261 船への帰還
結果的に神獣リヴァイアサンに助けられたわけだが、その後がまた大変だった。何せ船に戻っても皆が狂騒状態だったのだ。
リヴァイアサンという異常な存在と遭遇して、平常心でいられる訳もない。あるものは呆然とし、あるものは馬鹿笑いを上げ、あるものは天に祈りを捧げていた。
ジェロームと副船長は、共に乾いた笑いを上げている。
これでよくリヴァイアサンが起こした波で転覆しなかったな。
いや、待てよ? あんな巨体が暴れたにしては、そんなに波は立ってなかったな。もしかして、アルギエバ号を転覆させないために波を立てないようにしてたとか? いや、まさかね。多分、高速で泳ぐために、水の抵抗を弱める術とかを使っていて、その効果のおかげだろう。運が良かったな。
その後、最初にモルドレッドが、次にジェローム、副船長が正気を取り戻す。フランが軽く揺すってやったからだが。
モルドレッドは、かなりのトラウマになったみたいだな。普段の冷静さが嘘のように、声を荒らげている。
「一生分の冷や汗を流したぞ……。心臓が止まっていないのが不思議な程だ……。こんなこと2度とごめんだ。しばらくは船の護衛依頼は受けん!」
水竜、クラーケン、ミドガルズオルム。果ては脅威度Sのリヴァイアサンと、出くわす事が即死亡と言っても過言ではない大魔獣と連続して遭遇し、激しい闘いに巻き込まれかけたのだ。モルドレッドと言えど、相当な恐怖を覚えた様だった。
「おいおいおいおい! 見たか? 見たかよ? おい!」
「はい。しかし、まさかこんな場所で……。いえ、ですが……」
ジェロームは凄まじく興奮している。甲板の縁から身を乗り出し、リヴァイアサンが消えた海を見つめていた。副船長は、未だに信じられない様だ。そんなジェロームたちに、フランが質問した。
「リヴァイアサンは、魔海にしかでないんじゃないの?」
そもそも顔だけでもあの巨大さだ。首から鼻先まで100メートル近かったはずだし、頭の天辺から顎下まででも40~50メートルくらいはあるはずだ。対して、この辺の海の深さは300メートル程度らしい。いや、深い場所で300メートルだからな、浅い場所なら100メートル程度の場所も多いだろう。
あれだけ巨大なリヴァイアサンにとっては、決して活動しやすい海域じゃないはずだ。下手したら腹を擦ったりするかもしれない。
「過去は過去だ。確かに魔海でしか目撃例は無かったが、未来永劫そうとも限らん。なにせ人間の尺度では測る事のできない伝説の生き物だからな」
まあ、そうだよな。今回の様に、エサを求めて移動することもあるだろうし、住処を変えるとか、色々な理由があるだろう。
そもそも、リヴァイアサンのあの速さだったら、かなりの範囲が移動範囲だろうし。実は魔海でしか目撃されていないだけで、海の底では好きに動いているのかもしれない。
「よし、今の内にこの海域を離れるぞ!」
「リヴァイアサンを怖がってか、あれだけいたクラーケンが一匹もいなくなりましたからね。チャンスです」
言われてみると、周囲からクラーケンたちの気配が完全に消えていた。ミドガルズオルム、リヴァイアサンと、上位の魔獣が立て続けに現れたことで、一斉に逃げ出したらしい。
海に叩き落とした海賊たちの気配もないが。まあ、クラーケンたちの手土産にされたり、ミドガルズオルムに吸い込まれたり、波に巻き込まれたり、色々あったんだろう。
「それで、この男はどうする?」
復活したモルドレッドが足元に転がる男性をトントンとつま先で軽く蹴る。
流れで連れてきてしまったスアレスだ。モルドレッドの尋問によって体を痛めつけられ、意識を失っている。
「適当に捨てるか?」
モルドレッドがそう尋ねる。水竜も消えた今、生かしておく意味も少ない。ただ、他国の元王族と言う事から、生かしておいた方が利があるかもしれない。
ジェローム船長は国に仕えているわけだし、
外交のカードになる可能性もあるのだ。火種になる可能性もあるけどね。そこはジェロームたちに任せるさ。
「ふむ……とりあえず船倉に閉じ込めておくか?」
「それが良いでしょう。賞金がかかっている可能性もありますし」
「水竜艦は確実に国を追われる際に盗んできた物だろうしな」
一応王族の出だし、餞別として与えられたという可能性はないのだろうか? そう思ったんだが、それは絶対にないらしい。
水竜艦は国の要と言っても良い戦力だ。それを国を追われた人間に与えるはずもない。また、国外で水竜艦が暴れれば、むしろ外交問題などが持ち上がるだろう。
確実にスアレスが国から勝手に持ち出した物だと言う事だった。
「ここで始末するのは簡単だが、利用価値があるかもしれんからな」
と言う事で、スアレスはモルドレッドによって船倉へと連れられて行った。見張りは冒険者たちだ。
「黒雷姫殿、体調は平気か?」
「かなりお疲れの様ですが?」
「ん……ちょっとだるい」
全力の黒雷招来によって体力、魔力を相当消費したからな。歩けてはいるが、激しい戦闘は無理だろう。
「あれだけの攻撃を放ったのだから、当然でしょう。どちらにせよ、今のままでは魔獣が出ても戦力としては数えられないでしょうし、お部屋に戻ってお休みください」
「ん。お言葉に甘える」
その代わり、ウルシを甲板に置いていくことにした。ウルシの索敵能力とモルドレッドが居れば、そうそう魔獣に後れを取ることはないだろう。
『ウルシ、頼んだぞ』
「お願い」
「オン!」




