255 白兵戦開始
アルギエバ号に戻ったフランは、ジェロームらに素直に謝った。本当は俺も謝りたいくらいだ。俺がやれるって言ったのに、失敗した訳だしな。それでフランにも謝らせてしまった。水竜艦、絶対に許さん!
本来ならモルドレッドたちに非難されても仕方ないのだが、彼らはそんな素振りもなくフランを迎えてくれた。
「水竜に放った技は、先日海賊船に撃った技だろう?」
「ん」
「船を一撃で沈める技でほとんどダメージが無いんだ。仕方がない」
きっちり分かってくれる人がいるのは運が良かったな。
「あの船に乗り込んで、水竜を操っている何かを押さえるしかない」
「そうだな」
「でも、どうやって操っているか分からない。知ってる?」
「俺も分からんな。船長は知っているのですか?」
「詳しくは分からんが、代々王族がその方法を知っていると言われている」
「じゃあ、その王族を捕まえれば?」
「水竜を止めることが出来るやもしれん。それどころか、水竜艦を奪う事さえできるかもしれんな」
「なるほど」
もし奪えたら、獣人国への大きな手土産になるな。まあ、今はそんな色気を出さず、水竜艦を止めることが先決だが。
「問題は、どうやって敵艦に乗り込むかだな。やはり何とか接舷するしかないか……?」
「そこは任せて」
「ほう。黒雷姫殿に、何か策があるか?」
「ん。皆を一瞬で水竜艦に送り込める」
遂にディメンジョン・ゲートが本格的に役に立つ時が来たな。全く見えない場所にゲートを通すのは難しいが、甲板が肉眼で見える程に水竜艦との距離が近づいている。今ならディメンジョン・ゲートを敵船の甲板に開くことが可能だった。
だが、皆は懐疑的な顔だ。先程自信満々に大口を叩いて、失敗したばかりだしな。それに時空魔術なんていう超レアな魔術をフランが使えるとも知らないだろうし。
取りあえず、超短距離のゲートを目の前で開いてやった。そこから手を出して、ジェロームの船長帽子を掴んで引き寄せる。
「おお! こんな高等な術を……!」
「雷鳴魔術だけでなく、時空魔術まで!」
「さすが先生!」
冒険者や船員たちが驚愕している。そんな中いち早く復活したのはモルドレッドだった。さすがだな。
「今の術を使って、敵船に乗り込むと言う事だな?」
「ん。甲板にゲートを繋げる」
次に、ジェロームがその後の事を考え始める。
「ならば、この船は距離をとっておいた方が良いな」
「ん。せっかく水竜艦を乗っ取っても、この船が沈んだら意味がない」
「だが、あの船団から逃げ切るのは無理じゃないのか?」
「そうだな。集中的に砲撃されては、さすがのアルギエバ号でも危険かもしれん」
それは確かにやばいな。となると、ディメンジョン・ゲートでモルドレッドたちを敵船に送り込んで、その後フランが他の船を潰す方がいいかな? 出来るだけ早く取り巻きの船を沈めて、水竜艦に急ぐしかないだろう。
モルドレッドたちも、それしかないと言う結論だった。
「よし、早速水竜艦に乗り込む! 準備は良いな?」
「「「おう!」」」
「フラン頼む」
「ん」
そして、俺が開いた次元の穴から、モルドレッドを先頭にして戦闘員たちが雪崩れ込んでいった。敵船に乗り込むのは、冒険者と戦闘員全員だ。船に残っていても意味ないしな。弟子3人組も意気揚々とゲートを潜っていった。
「先生、行ってきます」
「習ったことを早速試せるチャンスでさぁ!」
「敵の指揮官を捕まえてみせますから!」
「無理はしなくていい。死なないことが重要」
「「「ありがとうございます」」」
俺としても、こいつらには死んでほしくない。死なれたら、絶対にフランが落ち込むからね。出来れば無理せず生き延びて欲しいものだ。
ゲートの向こうで海賊たちの悲鳴が聞こえ始める。敵の数も多いだろうが、モルドレッドが居ればそうそう負けるような事はないだろう。俺たちは先に海賊船だ。
