264 角車での旅
ガタガタガタ――。
角車が馬車を遥かに超える速度で、街道を走っていく。
俺たちは今、アルジェントラパンに向かう角車の中にいた。護衛とは言え、敵が出なければ普通に中に乗っていて構わない。なので、ここまでは普通の馬車旅とたいして変わらないものだった。違いは馬車よりも格段にスピードが速いくらいだろう。
「フラン様もどうぞ」
「ありがと」
「これもどうぞ」
「ん」
「これも――」
馬車の中の雰囲気は和やかなものだ。いや、ちょっとしたお祭り状態ではあるけどね。フラン祭りである。獣人ばかり、それもお爺さんお婆さんが多く、フランに対して非常に恭しい態度なのだ。
どうも、進化できずに年老いた獣人は、進化した相手に対して必要以上に敬意の様なものを抱くらしい。
しかも進化不能なはずの黒猫族で進化にこぎつけたフランは、下手したら信仰の対象になりかねないくらい尊敬される様だ。
おかげで、お供え物の如く周囲の獣人からお菓子やパンがフランの下に集まって来ていた。
彼らの孫なのか小さな子供も数人いたんだが、老人たちの崇めっぷりを見て、フランをまるでヒーローを見る様な目で見上げている。
「しんか、しゅげー」
「ふらんしゃまー」
「かっちょいいー」
チビたちはチビたちなりに、フランに尊敬の念を抱いているらしい。
だが、明るい雰囲気もそこまでであった。
「ま、魔獣だ!」
御者の悲鳴が響き渡り、乗客たちが怯えた顔で縮こまる。そして、すがるような目をフランに向けるのであった。
「フ、フラン様!」
御者が慌てた声でフランを呼ぶ。
「ん。分かった」
「お、お願いしやす!」
御者台に上がると、前方に複数の影が見える。10匹ほどの犬型の魔獣だった。大きさはシェパードくらいだろうか。
「あのくらい突っ切れば?」
「む、無茶言わんでください!」
いくら相手が魔獣とは言え、サイと同じ程度の大きさを誇るデュアルホーンなら、簡単に蹴散らせそうなものだが?
ただ、少し近づいてみると、そう簡単な話ではない様だった。
種族名:ヴェノム・ドッグ:魔犬:魔獣 Lv11
HP:33 MP:13 腕力:17 体力:13 敏捷:61 知力:8 魔力:14 器用:12
スキル
追跡:Lv3、咆哮:Lv1、嗅覚強化、魔毒牙
雑魚ではあるんだが、魔毒牙を持っている。速さを活かして魔毒牙を1回でも獲物に突き立て、あとは付かず離れず距離をとりながら弱らせるタイプの魔獣の様だった。あの数を相手にしたら、デュアルホーンでも毒に侵される危険性は高いだろう。まあ、近づく前に倒せばいいだけなのだが。
「速度は落とさなくていい」
「へ、平気なんすか?」
「任せておいて」
「は、はい!」
進化の影響力は凄いな。御者はフランの様な少女の言う事に素直に従う。
『じゃあ、行くか』
「ん」
フランは俺を構えると、魔獣の群れに向かって投擲した。既にヴェノム・ドッグの魔石の位置は魔力感知で特定済みだ。
念動カタパルトの勢いのまま、俺は2匹を一気に貫いた。勿論魔石は吸収済みだ。そのまま念動と風魔術で逃げられない様に動きを封じた魔獣たちを、俺は次々に貫いていく。
死体は全て収納済みだ。下級の魔獣なので大したお金にはならないだろうが、一応ね。
一瞬で消えた魔獣の死体を見て御者は何か言いたげだったが、結局質問はしないことにしたらしい。フランの機嫌を損ねたら色々とマズいからな。
とりあえず安心した表情で礼を言って来たので、フランは軽く返して角車の中に戻るのだった。老人たちが口々に礼を言って来る。
「ありがとうございます!」
「任せておいて」
「命の恩人じゃ~!」
「それほどでもない」
「ありがたや~」
「仕事だから」
最初はちゃんと応えてたんだが、放っておくと延々と続きそうだった。さすがにフランもどうしていいのか分からなくなったらしく、御者台に逃げることにしたようだ。
魔獣を警戒すると言って、角車から御者台に移った。黒猫族の凄さを見せつける目的は果たしたし、もう平気だろう。
「はは、凄い騒ぎっすね」
「ん」
御者も騒ぎを聞いていたんだろう。苦笑いだ。最初にそう言って軽く笑っただけで、話しかけてはこない。
フランにはこのくらいの距離感の方があっているんだろう。沈黙に困った様子もなく、前方を見たまま角車の振動に揺られていた。
それからさらに4時間。
「あ、町」
「良く見えますね! でもそうっす、もうアルジェントラパンに到着しやすよ」
ようやく目的地に到着したな。結局、魔獣は一度しか出現しなかったので、フランは御者台でゆっくりお昼寝状態だった。軽い振動が眠りを誘発するらしい。
「あの町に冒険者ギルドはある?」
「結構デカイっす。町の入り口の側にあるんで、すぐに分かると思いやすよ?」
さすがに全ての町に角車組合専用の停留所がある訳ではなく、乗合馬車と合同で町の外の停留所を使っているらしい。俺たちが乗って来た角車は、馬車の隣に停車した。
角車から降りてくる乗客たちは、まず御者よりもフランに頭を下げていく。
「いやー、ありがとうございました~」
「ありがたや~」
「ふらんしゃまバイバイ!」
「ん」
他の乗客の熱烈な見送りを受け、フランは停留所を後にする。正直疲れた。でも、黒猫族の地位向上のためには、今後も同じようなことを続けなくてはいけないだろう。
「師匠」
『どうした?』
「……疲れた」
まあ、俺もフランも、おいおい慣れていけばいいだろう。




