倒すって言うやつ! あれ、本当ってことか!」
「おお、眉唾だと思ってたぜ!」
彼らが落ち着くまで、もうちょっと時間が掛かりそうだな。
『まあ、喜んでもらえてるみたいで良かったな』
「ん」
「オン」