「私たちもいく」
『おう!』
「オン!」
「黒雷姫殿、頼むぞ!」
「ん!」
ゲートを閉じた俺たちは、ジェロームに見送られながら飛び立つ。時間との勝負だからな、ここは本気で行くぞ。
「師匠! お願い!」
『任せとけ!』
「ウルシはこのまま全速力で走って」
「オン!」
形態変形により斬艦刀と化した俺を、フランが振りかぶる。空中から海面に降下するような軌道を描くウルシ。そして、ウルシの速度を利用して俺を海賊船に叩きつけた。
わずか一刀で海賊船が前後に両断され、そのまま一気に沈んでいく。ウルシはそのまま速度を落とさず、次々と海賊船に向かって走り続けた。
そして、ウルシと交錯する度に船が真っ二つに斬り裂かれる。海賊たちもすぐに気づいたのだろう。攻撃が飛んでくるが、超高速で駆けるウルシに掠ることさえなかった。
また、ウルシから少し離れた場所には、俺が魔術で攻撃している。放つのはトールハンマーだ。近距離の船にはフランとウルシが、遠距離の船には俺の魔術が襲い掛かり、次々と沈んで行く。
ウルシは全く速度を落とさず、中央にいる水竜艦を避ける様に、大回りで敵の艦隊を駆け抜けた。この間、わずか10分。
そんな短時間で、海賊の艦隊は水竜艦を残して全て沈没していた。
「ん。水竜艦以外は沈めた」
『小型艦ばかりで助かったな』
「ウルシ、水竜艦に向かって」
「オン!」
後はアルギエバ号が水竜艦に追いつかれる前に、シードランの元王族を押さえればこちらの勝ちだ。
フランはウルシの背から飛び降りた勢いで、海賊を切り捨てる。
「はぁぁ!」
「ひぎゃぁ――!」
「ま、また敵か!」
そして、そのまま周囲の海賊を威圧した。凄まじい殺気に、海賊たちの動きが止まる。その隙に鑑定をしたが、この中に目当ての人物はいないらしい。
『フラン、あそこにいるデカイ槍を持っているやつ。あいつとその隣の魔術師が幹部だ』
「じゃあ、それ以外はいらない?」
『おう。尋問を邪魔されても厄介だ。全員叩き斬っちまえ』
「ん。分かった」
フランはコクリと頷くと、海賊たちへと突っ込んだ。
「ぎゃぁぁぁ!」
「ひいぃぃぃ!」
甲板に、フランによって切り捨てられた海賊たちの悲鳴が響き渡る。後は海賊にとって阿鼻叫喚の地獄が待っていた。フランの姿が消える度に仲間の悲鳴が聞こえ、慌ててそちらを見れば血を噴き上げて倒れ込む仲間の悲惨な姿が目に入るのだ。
十人程を瞬く間に切り殺したフランが、静かに、それでいて周囲に聞こえるような声で海賊たちを脅す。無論、威圧を込めて。
「海に飛び込んで逃げるか、死ぬか、選べ」
直後、半数近い海賊が海へと飛び込んで逃げて行った。だが、フランの威圧にも負けずに、半数が残っている。忠誠心か、海賊としての意地かは分からないが、結構頑張るな。
まあ、無駄だが。
「じゃあ、死ね」
この間に位置取りを済ませていたフランが、一気に俺を振り抜いた。冒険者たちには念話でフランの後ろに下がる様に指示済みだ。フランの前には海賊たちしかいなかった。
今の俺は5メートルほどの刀の形をしている。その俺を使って放たれた剣技は、たった一振りで20人近い海賊の命を奪ったのだった。
死にきれなかった海賊たちの呻き声が響き渡る甲板を、フランがすたすたと歩いていく。その視線の先には、恐怖と驚愕で固まってしまい、全く動くことのできずにいる海賊の幹部の姿があった。
あれ? 槍を持っていた方の幹部の顔が血まみれだな?
『フラン?』
(ん、ちょっと失敗した)
どうやら槍使いの額が僅かに切れてしまったらしい。危な! もうちょっと深かったら、情報を聞く前に殺してたぞ。まあ、凄まじい脅しにはなったようなので、結果オーライかな?
「水竜を操っている方法を言え」
「は、はひぃ!」
「いいいい、言います! だから命ばかりは!」




