269 王女様
「今度は我が勝つからな~! 覚悟しておれよ~!」
「キュイイイィィィ!」
模擬戦を終えた俺たちは、メアと別れて最も近い町に向かおうとしていた。ローズラクーンと言う町だ。
結果として道も教えてもらえたし、メアたちとの模擬戦は無駄じゃなかったぜ。メイドさんも見れたし。
一緒に行こうと誘ったんだが、何故かローズラクーンに行きたくないらしい。何か騒ぎでも起こしたのかね? まあ、無理に誘っても仕方ないので、別れることになったのだが。
『最後まで賑やかな奴らだったな』
「ん。次も私が勝つ」
「オン!」
ウルシが自分も忘れるなとでも言う様に鳴くと、フランが言い直す。
「私たちが、勝つ」
「オンオン!」
『じゃあ、もっともっと強くならないとな』
「ん!」
クイナは油断ならない相手だが、メアは見たまんまの実直な戦闘狂だろう。模擬戦ではフランの判定勝ちのような形だが、本気の戦いになれば分からない。メアはそれくらいのポテンシャルを秘めているように見えた。
フランにとっては、初めて出会った同年代でまともに戦える相手だ。いい刺激があれば良いね。まあ、これ以上のバトルジャンキーになられると、それはそれで困るけど……。
「師匠、町見えた」
『お、そうか。結構大きな町だな。外壁も高いし、あれがローズラクーンで間違いないだろう』
「ん」
町まで近づいてみると、妙に騒がしい。いや、大きい町だし、多少は騒がしいと思うけど、何やら町の外で大勢の人が右往左往している様だった。
さらに近づくと、そのほとんどが冒険者だと分かる。30人程の冒険者が、大慌てで角車に乗り込もうとしている。
何か冒険者が慌てるような事件があったんだろうか? フランが近づいて冒険者の一人に声をかける。
「ねえ。何かあったの?」
「ああ? なんだガキ――ええ?」
冒険者がフランを見て目を剥く。余程驚いたのか、角車に乗り込もうと片足を荷台にかけた状態で固まってしまった。
「ねえ?」
「はっ、す、すまねえ……いや、すいません」
冒険者は最初凄んでいたのだが、フランを見て進化していると分かると、すぐにその威勢は鳴りを潜めてしまった。
「何があったの?」
「えーっとですね、貴族の護衛です。南の町へと至急移動しなくちゃいけないとかで」
「貴族の護衛に冒険者? 兵士は?」
要人の警護に、ここまで大量の冒険者を投入するのか? お忍びでもない限り、兵士や騎士を使う物なんじゃないか?
だが、そうもいかない事情があるらしい。
「騎士や兵士は国境に向かっちまって、この町には余剰な戦力がいないんですよ」
「この町に来るまでに率いていた兵士は?」
「いるにはいますが、平原を抜けるにはそれじゃあ心もとないそうでして」
「なるほど」
それにしても、30人も持ってかれたら、町が困らないのか?
「まあ、相手が相手ですから」
「誰?」
「ネメア王女様ですよ」
「王女様がいるの?」
「はい。で、ギルマスがはりきっちまって」
うちのギルドはこんなに兵力を出しますよアピールをして、王族に良いところを見せようってことなのだろう。
「ほら、あれが王女様です」
え? いるの王女様? 冒険者が指差した方を見ると、確かに場違いなドレスを着こんだ少女が門の前に立っていた。どうやら激励的なものに来たらしい。
獣王には世話になったし挨拶した方が良いかな? ただ、護衛の男性たちがにらみを利かせていて、気軽に近寄れる雰囲気ではない。
(どうする?)
