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277 キアラ


「こちらへどうぞ」


 女官に連れられて王宮の赤い絨毯を歩くこと数分。俺たちは一つの部屋の前にたどり着いていた。


「ここが?」

「ああ、キアラ師匠に与えられている部屋だ」

「失礼いたします。グエンダルファ様と黒雷姫様をお連れしました」


 召使に迎え入れられた部屋は、かなり豪華な造りだった。金ピカだが派手すぎない気品のある調度類。カーテンや絨毯も高級品だと思われた。掃除も隅々まで行き届いているし、部屋を見ただけでこの部屋の主が丁重に扱われていると理解できる。


 その部屋に置かれた、キングサイズのベッド。そこに、その黒猫族の老女はいた。


 ベッドから上半身を起こした姿なのだが、ピンと伸ばされた背筋からも、その矍鑠とした様子が伝わってくる。68歳という話だったな。確かに髪は白いし体は細いが、眼光は鋭く、とても老人とは呼べない雰囲気だ。身長も高く、立ち上がれば170センチを超えるだろう。


 襦袢に似た羽織を肩から掛ける姿からは、妙に迫力と凄みが感じられる。人間だった頃なら、睨まれただけで委縮しちゃってただろうな。それくらい迫力がある。だが、そんな相手にも全く遠慮しないのがフランだ。


「あなたがキアラばあさん?」

「ほう? 誰がそんな呼び方をしていたかね?」

「獣王」

「くふ。そりゃあ、良い事を聞いた。今度お仕置きだな」


 まるで男性の様な言葉遣いだが、この老女にはその話し方があっているな。全く違和感が無い。


「確かに、私がキアラだ。で、お前さんは誰だ? そっちのハナタレ小僧は知っているが」

「ハナタレ小僧って……。俺はもう22歳ですよ?」

「四十より下は全員ハナタレだ」


 それだと獣王もハナタレ扱いになるんだけど。いや、戦闘の師匠だって言ってたし、おかしくはないのか?


「ハナタレと黒雷姫とやらが来たと聞いたが。お前が黒雷姫か?」

「キアラ師匠、知らないんですか?」


 グエンダルファが心底驚いた様子で、思わず聞き返している。驚いたのは俺も同じだ。まさか、同じ黒猫族であるキアラが知らないとは思わなかった。


「キアラ様は、昨日お目覚めになったばかりなのです」


 召使が言うには、キアラは体調を崩し、なんと20日間近く生死の境を彷徨っていたのだという。とてもそうは見えないな。だが、言われてみると腕は痩せ細り、頬はややこけている。本当に昏睡状態だったのかもしれない。


 そのせいで、フランの事は何も知らない様だった。


「こちらの方は――」

「ああ、待て」


 召使の女性がフランについて説明しようとするが、キアラはそれを止めさせる。そして、フランを軽く手招きした。


「こちらへ来な」

「ん」

「まずは名前から教えてもらえるか?」

「私はフラン」

「そうか」


 ベッドの真横に移動したフランが名前を名乗ると、その顔をジッとのぞき込む。そして、おもむろにフランの体を抱きしめた。


 最初は軽く、次第にその力が強くなっていく。数秒後、フランの体に両腕を回し、胸の内にフランを抱きしめるキアラの姿があった。


「そうかそうか! フランよ……感謝する」


 最後の言葉は囁く様な、胸の奥底から絞り出したかのような深い呟きであった。だが、その場にいた全員の耳に聞こえていただろう。それほどの力が籠った言葉でもあったのだ。


「私が人生をかけて求めた物が、幻ではなかった……そう教えてくれた……!」

「……ん」


 フランを抱きしめていたキアラだったが、しばらくすると落ち着いたのか、その体をそっと離した。


 そして、真剣な顔でフランを見つめる。


「それで、進化に至る道とはどのような物なんだ? 教えてもらえるか?」

「もちろん。でも、キアラばあさんは、進化の方法を知ってるって聞いた」

「誰がそんなこと言ってた?」

「ディアス」

「なに? あいつ……まだ私のことを覚えていたのか……」

「ん」


 フランはウルムットで出会ったディアスやオーレル、ダンジョンマスターのルミナのことを話して聞かせた。キアラは驚き半分、嬉しさ半分の表情でその話を聞いていた。


 とっくに忘れられていると思っていた昔なじみが自分を覚えていてくれたことは嬉しいが、今もそれに縛られていると知って悲しくもある様だ。


「私の情報は少々偏っていてな。確実ではないのだ」


 進化への道を目指して旅をしていたキアラはウルムットにたどり着き、ルミナと出会う。


 ルミナはキアラに非常に良くしてくれて、最終的にはキアラの進化を手助けしようとまで言ってくれたらしい。


 だが、その後ルミナがやろうとしたことは、自らの邪人化であったという。


 そもそも、邪神の加護を得た過去の黒猫族は、半邪人と化していた。ルミナは自らの意思ではなかったとしても、その影響を受けて邪人としての力も持っていたのだ。


 そしてルミナは、ダンジョンマスターとしての権能を使い、自らを完全な邪人と化そうとしていた。キアラは邪気感知スキルを持っていたため、ルミナの変化に敏感に気づいていたのだ。


 何故キアラを進化させるために、ルミナが邪人とならなくてはならないのか? そこでキアラはある羊皮紙の存在を思い出す。それは、黒猫族が進化できない理由を探すために、各地で買い集めた様々な文献に混じっていた古びた羊皮紙である。


 半分以上が破れて失われてしまっていたが、残された部分には黒猫族が神の怒りに触れた理由と、邪神かそれに類する強力な邪人を倒せば呪いが解けると書かれていた。


 とは言え、世の中にそう言った話はたくさんある。黒猫族が希望にすがるために創作した物や、詐欺師が黒猫族を騙すために作った物など、紛い物が溢れているのだ。


 結局、ルミナを犠牲にしてまで進化をしたくないと告げ、ルミナには邪人化を止めさせたのだった。


 なので、キアラはある程度確信はあったものの、進化の条件を確実に知っているとは言い難いのだ。


「というわけだ」

「なるほど」


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― 新着の感想 ―
Eu entendo o desejo de Lumina. Mais ela tenta joga a vida fora assim tão fácil. Talvez esteja cansad…
[一言] ルミナはちょっと極端な所があるな
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