265 アルジェントラパン
アルジェントラパンの冒険者ギルドは、御者に教えてもらった通り、町の入り口のすぐそばにあった。
グレイシールの冒険者ギルドも結構大きかったが、こちらも負けていないな。獣人国の冒険者ギルドはどこもこんなに大きいのかと思ったが、たまたま俺たちが立ち寄った町のギルドが大きいだけだった様だ。
グレイシールは大きな港町だし、アルジェントラパンは蠍獅子の森を抜ける冒険者が集まってくるからだろう。
『冒険者の数も相当だな』
「ん」
中に入ると、併設された酒場では30人以上の冒険者が酒を飲んでいた。
一斉に視線が飛んでくる。最初は品定め、次いでフランが進化していることを感じ取って驚愕する流れだ。
ほとんどが獣人な様で絡んでくる冒険者はいなかった。居たとしても、仲間に止められているんだろう。
「い、いらっしゃいませ」
「魔獣を売りたい」
「なるほど。では、ギルドカードのご提示をお願い致します」
「ん。ランクC冒険者のフラン」
「や、やはり……!」
ギルドの受付なだけあってお姉さんはフランの正体に気が付いたようだな。神妙な顔をしている。自分がフランのカードを凝視していることに気づいたんだろう。軽く咳払いしてギルドカードをフランに返した。
「し、失礼しました。魔獣の素材の買取ですね。そちらの買取カウンターへどうぞ」
「わかった」
言われた通り、フランがヴェノム・ドッグの死体を全て並べた。解体してないけど、今回は仕方ないな。そんな暇なかったし。
こっちを見ていた冒険者たちから感心した様な声が上がっている。なんでだ? 所詮は脅威度Fの魔獣だし、10体程度ならそこまで難易度が高い相手ではないだろ? だが、話を聞くとそうでもなかったらしい。
「ヴェノム・ドッグですか。しかもこの数。群れでしたか?」
「ん」
「はぁ、さすがですねぇ」
ヴェノム・ドッグは下級とは言え魔毒牙を持っているため、下級冒険者には厳しい相手らしい。しかも、10匹を超えているとなるとかなり危険な相手だ。脅威度で言えばE相当、つまり1人で処理するにはランクD以上の冒険者でなくては難しいらしい。
さらに、死体を見ればどの個体も1撃で倒されており、フランの実力の一端を感じて、皆が感心した様だ。
「肉は食べられる?」
「毒があるので無理ですね。ただ毒薬の原料になるので、全てが買い取り対象となっています」
買い取り額は、解体費や魔石がない事などを差し引いて、1匹につき5000ゴルドで、全部で5万ゴルドだった。今後の宿代と食費くらいにはなるかな。
「どうぞ、5万ゴルドです」
「ありがとう。あと、聞きたいことがある」
「なんでしょうか?」
「王都への行き方が知りたい」
「わかりました、少々お待ちください」
受付のお姉さんが、この周辺の地図の様な物を取り出して見せてくれる。
「まずはルートなのですが」
それを見るとこの町から少し南下した辺りの蠍獅子の森が、かなりくびれて幅が狭くなっているのが分かった。確かにこの場所なら、通り抜けに適しているだろう。
「この場所を見ればお分かりだと思いますが、蠍獅子の森が非常に狭くなっております。ここであれば、およそ1日あれば抜けることができます。冒険者の間では抜け道などと呼ばれていますね」
「なるほど。マンティコアが出るって聞いた。遭遇率は?」
「100組に1組ほどですね」
「その程度?」
「マンティコアにとって、冒険者は良い獲物とは言い難いですから」
マンティコアにとって弱い冒険者であれば格好の獲物だが、強い冒険者に出くわしてしまえば逆に手痛いしっぺ返しを食らうこともある。そのリスクを考えれば、大人しく他の魔獣を捕食している方が安全なんだろう。
それでも抜け道に出没するのは、経験の浅い若い個体や、他のマンティコアに縄張りを追われた弱いマンティコアが多いようだった。
「抜け道の前までは道がありますから、迷うことはないと思います」
蠍獅子の森を抜けた後は、ローズラクーンという町があるらしい。今居るアルジェントラパンと同じく、抜け道を利用する冒険者が集う大きな町だ。
「あと、フラン様でしたらお1人でも問題ないとは思いますが、そちらでパーティメンバーの募集を行っています」
「メンバー募集?」
「はい。実力不足であっても、数が居れば危険度は減りますから」
相手が強くても皆で戦えるし、戦いにならないような強力な相手に出会ってしまった場合も、他の者が犠牲になっている間に逃げられる可能性が上がる。
そんな理由から、ソロや少人数で活動している冒険者たちは、町で臨時パーティを組むことが当たり前であるらしかった。
俺たちには必要ないけどね。と言うか、絶対に足手まといになるし。
「やあ、こんにちは」
「ん? こんにちは?」
「君は、蠍獅子の森を抜けるつもりだろ? もしよかったら僕らのパーティに同行してもらえないかい? これでもランクEパーティなんだ。足手まといにはならない」
ギルドを出ようとしていたフランに声をかけて来たのは、まあまあイケメンの人間の冒険者だった。
にしても、ちょいと胡散臭いな。獣人でもない、ランクE程度の冒険者が、フランの実力を見込んでなんてことがあるだろうか?
「なんで私に声をかけた?」
「そりゃあ、皆が注目してるし、さっきランクCって言ってるのが聞こえたからね」
「それを信じるの?」
「うーん。獣人は人間よりもステータス的に優秀だし、戦闘力が高い人も多いからね。先日も、メチャクチャ強い獣人の女の子に出会ったばかりなんだ。だから、君くらいの年齢でも、強い可能性はあると思うよ?」
「なるほど」
疑ってすまんな。普通にフランと同行したいだけだったらしい。ただ、出発が明後日と言う事で、今回はお断りすることにした。さすがに2日も無駄にしたくないのだ。
それに、最悪フランはウルシに乗って、俺は自力で飛んで行けば、森の上を通過することも出来るだろう。先の事を考えるとあまり魔力を使いすぎるのは怖いので、出来るだけ徒歩で進みたいが。まあ、奥の手である。その時に同行者は邪魔なだけだからな。
『じゃあ、行くか』
「ん」
俺たちはお姉さんにお礼を言って、ギルドを出る。
『まだ朝だし、このまま抜け道に向かおう』
「マンティコア出るかな?」
『期待の眼差しで言うなよ。フラグっぽいから!』
「楽しみ」




