260 伝説の魔獣
『よし、始めるぞ』
「ん! 覚醒!」
ミドガルズオルムをウルシの背から見下ろしながら、フランが覚醒した。さらに、閃華迅雷も使い、本気モードである。
フランの全身から放たれる黒雷によって、ウルシの毛が大量に逆立っている。
『まず、奴を挑発して、顔を上げさせるぞ』
「わかった」
「オン」
『で、口を開けたところに、ズドンだ』
「ん! ウルシ」
「オンオン!」
ウルシは速度を落とし、あえてミドガルズオルムの前方に陣取った。そこから、海中にある頭部に向かって、魔術を何発か放つ。
『海中は任せろ』
俺は一気に海中に潜行し、ミドガルズオルムの頭部の下に潜りこんだ。そこで、火炎魔術や、雷鳴魔術を連発する。
2、3分も続けていると、さすがに無視しきれなくなってきた様だ。巨大な頭が身じろぎするのが見えた。
『仕上げだ』
俺は最後に念動カタパルトでミドガルズオルムの頭部に突進する。水の抵抗が大きい海中なので、それほどのダメージは期待できない。だがミドガルズオルムの反応は凄まじかった。念動カタパルトを食らった直後、その場で動きを止め、凄まじい咆哮を上げたのだ。
「ギョボボボボボォォ!」
凄まじい声が衝撃波となって海中をかき回す。
『うおおおお?』
俺にダメージはないが、水中でもみくちゃにされると上下がよく分からなくなる。ちょっと驚いたぞ。それにしても、大分お怒りの様だな。魔術でのダメージの方が痛かったと思うんだが、なんで急に怒り出したんだ?
俺は急いでフランの下に戻ったが、完全にこちらをロックオンしていた。海の上に鎌首をもたげ、俺と、俺を装備しているフランを見ている。目がないのに、こっちを睨んでいると感じられる。ミドガルズオルムから向けられる敵意がそれだけ大きいと言う事だろう。
「なにしたの?」
『いや、念動カタパルトを1発叩き込んでやったら、急に怒り出したんだけど!』
「ああ、前の戦いを思い出した?」
『前の戦い?』
「ん? 前、念動カタパルトに頭を吹き飛ばされた時のことを思い出した」
『ええ? あれって前に戦った奴と同じ個体か?』
「ん」
よく分かるな。獣人特有の感覚なのか? 鑑定を使っても全然分からなかったんだけど。生命力とか上昇してるし。まあ、無限に成長するって言う話だから、あれから色々食って成長したんだろう。
にしてもそうか、前に巨岩を食わせてやったミドガルズオルムか。
『単細胞の馬鹿のくせに、俺のことは覚えていたってことか』
恨みは忘れないってことかね? まあいい、因縁が残っているのはこっちも同じだ。結局逃げる事しかできなかったからな。あの時からどれだけ成長したのか、思い知らせてやる。
しばらくミドガルズオルムとウルシの追いかけっこが続いた。さすがに巨体過ぎるせいで、ウルシを捕まえることはできない様だ。
その間に、俺の準備が終わる。
『フラン準備完了だ』
「ん!」
そして、ミドガルズオルムがウルシを追って、大口を開けた瞬間、俺たちは全ての力を込めた、最高の一撃を放つ。
『今だ! カンナカムイィィィ!』
「はぁぁぁ! 黒雷招来!」
白き雷光によって形作られた龍と、フランから放たれた漆黒の雷が絡み合い、大きく開け放たれたミドガルズオルムの口腔内に飛び込んでいった。
魔法使いスキルによって、残っていた魔力の8割を込めた正真正銘過去最高威力のカンナカムイと、これまた全魔力を込めて放たれたフランの黒雷だ。
超絶威力の雷撃によって体内を焼き焦がされるミドガルズオルム。海上に出ていた50メートルほどの肉体が大爆発によって粉々に砕け散っていた。ミドガルズオルムだったものは爆ぜ飛び、周囲に血と肉と炭の塵が舞い落ちる。
発生した高波が、アルギエバ号を大きく持ち上げるのが見えた。やべ、大丈夫か? 大丈夫みたいだな。ミドガルズオルムの分厚い肉壁の内側で爆発が起こったため、あの程度で済んだみたいだな。もし普通に海上で放っていたら、アルギエバ号が転覆していたかもしれない。ある意味ミドガルズオルムに助けられたぜ。
それにしても、悲惨な姿だな。普通だったら、この状態で生きている生物はいない。何せ、肉体の上部3分の1程が消滅したのだ。生命力が高いと言われる、蛇や百足であっても致命傷だろう。
だが、相手は脅威度Aという、人間の想像の埒外にいる魔獣だ。魔法防御は最低レベル。肉体の防御力もたいしたことはない。なのに、殺しきれない。
種族名:ミドガルズオルム:海蛇:魔獣 Lv62
HP:28117/39823 MP:591
腕力:4139 体力:4699 敏捷:108
知力:5 魔力:112 器用:24
スキル
吸収:Lv2、再生:Lv2、捕食
なんてふざけた生き物だろう。この状態でも、生命力の3分の1も削れていないのだ。しかも、既に再生が発動して生命力がドンドン回復し始めている。
『ちっ。化け物め……。だが、足止めの任務は果たせた――はぁ?』
「ま、ずい……」
おいおい、頭が無いんだぞ? 普通、その場で再生が済むのを待つだろ? なんで動いてやがるんだ! しかもアルギエバ号に向かって!
