273 理由
「雑魚はそっちだったね?」
「……」
『いや、こいつ完全に意識ないから』
「あの程度で? ゴドダルファだったら、涼しい顔をしてるはず」
『まあ、あの化け物と比べたらな~』
それにしてもこいつどうしよう。フランはやり足りないのか、グエンダルファを鋭い目で見下ろしたままだ。
「おい、起きろ」
「ぐぅ!」
フランが起こすために蹴りを入れるが、グエンダルファは呻くだけで目が覚める気配はない。何度かゲシゲシと足蹴にしたが、結局起こすことはできなかった。フランの足元で気を失ったままだ。
「はいはい、そこまでそこまで」
そんなことをしてたら、詰め所から衛兵が出て来た。
「む」
「いやいや、派手にやったね」
やばい、これはお咎めがあるか? ちょっとばかりやり過ぎちゃったのは認めるけどさ。
俺があれこれと言い訳を考えていると、衛兵はグエンダルファの傷にポーションをぶっかける。
「あー、できればこのくらいで許してやっちゃくれないか? 殺したいほどムカついてるわけでもないだろう?」
あれ? これは俺たちは全くおとがめなしっぽい? まあ、ぶっ飛ばして溜飲も下がったし、もう構わんけど。ていうか、このタイミングで出て来たってことは、見てたよね? だったら止めろよ!
「なんで止めなかった?」
「こいつも一度痛い目を見た方がいいと思ってね。お嬢さんの強さならこいつ程度は問題ないだろ?」
「ん。もちろん」
フランもおだてられて嬉しそうにしないの!
「こいつも色々とあってな……」
何やら語り出したが……。まあ、聞いてやるか。絡んで来た理由も知りたいし。
「俺は冒険者時代にゴドダルファさんと面識があってな……。駆け出しの頃に世話になったんだ。俺にとっては憧れの人だよ。このグエンも、ゴドダルファさんに懐いててな。いつか族長になったゴドさんの補佐をするんだって、張り切ってたのさ……」
ゴドダルファってそんなに偉かったんだな。マジで次期族長候補だったとは。
「それが、グエンの父親でもある弟に族長の座を譲って、陛下の護衛になっちまったから、裏切られたと思ってるみたいでな……。ゴドダルファさんを超えてやるっていうのが最近の口癖なんだ」
それでフランに挑んで来たのか。ゴドダルファに勝ったフランに勝てば、自分の方が強いと証明できるから。浅い考えではあるが、分からなくもない。
「こいつにはきつく言っとくよ。すまなかったな。今回のお詫びって訳じゃないが、何かあったら力になる。覚えておいてくれ」
衛兵は最後に頭を下げると、グエンダルファを片手で担ぎ上げた。大男のグエンダルファをこんなに軽々と担ぎ上げるなんて、細身に見えて凄い腕力だな。鑑定してみると、かなり強い。牛の獣人の様だが、覚醒寸前のレベルだ。
結局、グエンダルファは衛兵に担がれたまま、退場していった。詰め所の留置所で頭を冷やさせるらしい。
『まあ、大した害もなかったし、とりあえず許してやるか』
「ん。むしろ良い暇つぶしになった」
その後は、問題なくスムーズに王都に入ることが出来た。やはり進化していると言うのは特別なことらしく、獣人の冒険者でフランに絡んでくる冒険者はいなかったのだ。それ以外の種族の素行不良冒険者たちも、仲間の獣人に絡むのを止められていた。やはりグエンダルファが特殊だったって事らしい。
入り口で場所を聞いていたので、ギルドもすぐに見つかった。王都だから大きいのかと思ったが、それほどの規模じゃないな。建物の大きさは、ローズラクーンやアルジェントラパンの冒険者ギルドとほぼ同じくらいだろう。
「こんばんは」
「はい、いらっしゃいませ。ご依頼で――はないようですね。フラン様でよろしいでしょうか?」
「知ってるの?」
「はい。獣人国のギルド職員でしたら、知ってるかと思います。アルジェントラパンのギルドから、魔道具で情報が伝えられておりますので」
遠距離通話の魔道具か? ローズラクーンのギルマスも、それで衛兵の詰め所から暗殺者の情報を送ってもらってたはずだ。
ここにも当然置いてあるみたいだな。だが、だとすると、ちょっと気になることがある。
『そんな便利な物があるなら、手紙を出す意味ってあるか?』
ローズラクーンのギルマスから受け取った手紙だが、遠距離通話の魔道具で会話をすれば一瞬だったはずだ。どうしてこんな物が必要なんだ?
手紙を託されたことで、勝手に遠距離の通話が難しいんだろうと納得していたんだが……。考えてみたら、ウルムットのギルマスであるディアスが、遠話の魔道具で他の都市のギルドのマスターと会話をしたと言っていた。武闘大会の後、フランのランクを上げようとしてくれた時だ。
大陸は違っても、同じ冒険者ギルドなわけだし、同じ魔道具があっても当然だよな。
まあ、考えてもよく分からんし、とりあえず預かっていた手紙を渡してみよう。
「これ、ローズラクーンのギルマスから」
「手紙ですね。拝見いたします……。ふむ、間違いないようですね。少々お待ちください」
手紙の封蝋を確認した受付の女性は、一旦席を外す。そして、戻って来た女性にギルマスの執務室へと通された。
「ギルドマスター、フラン様をお連れしました」
「うむ。ご苦労じゃった。下がっていいぞ」
「はい」
王都ベスティアのギルドマスターは、獣人の老人だった。狐耳が生えているんだが……。腰の曲がった白髪の男性に狐耳と狐尻尾が生えている姿は全く萌えないな。
「儂はメーロス。この王都でギルドマスターをしておる」
「ランクC冒険者のフラン」
「ほほほ。知っておるよ。まあ、噂以上の実力な様じゃがな……。頼もしい限りじゃて」
好々爺といった雰囲気の老人だが、その眼は値踏みをするように鋭い。これは、侮れないな。




