268 メアとの模擬戦
模擬戦を行うために、メアたちと共に蠍獅子の森の外を目指す。過剰戦力であるため、ゴブリン程度は瞬殺だ。
魔獣が出たら、フランとメアが競い合う様に襲い掛かり仕留めていく。魔獣が可哀想に思える光景だ。マンティコアが出ても、楽勝かも知れない。
道中で倒した魔獣素材は、魔石だけ貰って、他は全部譲ることで話が付いた。金になればどっちでもいいらしいな。因みに、さっき倒したマンティコアの死体はクイナがアイテム袋に仕舞い込んでいた。特殊なタイプらしく、口が小さくても吸い込む様な形で大きな物を仕舞えるらしい。
フランとメアは好きな料理についての話など、他愛ない雑談をしながら歩いている。クイナは黙って後をついて来るだけだ。さっきはペタンと寝ていた耳が、今は周囲を探る様に動いている。やっぱり表情からは感情が読み取れんな。
2時間後、全く足止めをくうこともなく、俺たちはあっさりと蠍獅子の森を抜け出していた。目の前では森が途切れ、広い平原が広がっている。
「では早速模擬戦だ!」
「ん!」
余程模擬戦が楽しみだったのか、2人はワクワクした表情で早速向かい合った。だが、クイナがメアの頭をガシッと掴んで止めた。
「お待ちください」
「なんだクイナ!」
「こんな街道筋であなた方が模擬戦などしたら、他の旅人に迷惑です。もう少し平原の奥に移動しますよ」
言われてみたらそうだな。剣だけの模擬戦では済まなさそうだし、派手にやり合ったら街道に被害が出るかもしれない。
俺たちはそのまま10分ほど移動した。今いるのは周囲には何もない、広大な原っぱだ。ここなら思い切りやれるだろう。
「では、模擬戦を始めますが。命を取るまではしないように。あと、覚醒は使わない事」
「分かっておる!」
「ん!」
「瀕死程度でしたら私の魔術で癒せますので、多少はっちゃけても構いませんが」
「ふっふっふ、腕がなるな!」
「こっちこそ」
「それで、その狼はどうする? 一緒に戦うか? 我は構わんぞ?」
「2対1になるよ?」
「大丈夫だ――出でよ、リンド!」
少女が背中の剣を抜くと、その剣を天に掲げて叫んだ。すると、剣から赤い影が浮き上がったかと思うと、なんと竜の形をとったではないか。
「キュオォォ!」
「かわいい」
ちっさいけどね。全長1メートルちょい? 竜は竜でも子供の竜だ。
「それは、魔獣武器なの?」
「ぬははは! 凄いだろう! 竜剣リンドだ!」
メアの鑑定遮断は剣には及んでいない様で、剣と竜を鑑定することができた。
名称:竜剣・リンド
攻撃力:963 保有魔力:669 耐久値:887
魔力伝導率・B+
スキル:火炎耐性、自動修復、竜魂召喚
つ、強い! 攻撃力で負けてるし! しかも魔獣武器? 神剣とまでは行かないが、一級品の魔剣であることは確かだろう。
ま、負けないもんね! 俺にはスキルがあるんだから! り、竜の方はどうなんだ?
名称:リンド
種族名:ドラゴン:竜魂
ステータス
HP:887 MP:669 腕力:120 体力:100 敏捷:300 知力:200 魔力:400 器用:100
スキル
火炎吐息:Lv6、牙闘技:Lv4、牙闘術:Lv5、気配察知:Lv4、再生:Lv5、状態異常耐性:Lv5、精神異常耐性:Lv5、突進:Lv6、熱源探知:Lv5、飛行:Lv8、火魔術:Lv5、咆哮:Lv4、竜魔術:Lv5、鱗強化、火炎無効、魔力操作
ユニークスキル
操炎の理:Lv6
説明:不明
説明が不明なのは、剣に宿った特殊な個体だからだろう。それよりも能力が結構高い。ウルシには劣るが、脅威度D以上は確実だろう。しかもユニークスキルまで持ってやがる。操炎の理ね……。周辺の炎を操るスキルらしい。操るって、大分ザックリとしてるが、それだけ色々な事が出来るってことだろう。
「その狼の相手は、このリンドがする!」
「わかった。ウルシ、負けちゃダメ」
「オン!」
「なにを! よいかリンド! 竜の誇りを見せるのだ!」
「キュオォォ!」
「では、模擬戦を始めましょう。勝ち負けに関係なく、恨みは残さぬように」
「当然だ」
「当たり前」
そうして、模擬戦が始まる。ただ、立ち上がりは静かなものだった。
互いに剣を構えて、じっと睨み合う。小刻みに動きながら、牽制し合っているのだ。だが、埒が明かないと思ったのか、メアが強引に仕掛けて来た。
