272 グエンダルファ
ローズラクーンを出発してから8時間。
ウルシが張り切ってとばしてくれたおかげで、既に王都ベスティアと思われる大都市が視界に入っていた。
もう夜なのだが、都市内で煌々と焚かれる篝火や魔法灯によって、夜の闇に幻想的に浮かび上がっている。
考えてみたら、一国の王都を訪れるのは初めてだな。今まで行った中で、最も大きかったのはバルボラだが、王都ベスティアはそれらを遥かに上回る規模だった。
20メートルを超える高さの分厚い城壁と、その城壁に囲まれる広大な町。さらにその中央にそびえ立つ王城は、この世界に来てから見た中で最も高い建物だった。屋根から突き出した尖塔は、はるか遠くからでも見ることが出来るだろう。
『中に入れるかね?』
(野宿でも良い)
『最悪はな』
町によっては、夜になると門が閉じてしまう場所もある。魔獣や盗賊の侵入を防ぐためであるが、王都はどうだろうか?
門の前まで行ってみると、まだ開いている様だった。商人や冒険者が並んでいる。しっかりと手続きをしないと入れないか。さすが王都。
俺たちは入都手続きを行うため、20人程の人の列に並んだ。ウルシは王都の手前で小型化している。ただでさえ夜ということで魔獣に対して人々が過敏になっている中に、巨狼サイズのウルシが急に登場したら、確実にパニックが起きるだろうからな。
静かに列に並んだつもりだったんだが、やはりフランは目立つらしい。すっごい見られている。
弱いはずの黒猫族の、それも少女が、従魔連れとは言え1人で並んでいるのだ。夜の闇の中、旅をしてきたのだろうかと疑問に感じるだろう。しかも、よく見たら進化しているのだ。
「え? なんで?」
「俺、目がおかしくなったか?」
「馬鹿、噂の――」
「あれが黒雷姫――」
「黒雷姫? 誰だ――」
商人や冒険者たちが驚きの顔で囁き合っている。もう慣れたものなので、フランもウルシも全く気にしていなかったな。
そのまま列に並ぶこと数分。
「あのー、黒雷姫殿でしょうか?」
「ん?」
「俺たち、6本髭っていうパーティなんですが……。猫系の獣人だけで組んでまして、黒雷姫殿にはぜひ一度お会いしたかったんです!」
声をかけて来たのは、赤猫族の青年だった。後ろには、赤猫族のお姉さんと、青猫族のおじさんが立っている。
「本当に、進化してるのね」
「ああ、噂は本当だった」
青猫族をちょっと警戒していたんだが、フランを馬鹿にするような素振りはない。むしろ尊敬の眼差しを向けている。
獣王が黒猫族を保護してくれているおかげなのか、獣人国にはまともな青猫族が多く居るのかもしれない。
特に用があると言うよりも、同じ猫族で進化したフランに興味があったらしい。進化した時の事なんかを聞かれてちょっと焦ったが、無難に答えられたと思う。
黒猫族の進化条件なども伝えたし、良い時間潰しになったな。
もう少しで俺たちの番と言うところで、再び近づいてくる人影があった。確実にフランに向かってきている。結構デカイな。身長は2メートルは超えているだろう。ただ、さっきの冒険者たちとは様子が違っていた。明らかに敵意が感じられるのだ。
「おい、お前が黒雷姫とかいうガキか?」
「ん? そう」
「がははは! こんなチビに負けるなんざ、オジキもやきが回ったな!」
いきなり大笑いし始める大男。やはり感じが悪いな。今の言葉からすると、こいつのオジキとやらが、フランに負けたのか? 誰だ?
とりあえず鑑定をしてみると、種族が白犀族となっていた。進化はしていない様だ。名前はグエンダルファ。オジキとやらが誰の事か分かったな。名前が似ているし、そもそも白犀族には1人しか会った事が無い。
『フラン、こいつ、多分ゴドダルファの親類だ』
獣王の護衛でランクA冒険者。そして武闘大会でフランに敗北した、犀の獣人だ。
「……ゴドダルファの知り合い?」
「はっ! こんな小娘に呼び捨てかよ! だせえ! いいぜ、教えてやる! 俺の名前はグエンダルファ! 腰抜けのゴドダルファは俺の親父の兄、つまりは伯父だ! 残念ながらな!」
「腰抜け?」
フランはちょっとイラッとした顔で聞き返した。いきなり現れたかと思ったら、上から目線の俺様な態度のこいつにムカついているのもあるし、戦って通じ合ったゴドダルファの悪口を言われて怒りが湧いているのもある。
「ああ! ゴドダルファは、族長の座を捨てて、獣王の腰巾着になることを選んだ腰抜けよ!」
「腰抜けじゃない。強くて勇敢な戦士だった」
「はははは! お前如きに負けた雑魚が、強いとは笑わせてくれるな! なんなら今からお前をぶちのめして、奴が本当は雑魚だと証明してやってもいいんだぜ?」
「……望むところ」
『おい、フラン。こいつをぶちのめすのは良いんだが、ここじゃまずいって。騒ぎを起こしたら、王都に入れなくなるかもしれない』
「ん。じゃあ、場所を移す」
「はぁ? なんだ怖気づいたのか? いいからかかって来いよ。小娘」
「騒ぎを起こしたくない」
「良いから来いよ! おら!」
「……」
『フラン? ちょっと闘気を抑えようか?』
(大丈夫、瞬殺すればいい)
やば、絶対に止まらん。
「大丈夫です黒雷姫殿! 俺たちが、この犀族が悪いと証言するので! やっちまってください!」
ああ、焚きつけるなよ! 俺は大慌てでストーン・ウォールを使い、周囲を土壁で囲んだ。これで死角になったし、どうとでも言い訳ができる!
「覚醒――閃華迅雷――くらえ」
「ごぶおぉはぁ!」
フランの拳で一撃でした。俺がせっかく作ったストーン・ウォールをぶち抜き、グエンダルファが吹き飛んで行く。鉄製の鎧はべっこりと凹み、その口からは血の泡を吹いていた。
「……大口叩いてその程度?」
 




