271 ローズラクーンのギルマス
暗殺者を衛兵に引き渡した俺たちは、改めてギルドに向かった。さっき王女の護衛として大勢の冒険者が出て行ったせいで、中は閑散としているな。
「らっしゃい!」
おお、久々に美女以外の受付を見た気がする。ねじり鉢巻きのおっさんだ。一瞬、魚河岸かと思っちまったぜ。それくらい威勢が良かった。
「ほほう! お前さん、もしかして黒雷姫か?」
「ん。これ」
「やっぱりな! 歓迎するぜぇ!」
フランのギルドカードを確認しながら、おっさんが頷いている。なんか、威勢が良いを通り越してうるさいな。
「で、今日の用向きは?」
「王都への行き方を知りたい」
「王都か……。ベスティアに行くには、普段なら角車を薦めるんだが」
「普段なら?」
「実は今、全部出払っちまっててな」
「王女様?」
「そうなんだよ! まったく、うちのギルマスは長い物に巻かれる主義なんでな! 冒険者も角車ももっと少なくて良いだろうって何度も言ったんだがな~」
王家にゴマをするために、余裕を削って冒険者と角車を提供してしまったらしい。
「まあ、王家の方々の力になりたいって言う気持ちも分かるがな~」
「そうなの?」
「おうよ。今代の獣王様になってから、国は上手く回ってるからな。それに、冒険者出身なだけあって、冒険者ギルドに色々と便宜を図ってくれるしよ」
獣王は冒険者に慕われているらしい。ギルマスも権威に弱いタイプなのかと思っていたら、王家への好意も関係している様だ。
しかし、角車と冒険者が一気に減ってしまって、ローズラクーンは大丈夫なのだろうか? 緊急事態に対応できるのか?
「ここのギルドは、大丈夫なの?」
「ははは、何とかならぁ!」
抜け道を使う冒険者が国中から集まって来るので、10日もすれば冒険者も、角車も補充できるそうだ。
「王都のギルドに応援を頼むつもりだしな。何人か使える奴を回してもらえば、なんとかなるだろうよ。その間に何かあれば、ギルマスに解決してもらえばいいしな」
「ギルマスは強いの?」
「まあ、一応ギルマスだからよ。自分が見栄張った結果だ。精々、馬車馬の様に働いてもらうとするさ」
と言う事で、戦力不足などはそこまで心配しなくていいらしい。
「ベスティアまで、馬車なら5、6日ってとこだぜ」
「道は複雑?」
「道か? いや、王都まではほぼ一直線だな。馬車街道も整備されてるから、迷う事もない」
「そう。ありがとう」
「自力で行くつもりか?」
「ん」
「そうか。まあ、黒雷姫の噂が全部本当だとしたら……。いや、話半分だとしても、馬車より速く移動できるか」
どんな噂が流れてるのかは知らないが、ランクA冒険者並の実力だと知られているのであれば、その結論も当然だろう。
そんな話をしていたら、受付のおっさんが何やら難しい顔をした。
「どうしたの?」
「ギルマスがお前さんをお呼びだ」
「ん?」
「ギルマスは風魔術師でな、特定の相手だけに声を届けられるのさ」
なるほど。振動を操れば、できなくもないな。まあ、かなりの制御力はないと無理だが。その術でおっさんにだけ聞こえるように、何やら命令を下したんだろう。
「上に行けば良い?」
「ああ、すまんな。馬鹿なことを言ったら、ぶっ飛ばしていいからな」
「わかった」
「まあ、悪人じゃないから、そこは安心してくれ」
その言葉だけで、どんな人か何となく想像できる気がする。ギルマスの執務室に入ると、想像した通りの軽薄そうな男がフランを出迎えた。
「やあやあ、よく来てくれたね! このギルドのマスターで、風霊狸のエルミュートだ」
狸系の進化獣人らしい。名前に風って入るくらいだから、種族的に風魔術が得意なんだろう。
「ランクC冒険者のフラン。黒天虎」
「知っているよ。いやー、伝説の存在に会えるなんて、感激だねぇ。それに強そうだ。獣王様のお墨付きなだけある」
軽い態度でそう言ってくるが、受付で言われた通り悪人ではなさそうだ。
「それで、何か用?」
「話が早くて助かるよ。実は、お願いがあってね」
「お願い?」
「ついさっきある暗殺者が捕らえられたんだが、そいつの目的が問題でね。どうも王女様の暗殺を狙っていた様なんだ」
「ネメア王女?」
「そうだ」
それって、さっき捕まえた暗殺者の事か? 情報を得るのが早すぎない? 衛兵の尋問で全てを話したんだとしても、その情報がギルマスに届く時間なんかないと思うが……。
「衛兵の詰め所には通話の魔道具があってね。つい数分前に得られた最新情報さ。このタイミングで君がやって来てくれたのは、まさに神の配剤だよ」
と言う事らしい。
「それで、お願いって?」
「簡単な話だ。王都にこの手紙を持って行ってほしい。依頼扱いにさせてもらうから」
「王都のギルドで良いの?」
「君なら、馬車よりも早く王都に着くだろ? 急いでるんだ」
まあ、ギルマス直々の頼みだし、断れないか。どうせ王都にも行くからな。恩も売れるし、俺たちはその依頼を受けることにした。
「分かった。依頼を受ける」
「ありがとう。助かるよ! 王女様への護衛を増やす様に進言する内容だから、できるだけ早く届けたくてね」
「でも、王女には冒険者がたくさんついてるんじゃないの?」
「そうだね……。君には教えておこうかな。絶対に失敗されたら困るし……。ただ、他言は無用に頼むよ? というか、守秘義務も依頼に含まれているからね?」
「大丈夫。尻尾にかけて」
「実は、この町にいた王女様は影武者なのさ。本物の王女様は他におられる」
やっぱりそうか。だが、影武者と分かっているのに、冒険者を30人も付けたり、角車を全部渡したりしたのか? そう思ったんだが、それも影武者を本物と信じ込ませるための作戦らしい。
だがそこまでやっても、暗殺者の中にはその事に気づいている者もいるようだった。俺が捕らえた暗殺者も、疑問に思っていたらしい。
「だから、本物の王女様を守るためにも、その手紙が重要なんだ」
「わかった」
「まあ、それはそれとして、出発前に食事でもどうだい?」
「急ぎじゃないの?」
「それはそれさ。腹が減っては何とやらって言うだろ? それに、女性との食事は、全てに優先するのさ!」
フランはまだ子供だぞ? フェミニスト? 女好き? ロリコン? 本気か冗談か分からんが、これはやっちゃっていいだろ?
「ん」
「ごほ! 何するんだい……」
「受付で、ギルマスが馬鹿なこと言ったら殴っていいって言われた」
「だからって……。腹パンは痛い~」
「とっとと王都への道を教えて」
「はい……」
と言う事で俺たちは手紙を預かり、王都への詳しい道を教えてもらったのだった。
『じゃあ、行くか』
「ウルシ、頑張って」
「オン!」
ほとんど一直線なのだが、途中に1ヶ所だけ二股になっている場所があるらしい。そこを右に行く以外は馬車街道沿いに北上するだけと言う話だ。
『ウルシ、とばせ!』
「オンオン!」
ウルシが全速力で駆け出す。角車も圧倒的に上回る速さだ。馬車で5、6日の距離なら、1日で踏破できるかもしれん。
『いいぞウルシ! ひゃっはー!』
「はー」
「オンオーン!」
ウルシも久しぶりに全速で走れて楽しそうだ。グングンと加速していく。
これは予想以上に早く到着するかもな。