『とりあえず近くに行ってみよう』
(ん)
王女様のそばに近寄ってみたんだが、何か違和感があった。こう、チリチリとした感覚がある。これって、ウルムットで強制親和スキルを使われた時に似ているな。
もしかして何かスキルを使われた? 王女様の護衛に鑑定でも使われたか? だが、その違和感はずっと続いている。
『フラン、少し離れろ』
(わかった)
20メートルほど離れると、違和感が消えたな。その場で魔力感知などを使ってみると、何となく違和感の正体が分かった。どうも王女様を中心に、広範囲に何らかのスキルが発動しているらしい。
俺は鑑定をしてみることにした。ただ、護衛が鑑定察知を持っている可能性もあるので、念には念を入れておこう。フランが疑われても面倒なのだ。
俺はフランの背中に隠れながら、分体創造で自分のレプリカを作ると、自分と入れ替える。その後、形態変形でピンポン玉のサイズまで小さくなると、転移して王女の上空へと移動した。
しかし、大きくなるよりも小さくなる方が難しいな。あまり長時間は無理だろう。クイナがやっていた透明化を思い出し、幻影魔術で空の風景を自分に映して目立たなくする。ステルススーツみたいなイメージだな。
鑑定をしてみると、確かに王女だった。だが、何か変だ。
名称:ネメア・ナラシンハ 年齢:16歳
種族:獣人・赤猫族・金獅子
職業:剣士
ステータス レベル:45/99
HP:198 MP:129 腕力:181 体力:188
敏捷:202 知力:147 魔力:189 器用:110
スキル
(演技:Lv7)、歌唱:Lv5、宮廷作法:Lv6、気配察知:Lv5、剣技:Lv5、剣術:Lv5、盾術:Lv4、盾技:Lv2、毒物感知:Lv4、火魔術:Lv5、舞踊:Lv5
固有スキル
覚醒
称号
王女、(ロイヤルガード)
装備
神絹のドレス、(鑑定偽装の指輪)、身代りの腕輪
この()が付いている項目は何だ? 演技にロイヤルガードに鑑定偽装の指輪ね……。もしかしたら、偽装している部分に()が付いているのか? 俺は天眼スキルを持っている上、鑑定レベルが最大だ。そのせいで、俺の鑑定に対しては偽装が完璧に働いていないのかもしれない。完全に見抜けているかどうかは分からないから、まだ偽装された部分があるかもしれんが……。よく分からないのは称号のロイヤルガードって部分だ。ロイヤルなガード? 守備力特化の王族? 王族の守護という意味だとすると、王女の称号が変だし……。より詳しく見ようとしても、鑑定偽装に弾かれてしまい、やっぱり分からない。
にしても、獣王の娘にしてはあまり強くない。いや、どうしても獣王と比べてしまうが、16歳にしてこのステータスは十分強いか? でも、レベルとスキルが釣り合ってない気もする。スキルのレベルが低すぎないか? もしかしてパワーレベリングの促成栽培かもしれない。あの獣王がそんなことするとは思えないが、そうとしか思えん。
『あと変な部分は……16歳? 確か15歳って言ってなかったっけ?』
いや、誕生日が来ただけか。
違和感の元を探ると鑑定偽装の指輪なようだし、問題はないだろう。ギルドマスターに直接依頼を出していると言う事は、身分もはっきりしている。周辺の侍女たちを鑑定しても職業は宮廷女中になっているし、おかしい部分はない。
俺はフランの下にそっと戻った。
『フラン、大丈夫だ。挨拶に行こう』
(ん。わかった)
そうして、フランは王女の下に向かった。最初は護衛達が厳しい顔で立ちはだかったが、フランが進化していることに気づくと丁重な態度に変わる。この世界で唯一進化している黒猫族だ。しかも少女。フラン以外にありえない。黒雷姫の異名を知っている獣人に対しては、これ以上ない身分証明だった。
「まあ、貴方が黒雷姫?」
「ん」
フランが変わらぬ態度でコクリと頷くと、護衛達がさすがに気色ばむ。だが、それを制したのは王女様自身だった。
「おい、王女様の御前だぞ!」
「おやめなさい。父上から、丁重にもてなす様に指示が来ていたでしょう?」
おお、獣王から話が行っていたようだ。ありがとう獣王。
 




