263 角車組合
宿をとった俺たちは、町の外れに向かって歩いていた。
最初は、ギルドに戻って王都への行き方を調べるつもりだったのだが、宿の人に面白い話を聞いたのだ。
「あれ?」
『多分そうだな。屋根も青いし』
俺たちは宿屋で聞いた建物に辿りつく。聞いた通り真っ青な色の屋根をした、巨大な厩舎の様な建物だ。看板には『角車組合支部』となっている。
「いらっしゃいませ~」
中に入ると、冒険者ギルドに似た受付があり、制服を着た女性が出迎えてくれた。種族が人間なので、フランの正体には全然気付いていないらしい。
宿の女将さんは下にも置かない扱いだった。多くの人間と接する商売人の女将さんは、黒猫族なのに進化しているフランを見て瞬時に正体に気づいたらしい。一番いい部屋を格安で提供してくれた上、宿帳は家宝にするとまで言っていた。
道ですれ違う人々も、黒雷姫の話を知らずとも、進化した黒猫族と言う存在を見て、足を止めて驚いていた。老人の中には拝み始める者までいて驚いたぜ。
何と言うか、見たら幸せになれる伝説の珍獣的な? ありえない物を見てしまった様な反応が多かった。
「話を聞きたい」
「角車は初めてですか?」
「ん」
受付のお姉さんが基本的なことを説明してくれる。
角車と言うのは、デュアルホーンという、サイに似た魔獣に引かせる馬車に似た乗り物のことだ。足も速く、スタミナも馬を上回るので休憩も少なくて済むらしい。そのお陰で、馬車の倍近い速さで目的地に着くんだとか。
しかも脅威度Fの魔獣なので、盗賊や他の魔獣などにも襲われにくいのだ。
「なるほど」
「こちらをご覧ください」
お姉さんが1枚の羊皮紙を見せてくれる。それは角車の料金表だった。
乗り合い料金に、貸し切り料金、距離別の料金などが細かく記載されているな。王都の名前もあるぞ。
「王都に行きたい」
「ベスティアですか? それですと、乗り合いで4万ゴルド、1車貸し切りですと12万ゴルドとなります。日数は10日ですね」
「結構かかる?」
時間もお金もね。だが、それも仕方ないらしい。女性が簡単な地図を見せながら、説明をしてくれる。
「ここがグレイシールです。それで、こちらが王都ベスティア」
「そんなに遠くない?」
地図では、クローム大陸の東海岸に位置しているグレイシールから見て、真西の場所に王都ベスティアがある。
縮尺が今一わからないが、10日もかかるのだろうか?
「直線距離ですとそうなんですが……。こちらをご覧ください」
お姉さんが王都とグレイシールの間に描かれた、緑のエリアを指差した。
「蠍獅子の森」
「はい。ランクCの魔境に指定されている森となります。脅威度Cの魔獣であるマンティコアの生息が確認されています」
それは流石に一般人が通り抜けることは難しいだろう。
「この森が南北に広がっているせいで、かなり大回りをする必要があります」
「抜けられる場所とかもないの?」
「一般人には無理ですね。ある程度の腕の冒険者であれば、通り抜けているそうですが」
「私も冒険者」
「その様ですが、お1人では難しいと思いますよ?」
優しい人だな。フランを駆け出し冒険者くらいに思っているだろうに、お前じゃ無理だとは言わない。そもそも、金があるのかとかも聞かないし、質問には丁寧に答えてくれるし。
「えーっとですね、大抵の冒険者さんは、この町まで行って、そこから魔境を抜けて行くそうですよ?」
「アルジェントラパン?」
「はい。この町から蠍獅子の森に入れば、森の一番薄い場所を抜けられるらしいです。ここまで行けば、同行できるパーティが見つかるかもしれません」
なるほど。じゃあ、とりあえずその町まで行って、森を抜けるか、迂回するか考えるか。ランクCの魔境だったら、俺たちなら通り抜けられるとは思うが……。
問題は、アルジェントラパンまでどうやって行くかってことだ。簡易地図上で見れば南西に向かえば簡単に到着しそうだが、そう簡単にはいかないだろう。山あり谷あり魔境あり。地図には書かれていない難所が沢山あるに違いない。
「アルジェントラパンまではどれくらいかかる?」
