278 キアラの事情
キアラは進化の条件を全て知っている訳ではなかったらしい。ある程度の推測は出来ていても確証はなく、しかも実行が困難な種族全体の呪いを解くための方しか知らなかった。
だからこそ、前獣王はキアラの命を奪う事なく、放置していたんだろう。普通に考えれば、邪神級の相手を倒すなど不可能だろうからな。キアラの知る呪いを解く方法が広まったとしても、誰も達成できない。むしろ、黒猫族はより絶望するかもしれなかった。
キアラもそれが分かっているから、誰にも自分の推測を教えなかったんだろう。確実かどうかも分からない情報で、黒猫族の希望を奪う事はできないと。
「私の推測は合っているのか?」
「ん。でも、それだけじゃない」
その後、フランは、進化について、できるだけ詳しく、丁寧にキアラに話す。
「邪人を――」
「なるほど――」
「もしくは――」
「ふむ――」
普段の無口なフランにしては、珍しく多弁であった。それだけキアラに伝えたいという事なんだろう。全てを聞き終えたキアラは、俯いて体を震わせる。
泣いているのかと思ったら、違ったらしい。
「くっくっく……はーはっはっはっは!」
ガバッと上げた顔には凄みの有る笑みを浮かべ、大きな笑い声をあげている。その眼は爛々と輝き、心底嬉しそうだ。
「ミア! 剣を持ってこい!」
その言葉に、グエンダルファは目を白黒させている。とても病人の言葉ではない。
「え? え?」
「私の剣だ!」
「キアラ師匠、何をなさるつもりですか?」
「これが落ち着いていられるか! ちょいとゴブリンでもぶった切って来るだけだ! 安心しろ!」
「いやいや、生死の境を彷徨ったんですよね? 無理ですよ!」
「たとえ死にかけだろうと、ゴブリン如きに後れを取るか!」
グエンダルファが止めようとするが、キアラは既にベッドから降り立ち、準備を始めてしまう。邪人を1千体。もしくは、脅威度A以上の邪人を1体倒すという条件を知ってしまったキアラは、居ても立ってもいられなくなってしまった様だ。
「目覚めた日に、フランが私の元にやって来た。これも運命だろうよ」
「しかし、キアラ師匠はすでに寵愛を失っておいでではないですか!」
「寵愛?」
「そうか、フランは知らないか。私はな、闘神の寵愛を長年所有していたのだ」
「すごい!」
「まあ、すでに他者の手に渡ってしまったが、おかげでそこそこ強いのだ」
闘神の寵愛? 聞いたことが無いな。ただ、フランは知っているみたいだな。世間一般では有名なものなんだろう。
『なあ、闘神の寵愛ってなんだ?』
(すっごく有名なスキル)
闘神の寵愛とは、数多くの物語などに登場する、世界的に有名なエクストラスキルらしい。
所有者は基礎レベルとスキルレベルが大幅に上がりやすくなり、さらにレベルアップ時にステータスの上昇率も倍化する。しかもステータス上昇の効果まであるらしい。
それだけだと単なる壊れスキルで済むのだが、このスキルが有名なのは、もう一つの効果故であった。
それが、所有者の移り変わりだ。なんと、このスキルの持ち主は1ヶ月に1度、必ず命の危機の有る限界の戦いを経験しなくてはいけないらしい。命の危機と言うのがどの程度の危険を差すのかはいまいちわからないが、少なくとも雑魚を何匹倒しても意味はない様だ。そして、その条件を満たせなかった場合、スキルは消えてしまう。消えたスキルは世界のどこかの新たな所有者に発現するらしかった。
確かに物語の題材になりそうなスキルだな。
「私は7つの時に発現してな。寵愛を失わぬため、戦い続けたよ。おかげで、それなりの強さは手に入れた。10年前までは所有し続けていたんだがな……」
「なんで手放した?」
「その頃。少々体の調子を崩してな。半年程、療養生活を送っていたのさ」
その間は戦闘など出来るはずもなく、闘神の寵愛を失ってしまったらしい。
奴隷として王宮の汚物処理施設で働かされていた間はどうしていたのか気になったが、当時の王から1ヶ月に1回、王都の付近にある魔境への立ち入りを許されていたと言う。
エクストラスキルを所有している奴隷と言うのは凄まじく貴重だ。前獣王としても、失わせるのは得策でないと分かっていたんだろう。
「だがそんなこと関係あるか! くっくっく。血が滾って仕方ないぞ!」
何十年もの間、進化することを諦めずに修行を続けてきたのだ。その方法を知った今、キアラが止まるとは思えなかった。




