25 ドキドキしちゃう。男の子だもん。
ガルス爺さんの店を出て10分後。
『ここだ』
「ひらひらがいっぱい」
ショーウィンドウにはフランが言う様な、ひらひらがたくさん付いた、女性用の服が飾られている。
『婦人服の専門店だからな』
「何買うの?」
『何って、ナニだよ』
「?」
『まあ、いいから。とにかく入ろう』
ちょっとどころじゃなくドキドキする。いや、心臓はないけどさ。男だったら、誰だって同じだろう。それに、こういったお店に入るのは、生前から合わせても初めてだし。
「いらっしゃい」
「ん」
「あん? 冒険者かい?」
お店の奥から出てきたのは、ヤンキーっぽい感じの蓮っ葉なお姉さんだった。真っ青なショートカットとか、ファンタジーを通り越してサイバーパンク感が半端ない。
「で? 何をお求めで? 下着に肌着。普段着から勝負服まで、なんでも揃ってるぜ?」
(何を買う?)
『俺の言う通りに言えよ』
(わかった)
ここは大体の物を伝えて、お任せにしちゃおう。
「下着を5日分。簡単に洗濯できる物が良い」
「ふむふむ」
「あと、鎧の下にも着込める服と肌着が欲しい」
「それも5日分で良いかい?」
「ん」
「下着はそこが一番小さいサイズになってる。どんな奴がお好みだい?」
「適当でいい」
「あんたみたいに可愛い女の子がそれじゃダメだ!」
なんでも、このお姉さんは元冒険者らしい。冒険中にも履ける丈夫な下着に、可愛い物が少ないことが不満だったので、自分で作ることにしてしまったそうだ。今ではこの店の店主と組んで、女性冒険者向けの商品を色々と販売しているらしい。
「あんたみたいに、黒髪黒目黒耳の色白美人なら、こういったやつもいいかもしれないね」
な、何だと? クロのショーツ? しかも、魅惑の尻尾穴付き? けしからん。実にけしからんよ!
「このシリーズは、獣人用にちゃんと穴が開いてるんだぜ? どうだ?」
うーん。でも、フランにはちょっと大人過ぎないか? フェロモンとか、フランにはまだ早いのですよ。もっとこう、可愛い目の奴がいいな。俺のそんな思いが通じたのか、お姉さんが他の商品を紹介してくれる。
「他にも、こういうのとかもあるんだぜ?」
それは、見紛う事なき縞々パンツ。しかもシロと水色のストライプ系!
「あとはこんなのとか」
くっ。やるな! 一見、クリーム色の地味なパンツなのに、小さくフリルとリボンがあしらわれていやがる!
次々と繰り出される魅惑のパンツたち。それでいて、伸縮性がある上、丈夫でムレないんだとか。
「こっちは尻尾穴を開けるサービスもやってるぜ?」
「じゃあ、それとそれで」
「よしよし。他はどうする?」
何か必要なものあるか? 女の子っぽいもの……洗顔フォームとか? いや、そうか洗面道具だ。
「洗顔系の道具? もあれば」
「あるぜ。うちはその辺もばっちり押さえているからな」
「じゃあ、それで」
「あいよ」
どうやら、ブラジャーは置いてないみたいだ。田舎だからなのか、文明レベル的に存在していないのか。
フランは小ぶりというか、断崖というか、まあツルペタ属性なので、当分は必要なさそうだけどね。
「じゃあ、5日分の下着と肌着。後は通気性の良い素材のシャツとショートパンツ。丈が長い物はいるか?」
「いる。2つは長いので」
「了解。あとは、洗顔用の石鹸に、タオルだ」
石鹸があるのか。地球にあったものと同じなのか?