脳みそが頭部に無いのか、そもそもそんな物が無いのか。それとも心臓の様に、脳が複数あるのか。
ああもう! 今考える事じゃないな!
『ウルシ! もう一度奴の前に出ろ!』
「オン!」
こうなったら仕方ない。残していた全魔力を使って、もう一発かますしかない。それで動きを止めなかったら――使いたくはないが、本当の奥の手を使うしかないだろうな。
「し、しょう。平気?」
『ああ、フランはゆっくりしてろ。大丈夫だから』
「ん」
俺はフランをウルシに任せて、飛び出した。そのまま意識を集中させ、カンナカムイの準備をする。正直、今の魔力じゃそれ程の威力にはならんが……。
『できれば、潜在能力解放だけは使いたくないんだがな』
そうも言ってられなそうだ。そう覚悟を決めた俺だったが、事態は信じられない方向へ向かっていた。
『え?』
なんだ? 遠くから、本当に遠い場所から、凄まじい存在感を持った何かがこちらに近寄って来ているのが感じられた。数km以上は離れているはずなのに、その力を感じ取ることが出来てしまう。
それほど強大な存在感だった。魔王とか、邪神とか言われても納得できてしまうほどに。しかも、凄まじく速い。何せ、数km離れているとか思っていた間に、もうすぐそこまで近寄っていたのだ。時速500kmくらいは出ているんじゃなかろうか?
『デカイ!』
そうとしか言いようがない。海上に突きだしている背びれと思われる部分だけでも、高さ20メートル、長さ100メートル程もあるのだ。魔獣であることは確かだと思うが……。
『ウルシ、とにかく離れろ!』
「オ、オウン!」
俺は急いでフランの下に戻り、逃げるように指示した。ウルシも謎の魔獣の威圧感に怯えている。尻尾を股の間に挟んで、震えているからな。それでも、何とか四肢を動かし、アルギエバ号に向かって駆けだした。
「師匠、あれ、なに?」
『分からん……。ヒレだけだと、鑑定が効かなかったからな』
だが、予想はできる。脅威度Aのミドガルズオルムをさらに超える魔力。そして、その巨大さ。どう考えてもそれ以上の魔獣としか思えない。
「師匠、あれ」
『やっぱりか!』
謎の大魔獣が、ミドガルズオルムに追いつく。そして、その巨体がミドガルズオルムに襲い掛かった。
「ガオオオオオオオオォォォ!」
ミドガルズオルムの巨体に噛み付き、そのまま持ち上げる。海上から鎌首を持ち上げるのは、頭部だけでも100メートル近い、翡翠に似た美しい鱗を持った、龍にも蛇にも似たフォルムの魔獣であった。
種族名:リヴァイアサン:海神龍:神獣 Lv87
HP:92336 MP:36887
腕力:18139 体力:22699 敏捷:3123
知力:6039 魔力:9996 器用:1698
スキル:不明
説明:不明
『は、はははは――』
最早笑い声しか出ない。これが脅威度Sの魔獣か。世界を滅ぼす力を持った存在か。あまりにも格上過ぎて、全てを鑑定しきれない。
見えた部分だけでも、規格外すぎる。何だこれ? どうしようもないじゃないか。戦う気さえ起きない。
俺は最悪はアルギエバ号も見捨てて、フランだけを逃がすことを考え始めていた。リヴァイアサンが何かしようとした瞬間、転移で逃げる。
そう考えていたのだが――。
リヴァイアサンの瞳がこちらを射抜く。見つかった? だが、それだけだった。敵意などは全く感じない。
いや、リヴァイアサンの眼が一瞬だけ笑った気がするが、気のせいだろう。襲われたくないと言う俺の願望がそう見せたのかもしれない。
リヴァイアサンは激しくのたうち回るミドガルズオルムを物ともせず、海中へと引きずり込み、そして姿を消したのだった。
『たす、かった……?』
「ん……」
「クゥウン……」