「角車でしたら1日ですよ。乗り合いで3000ゴルド、貸し切りで9000ゴルドです」
『なあ、俺としては。角車でアルジェントラパンまで行っちゃってもいい気がするけど』
(わたしもそう思う)
『だよな? 迷う心配もないし』
角車にちょっと興味もあるし、俺たちは明日の朝一の便を予約することにした。乗り合いと貸し切りで迷ったが、乗り合いにしておいた。道中でも黒猫族の宣伝をしないとね。
「では、身分を証明できるものはありますか?」
「冒険者ギルドカードで良い?」
「はい」
「じゃあ、これ」
「ありがとうござ――ええ? ランクC? ええ?」
お姉さんはカードとフランを何度も見比べている。やっぱり信じられないか。だが、水晶のような物にカードをかざして真贋を確かめて、本物であると分かった様だ。
「本物……よね?」
「ん。本物」
「あ、すいません! これはお返しします。大変失礼いたしました」
「へいき」
「しかし、ランクCの冒険者様でしたか」
「ん」
「実はですね、現在護衛の手が足りておらず、冒険者の方でしたら護衛を引き受けていただく代わりに割引をしているんです。ランクCの方でしたら半額でお乗せできますよ?」
「なんで護衛が足りてない? ここは冒険者が多い町じゃないの?」
「多くの方が船の護衛メインと言うのもありますが、現在の国際情勢の緊張が最も大きな理由です」
「どういうこと?」
「ああ、もしかして船でやって来たんでしょうか?」
「ん」
「実はですね、国王様が不在という事もあって、隣国との緊張が高まっているんです。そのせいで兵士の多くが国境付近に集められてしまって、国内の巡回に回される兵士の数が減ってしまったんですね」
兵士が減ったことで魔獣の数や盗賊の出没数が増え、旅の危険性が上がっているらしい。しかもそれらの駆除に冒険者が駆り出され、護衛の数も減っている。
「戦争になるの?」
「いえ、協定を結んでいるので戦争にはならないと思いますが……。隣国であるバシャール王国は、獣人国と非常に仲が悪いのです。犬猿の仲と言っても良い程に」
現在では種族差別を嫌う人も多い平和な獣人国であるが、過去には獣人を優遇するあまり、他種族に対する排他的な政策を実施している時代もあった。さらに前には、他種族を弾圧していることもあったらしい。
バシャール王国は、獣人国を逃げ出した、もしくは追い出された人間によって造られた国だった。それ故、獣人に対して非常に攻撃的で、譲歩をしない国であるのだ。また、人間種族への優遇が行きすぎるあまり、最近までは人間至上主義に傾倒していた。
「同じ人間種として恥ずかしい限りですが、人間こそ至高であり、その他の種族は一段劣る。そして、獣人は奴隷にするべき劣等種であると、声高に叫ぶような国だったのです」
「でも、だったってことは、今は違う?」
「100年程前に穏健派の王家が実権を握り、現在では獣人国と緩やかに無視し合う様な状態ですね」
だが、互いに心を許している訳ではなく、監視し合っているらしい。それでも、現在の獣人国は国王を筆頭に戦力が充実しているので、バシャールも手を出すわけがないと言うのが、獣人国民の認識であるらしい。
それでも、隣国が兵士を集めていると言う情報があれば、こちらも兵を集めざるを得ない。一応、バシャール王国側はダンジョン駆除のためと説明しているらしいが。
「ということで、護衛を募集しているわけですが……如何なさいます?」
半額と言っても、俺たちに取ったらはした金だ。だが、ギルドを通した正式な依頼の様だし、ここは受けておくことにした。どうせ乗ることは決めているんだしね。
「じゃあ、アルジェントラパンまでの護衛を引き受ける」
「分かりました。明朝6時の便でよろしいですね?」
「ん。大丈夫」
「ではお待ちしております」
さて、これで足の確保は出来た。
『じゃあ、明日まではゆっくりするか』
「まずは名物料理を食べる」
『名物料理?』
「さっき看板が出てた」
『そういう事には目ざといよね。じゃあ、まずはその店に行くか』
「ん!」




