26 さーべるたいがー
宿でまったりしてしまったが、買い物はまだ終わっていないのだ。
『なあ、日が落ちる前に、買い出しに行こうぜ?』
「何買う?」
『調味料とか、調理器具だよ。野宿の時に、最低限、美味しい物喰いたいだろ?』
「ん」
『そのためにも、調味料は必要だ』
「それは重要。最優先事項」
『じゃあ、雑貨屋に行こうぜ。宿の人に聞けば、場所くらい教えてくれるだろ』
「分かった」
『一応、鍵かけとけよ。何も置いてないけど』
「ん」
宿のお姉さんに聞いたら、おススメの店を教えてくれた。通りに出て、直ぐの場所にあるらしい。
『ここだな』
看板には「雑貨屋サーベルタイガー」とある。
「さーべるたいがー?」
『全然、雑貨屋っぽくないな』
「でも、ここしかない」
フランの言う通り、この辺には、ここしか雑貨屋はない。仕方ない、覚悟を決めて入ろう。
カランカラン
「いらっしゃいませー」
中は、いたって普通の雑貨屋だった。主人がマッチョのオッサンじゃなければ。文字にすれば、単なる「いらっしゃいませー」だが、音にしたら超絶野太い。全部の文字に濁点を振らないと表現できない男臭さだった。
「雑貨屋?」
「そうなんですよ。よく勘違いされるんですけど、まぎれもなく雑貨屋ですよ」
そりゃあ、勘違いするだろう。サーベルタイガーだし。店員は、こんな場所よりも、ダンジョンに置いておく方が違和感のない、ムキムキメンだし。しかも、動きを見ればわかる。堅気じゃないな。鑑定してみようかな。
名称:ルーファス 年齢:41歳
種族:人間
職業:商人
状態:平常
ステータス レベル:30
HP:238 MP:153 腕力:120 体力:107 敏捷:77 知力:74 魔力:69 器用:74
スキル
運搬:Lv3、解体:Lv4、採取:Lv2、算術:Lv1、商売:Lv2、戦槌技:Lv4、戦槌術:Lv6、追跡:Lv2、氷雪耐性:Lv2、料理:Lv1、気力操作、ジャイアントキラー
称号
ジャイアントスレイヤー
装備
商売人の前掛け、算術のイヤリング
どう見ても、商人のステータスじゃなかった。中級冒険者、それもバリバリ前衛のスキル構成だ。申し訳程度の商売と算術が、違和感バリバリである。
「冒険者?」
「元ね。昔から、店を開くのが夢だったんだ。ようやっと資金が貯まってね。3年前に冒険者を引退して、この店を開いたんだ」
「なんでこの名前? かわいくない」
フランさん、もっとオブラートに包んで!
「はは、よく訊かれるよ。何でだって。実は、お店を開くときに、何か目玉になるものがあった方がいいと思ってね。あれを飾ることにしたんだ」
店主が指差すのは、店の奥の壁にかけられた、サーベルタイガーの頭の剥製だ。今にも吠えそうなくらい、迫力ある表情をしている。
「かっこいい」
「そうだろ? でも、女性には不評なんだよね。あんなにかっこいいのに」
この店、大丈夫か? 宿のお姉さんの紹介じゃなかったら、速攻で逃げてるぞ。
ただ、フランたちが会話している間に、店を見渡してみたが、品ぞろえは結構良かった。調味料だけではなく、日用雑貨なども充実している。
「おっと、買い物の邪魔をしちゃったね。ごゆっくりどうぞ」
『じゃあ、買う物を指示するぞ』
「ん」
塩、香草類はもちろん、砂糖やスパイス類といった、高価な物も欲しい。あとは、皿やスプーンなどの食器類も買っとこう。
それにしても、不用心すぎないか? 日本と違って、この世界は治安が悪い。強盗だってあるだろう。なのに、この店は日本と同じように、店内に商品を陳列して、客が選べるシステムを取っている。万引きし放題なんじゃ……? いや、違うか。元冒険者の店主が、素人の万引きを見逃すはずがない。多分、防犯に自信がある故の、陳列スタイルなのだろう。
最終的には、3000ゴルド程の買い物をして、店を出た。上客だと思われたのだろう。また来てくれという、店主の熱烈な見送りを受けた。
『残金は、あと4万ゴルドくらいか』
「次は何買う?」
『本当はポーションが欲しいんだが……』
あまり高いポーションは買えそうもない。
「回復魔術がある」
『でも、レベルが低いだろ? あれだと、気休め程度にしかならないんだよ』
「レベル上げれば?」
『それも考えたんだがな』
残りの自己進化ポイントは18だ。スキルレベルを1つ上げるのに2必要だから、最大で9レベル上げることができる。つまり、Lv1のスキルでも、Maxにすることが可能という事だ。
『いくつか上げたいスキルがあるんだよ』
「なに?」
例えば剣技だ。冒険者ギルドでの試験の後、ギルマスが、ドラゴン・ファングを中等剣技と言っていた。レベル7の剣技が中等。つまり、剣技も魔術の様に、LvMaxにしたら、先があるのではないか? それが、俺の予想だった。
「うん。わたしもそう思う」
『だろ?』
剣技レベルの上限は、剣術レベルに依存するので、剣技をカンストさせるためには、剣術をカンストさせる必要がある。
次の候補が、分体創造だ。今のままだと、全く使えないスキルだが、レベルを上げたらどうだ。ドッペル・スネイクみたいに、戦闘に使うこともできるんじゃ? それに、諸々の手続きや買い物の時も、俺のドッペル体が保護者のふりをすれば、面倒が省けることも多いだろう。
「それは良い」
『だろ?』
あとは、瞬間再生や状態異常耐性、物理攻撃耐性などの、死ににくくなる系のスキルだ。地味だが、窮地では圧倒的に頼りになるだろう。しかも、この3つは、普通では取得条件が厳しい、上位スキルらしい。
まだレベルの低いフランでは、中級以上の魔獣の攻撃を1撃もらっただけでアウトだし。レベルが高くなるまでは、慎重すぎるくらいで良いと思う。
「盲点だった」
『瞬間再生とか、取っておいて損はないと思うんだ』
そこに、回復魔術が加わる訳だ。瞬間再生でも良い気がするが、他人に使えるというのは大きい。
半端に上げるよりは、1つを集中的に上げたいところなんだが。
『まあ、どれも良いスキルだしな』
結局、宿で相談を重ねた結果、回復魔術をカンストさせた。状態異常の回復などもできて、便利だと考えたからだ。それに、フランが傷ついても、俺が回復させてやれるのが大きい。
また、その結果、治癒魔術Lv1が発生していた。火魔術に対する火炎魔術の様に、回復魔術の上に位置する魔術だ。
『これで回復手段も万端だな』
「ん」
『じゃあ、明日はどうする? 冒険者ギルドで、依頼を探してみるか? 金はまだあるから、何日間はダラダラしててもいいけど』
「依頼を探す」
『いいのか? 街の外に出ることになるけど』
「いい」
『じゃあ、明日はギルドにいくか』
「うん。冒険者の仕事楽しみ」
『おう。暫くはフランのレベルを上げないとな』
「その後は?」
『フランはどうしたい? 何だってできるんだぜ?』
「何でもできる……」
『おう。何かしたいことは有るか?』
「うん……?」
『はははは。じっくり考えればいいさ。時間はたっぷりあるんだし』
「うん。そうする」