「はぁぁ!」
「ふぅぅ!」
少女たちの鋭い呼気と共に、激しい剣戟の音が響き渡る。
メアの剣術は相当な腕前だな。フランとまともに打ち合っている。ただ、剣王術を持つフランと互角とはいかず、次第にフランが攻撃してメアが防ぐ回数が増え始める。
「はっはっは! 凄まじいな黒雷姫ぃ! それでこそ伝説の種族よな!」
「そっちこそ、悪くない腕」
「悔しいが、剣だけでは我の負けの様だ! ここからは、少々本気で行くぞ!」
「望むところ!」
激しく切り合いながら、不敵に語り合うフランたち。結構気が合うようだな。
そこからはメアが火炎魔術を放ってくるが、フランは障壁と剣で魔術を弾いてしまう。後は魔術も交えた激しい攻撃の応酬だ。敏捷で上回るフランが手数で、腕力で上回るメアが一撃重視で。互いに決定打を狙い、当たれば瀕死になってもおかしくない攻撃を、笑みを浮かべながら躊躇いなく放ち合っている。
メアが時おり無詠唱で火炎を放ってくるんだが、魔術か? それとも獣王の様に火炎を操る能力を持っているんだろうか? でも、赤猫族じゃないよな? 白いし。
獣王も娘がいるとは言っていたが、いくらなんでも王女がメイドと2人で冒険者の様な事をしているわけがないだろう。無いよな? あの獣王の娘だから、可能性はゼロではないかもしれんが……。どうなんだろうな?
メアの正体を考えながら、俺はウルシの戦いに目をやった。
「グルオォ!」
「キュオオッ!」
こっちはかなりの高速機動戦だな。広範囲を使って追い掛けっこにも似た戦いになっていた。驚いたのは、リンドの速さである。飛行していると言う事もあるのだろうが、一瞬の速さが敏捷で上回るはずのウルシを超えているのだ。
どうやら、火を背後に噴出して加速を行っている様だった。火炎魔術のバーニアと同じ原理なんだろう。
だが、それ以外の部分ではウルシが上回っており、あちらの戦いは手加減しながらでも終始ウルシが押している。放っておいて平気だろう。
フランとメアは楽し気に剣を叩きつけ合っている。だが、戦いの均衡は既に崩れつつあった。メアが数か所の傷を受けて血を流しているのに対して、フランは擦り傷以外はほぼ無傷なのだ。
メアは、剣でも魔術でも上手のフランに対して、打つ手が無くなってきた様だった。
メアが火炎魔術を盾にして大きく距離を取る。何かするつもりのようだ。フランは魔術を蹴散らして追撃できただろうが、メアがやる事に興味があるのか、あえて追わなかった。
メアの目が戦闘の高揚で爛々と輝いている。そして、その喉からまるで猛獣の唸り声の様な声が漏れ出した。
「……ぐる」
魔力が急激に高まっていくのが分かる。メアから発せられる魔力によって、ビリビリと大気が震えていた。覚醒か? それとも何かのスキル?
俺は転移の準備をしつつ、メアがやろうとしていることに神経を集中させた。
フランはメアとそっくりな表情で、期待に胸を高鳴らせている。だが、その視線がメアの背後の何もない空間に向けられた。そして、高められたメアの魔力は、その直後に雲散霧消してしまう。
「にぎゃぁぁぁ!」
「まったく、この駄お嬢様は……。今、あれをやるつもりでしたね?」
「ク、クイナ……」
いつの間にかメアの背後に忍び寄っていたクイナが、水魔術で作り出した大量の水を頭から浴びせたのだ。びしょ濡れになったメアは悲鳴を上げて飛び上がり、情けない顔でクイナを見上げている。
当然、俺はクイナの行動に気づいていたよ? いや、まじで。戦闘中も、常に一定の注意をクイナに払っていたからな。多分、幻影系の魔術を使ったのだろうが、急に姿を消した時には横槍を警戒した。だが、向かったのがメアの方向だったので、とりあえず放っておいたのだ。
フランは気配で気づいたらしいが、メアはフランだけしか見えておらず、全然気付かなかったらしいな。
「お嬢様? 殺し合いでもなさるつもりですか?」
「だ、だって負けそうだったから――」
「模擬戦での勝ち負けにむきになってどうします?」
「むぅ」
「お嬢様?」
「す、すまんかった!」
結局、模擬戦はそこで終わりとなり、フランはクイナとメアから謝罪されるのであった。残念そうではあるが、ある程度満足したんだろう。フランも大人しく引き下がった。
まあ、フランの息抜きにもなり、メアたちとの殺し合いも回避できた。悪くない結果だったろう。




