270 暗殺者発見
「おもてなしをしたいのですが、生憎緊急事態なのです……」
王女様が申し訳なさそうに言ってくる。どうやら、すぐにでも出発しなくてはいけないらしい。今も、冒険者たちは角車に乗り込み続けているからな。
「ん、構わない」
「申し訳ありません」
余程急いで南部の町に行かなくてはいけないんだろう。
にしても、近寄って見ると獣王に全然似てないな。能力もあんまり高くないし、本当に獣王の娘か?
いや、もしかして本当に影武者とか? 鑑定偽装で見せかけている? そう思って見たら、そうとしか見えなくなってきた。ロイヤルガードの称号も、王族の守護兵と言う意味だとしたら偽装する意味もある。
あと、よく考えてみたら、固有スキルがおかしい。今まで見てきた獣人を基準に考えれば、進化した際にその種固有のスキルを得るはずだ。黒天虎であれば閃華迅雷、黒虎で迅雷。金火獅であれば金炎絶火。
なら、金獅子なら金炎とか絶火みたいなスキルがあるはずなんじゃないか?
やっぱり、何かおかしい。鑑定偽装で王女に見せかけた、影武者説が真実味を帯びてきたんじゃなかろうか。
ギルドで身分を証明されてる相手が、まさか偽物だなんて全く考えなかったぜ。でも、ギルドマスターだったらそういう秘密も知っていて、あえて便宜を図っているって言う事もあるかもな。
そもそも、一度も会ったこともない相手を本物か偽物かなんて分かるはずもないし。周りの人間が皆王女様だって言ってるんだ。疑う余地もなかった。
(師匠?)
『おっと、すまん。この王女様、もしかしたら影武者かもしれない』
(偽物なの? どうする?)
『どうするって……どうもしない方がいいだろ』
影武者だったからと言って、それを暴いたりするメリットが俺たちに一切ない。むしろ、ここで暴いたりしたら混乱が起きるだろうし、国から目を付けられるだろう。
「それでは、失礼いたします」
「ん」
結局、俺たちは王女様(仮)を何事もなく見送ることにした。王女様(仮)は軽く会釈すると、自分用に用意された角車に乗り込む。そして、慌ただしく出立していったのだった。
本当に軽い挨拶だけだったな。まあ、王都に急いでいる今、護衛しろとか、一緒にお茶でもとか言われても面倒だ。むしろ助かったんじゃないか?
『じゃあ、ギルドに行くか』
「ん」
王都への行き方を聞くために、俺たちは冒険者ギルドへ向かった。だが、その途中、フランが足を止めてしまう。
『どうしたフラン』
(師匠、何かいる)
『なに?』
(門の方)
俺はフランに言われるがままに周囲の気配を探ってみた。すると、確かに妙な気配を感じる。野生の魔獣の様に、自らの気配を消している様だ。結構な手練れだろう。
俺が気付かなかったのは、フランに対して殺意や敵意はおろか、一切の意識が向いていないからだ。単に気配を消して隠れているだけである。むしろフランはよく気が付いたな。
とは言え、放っておくのも気持ち悪い。明らかにそこらの盗賊やチンピラが身を潜めているのとはわけが違うし。
『ちょっと見てくる。フランはここで待ってろ』
「ん」
転移を使い、隠れている者の正体を調べに行ってみた。
『ふむ……いたな』
門のそばの路地裏に、ひっそりと身をひそめる影があった。スキルを使って気配を遮断しているらしい。
『ふむ……暗殺者ね』
その男、ゲンロの職業は暗殺者となっていた。しかも称号に、貴族殺しの文字だ。ステータス的に見て、かなりの凄腕だろうな。
単なるゴロツキやマフィア程度だったらともかく、町中に隠れている暗殺者は、さすがに捨て置けない。
『さて、どうする……。とりあえず捕まえて、多少手荒でも構わんから目的を聞き出すか』
もし単に休暇中で、偶然町にいたとかだったりしても、暗殺者だから罪悪感も感じずに済むしね。
俺は取りあえず念動と風魔術で暗殺者の動きを封じる。その後、驚いている暗殺者の下半身を土魔術でがちがちに固定し、捕獲完了だ。
「が……何が……」
『おい、お前は俺が捕まえた。無駄な抵抗は止めるんだな』
「誰だ!」
『探しても無駄だ。お前では俺を見つけることは出来ない』
「くっ……」
なんてね。本当はこいつの真後ろの壁に普通に立てかけてあるんだが。まあ俺、剣だし。生物的な気配は皆無だ。魔力の流れを余程上手く感じられる人間じゃなければ、俺に気づくことはできないだろう。
『さて、暗殺者ゲンロだな?』
「!」
『黙っても無駄だ。全て分かっている』
「鑑定持ちか」
『この町に来た目的は何だ? 王女の暗殺か?』
「……」
『だんまりか?』
「……ぐっ」
ゲンロは奥歯に仕込んであった毒を飲み込んだらしい。一瞬で顔が紫色に変色し、瞳孔が開く。
『む、毒を飲んだか――アンチ・ドート』
「なっ!」
『かなり強い毒だったみたいだが、無駄だ』
「ぎっ……何!」
『舌を噛むのもお勧めしない。俺は治癒魔術が使える』
「……」
『さて、体に話を聞いても良いが、その前に口を開いてくれれば俺も楽なんだがな?』
「……」
『やっぱりだんまりか……』
その後、俺はゲンロを痛めつけつつ、情報を集めようとした。中々口を割らないが、それでいい。時おり強がりの様に発せられる、「知らん」「違う」という一言だけでも十分だからだ。
虚言の理を駆使して判別した結果、この男はバシャール王国の暗殺者で、この町にいるというネメア王女を狙ってきた様だった。この後、何らかの方法で馬車の王女に追いつき、殺すつもりらしかった。
こいつはあの王女を本物だと思っているらしい。多分、こういう奴を引きつける役目なんだろうな。
「……うぅ……」
さて、瀕死のゲンロをどうしようか。出来れば衛兵に引き渡したいが……。呼べばいいか。
俺は取りあえず周囲に被害が出ない様に細心の注意を払いながら、火炎魔術を空中に放った。大爆音が町に響き渡る。
これで黙っていても衛兵が来るだろう。案の定、3分もしないで複数の兵士が走って来るのが見える。
「おい、お前! そこを動くな!」
「はいはい、分かってますよ」
適当に作り出した俺の分体に対して、槍を構えながら近づいて来る衛兵たち。俺は片手を上げて害意が無い事をアピールしながら、ゲンロを指差す。
「こいつは、バシャール王国の暗殺者ですよ」
「何? どういうことだ?」
「王女様を狙っていたんで、捕えました。お引渡ししますので、後はよろしく」
「どういう――な、姿が!」
「ではでは~」
分体を目の前で消し去ったことで、衛兵たちが驚いて固まっているが、すぐにゲンロの存在を思い出したらしい。
因みに、ゲンロは傷を治した後、意識を失わせてある。一応、糸で両手足を拘束してあるので、衛兵たちでも連行できるだろう。
見ていると、衛兵たちがゲンロを抱えて連れて行くのが見える。これで引き渡しは完了だな。
『よし、フランの所に戻るか』