「これは、錬金術で作った洗顔専用の石鹸で、肌がツルツルになるって評判なんだ。無臭で、冒険者の女性御用達なんだぜ?」
へえ。それはいいな。狩り場でフローラルな香りをさせていたら、あっと言う間に魔獣に発見されちゃうだろうし。匂いがないのは、助かる。
「毎度あり!」
あとは、フランに洗濯の仕方を教えないとな。下手したら、着た切り雀になりかねんからね。俺がやれって? いやいや、それは色々危険すぎる。ここは自分でやってもらいましょう。成長したフランに汚物を見るような目で見られたら、死にたくなるだろうしな。
それから30分後。
俺たちは一軒の宿屋の前に立っていた。服屋のお姉さんにお薦めの宿を聞いたら、ここを教えてくれたのだ。なんでも、女性冒険者が多く利用しているらしい。
外見も小奇麗で、悪くはなさそうだ。
中に入ってみる。店内も、掃除が行き届いており、植木鉢なんかが置かれている。念動で部屋の隅をこすってみるが、埃もない。うん、いい宿そうだ。
「師匠、小姑」
『な!』
酷い、貴女のためなのよ! フランちゃん!
「いらっしゃいませ」
カウンターにいたのは、若い女性だった。20歳を超えたくらいか。
「部屋空いてる?」
「お1人様ですか?」
「ん、1人」
「保護者の人とか、いないかな?」
やはり、子供一人じゃダメか?
『フラン、ギルドカードを出してみろよ』
「ん。これ」
「え? 本物?」
「ん」
少しの間、ギルドカードを見ていた女性だったが、本物だと理解したようだ。
「まあ、身元がはっきりしてるならいいか。素泊まりで300ゴルド、2食付きで400ゴルドとなっています。あと、うちは個室しかないんですが。どうされます?」
『今日は食事つきにしとこうか』
「食事つきで、1泊」
「わかりました。では、こちらがお部屋のカギになります。貴重品の管理は、お気を付けくださいね」
「ん」
あとは、こまごました生活用品についての値段の説明があったが、スルーだ。ランタンも、お湯も、魔術や道具で何とかなるし。歯ブラシがあるのにも驚いたが、それも浄化魔術でどうにかなる。
「食事は、食堂でこちらの引換札をお渡しください。うちは食堂もやっているので、時間はいつでも構いませんよ」
2枚の引換札を渡される。食堂の営業中なら、いつでも食事ができるとは、良いシステムだな。
ただ、魔獣肉はまだまだ大量にあるし、そちらを食べた方が食費も浮くんだよな。今後は素泊まりで、食事は俺が用意する形にした方がいいだろうか。料理を大量に作って、次元収納に入れておけば、いつでも熱々を食べさせてやれるし。
問題は、その料理をどこで作るかだな。単なる丸焼きや、スープだけじゃ飽きるだろうし。色々な料理を準備するとなると、ちゃんとした調理器具が必要なのだ。
「ここ?」
『お、悪くない部屋じゃないか』
やはり清潔に保たれた部屋に、ベッドと机一式、サイドチェストもある。衣装ダンスも備え付けられており、快適に過ごせそうだ。しかも、武具用の壁掛けまであった。この宿、侮れんな。
「師匠、ここであってる?」
『?』
「こんな凄い部屋?」
ああ、そういう事か。4年以上も奴隷として生きてきたフランにとって、この程度の部屋でも信じられないくらい豪華なんだろう。
不憫な子や! 絶対に幸せにしてやるからな! まずは、安心させてやろう。
『部屋はここであってるぞ』
「凄く豪華」
『いや、そんな凄くないぞ。普通だ』
「まじで?」
『まじまじ。これからも、このくらいの部屋にはいくらでも泊まれるからな』
「うおー」
フランが両拳を雄々しく天に突き上げ、雄たけびを上げる。
「師匠についてきて良かった」
『そうかそうか』
「もはや人生勝ち組」
『そこまで!』
「私の時代」
うん、めちゃくちゃ嬉しすぎて、テンションが上がっているらしい。表情からは分かりづらいが。
気に入ったなら良かった。