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253 水竜艦

 フランが海賊船5隻を沈め、弟子をとった翌々日の昼頃。


 昨日に続いて今日もフランは弟子たちを指導していた。ストレッチ、組手、素振り、模擬戦をこなし、今は整理運動の真っ最中だ。そんな俺たちの耳に、再び警鐘の音が聞こえてきていた。


 カンカンカンカン! カンカンカンカン!


 音は4回。つまり、またもや海賊の襲撃と言う事だ。


「せ、先生、行きましょう!」

「くそっ、また海賊かよ! クラーケンの巣を越えるまではそんなに多くないんじゃなかったのか?」

「クラーケンを振り切ることが出来る程の最新鋭艦を揃えることが出来る大海賊団なのかもしれないな」

「まじかよ! やべーじゃねーか!」

「慌てないの! 先生が居れば海賊船なんか何隻いても問題ないでしょ?」

「そ、そう言やそうだったな」


 フランは弟子たちに待機する様に言って、船首へ向かう。そこでは既にジェロームが望遠鏡越しに海賊船を睨みつけていた。


「海賊の数は?」

「おお、黒雷姫殿か。数は12隻。大型艦の姿もある」


 12隻か、それは結構な数だな。


「海賊旗は先日お主が沈めた5隻と同じだ」

「じゃあ、仲間?」

「ああ。どうやら奴らはこの海域を根城にしているらしい」

「こっちが本隊?」

「いや、どうだろうな」


 俺たちにしたら大艦隊に思える海賊の船団だが、規模としてはそこまでの大きさではないらしい。なので、これが本隊かどうかは分からないということだった。


「それに、何か変なんだよな……」

「どういうこと?」

「うーむ、何かこう、違和感があるんだが……。分からん!」

「私も見たい」

「ならばこれを使え」

「ん。ありがと」


 ジェロームが持っていた予備の望遠鏡を借りて、フランも海賊船を見てみる。


『どうだフラン? 何か分かるか?』

「ん……。何か変?」

『俺が聞いてるんだが……』

「黒雷姫殿でも分からないか」

「ん」


 筋肉ダルマと少女が並んで望遠鏡をのぞき込んで唸っている姿は、どこか笑いを誘うな。


「む!」

「どうした?」

「あの旗は……」


 ジェロームが何かに気づいたらしい。旗?


『フラン、旗って何のことだ?』

「ん? 骸骨の旗の上に、変な旗がある」

『海賊旗じゃないのか?』

「変なマークが書いてある。竜っぽい」


 竜のマークか。海賊旗ではないようだな。


「あれはシードランの旗だ。と言う事は……やはりそうか!」


 ジェロームには何かが分かっているらしい。望遠鏡をのぞいたまま、唸り始めた。


「違和感の正体が分かったぞ」

「どういうこと?」

「あの竜の意匠の旗はな、北にあるシードラン海国の物だ」


 シードラン海国は、シードラン諸島という群島を本拠地とする海洋国家らしい。


 場所的には、今まで俺たちがいたジルバード大陸と、その北方にあるブローディン大陸、さらにはジルバードの西にあるクローム大陸を三角で結んだちょうど中間地点。ジルバードとブローディンの間にある魔海のやや南西側に存在しているんだとか。現在位置から見れば、遥か北に存在する国だ。


 と言う事は、海賊じゃないのか? だが、そう簡単な話ではないらしい。


「シードランは国と名乗っちゃいるが、その元はある大海賊団なのさ。その海賊団が他の海賊団を糾合して、国を名乗り始めたんだ。そのせいで、多くの国ではシードランを国とは認めていない。まあ、そこは置いておいて、海賊の子孫が住む国だからな、国民も非常に荒々しくて、国民総海兵なんて言われている」


 そんな国故、上に立つ者には常に強さとカリスマ性が求められる。前王は非常に優秀な男で、それこそ国民すべてに王と認められていたらしい。ジェロームも憧れていたと言うんだから、相当なカリスマを持っていたんだろう。


「数年前に前王が崩御して、後継者たちによる権力闘争が起こっていたんだが……」


 あの大型船の旗は、シードランの王族だけに許された旗らしい。


「じゃあ、その国の軍隊なの?」

「いくらシードランの奴らでも海賊旗なんざ掲げていないさ。あの旗は青いだろ? 情報が確かなら、権力争いに負けて国を出奔した第一王子の旗だったはずだ」


 どうやらシードランの元王子が、自分の部下を引き連れて海賊に身をやつしたと言うことらしい。いや、元々海賊の子孫だから、元に戻ったと言った方が良いだろうか?


 ただ、旗だけでそこまで判断していいのか? 何らかの理由で旗を偽装している可能性だってあるんじゃないか? そもそも、国を追い出されたのに、旗を使っているのか? 俺の疑問をフランを通じてジェロームにぶつけてみると、偽装の可能性は低いらしい。少なくとも、シードラン王家に連なる船であることは確実だと言いきられた。


「なんで?」

「あの船の船首付近をよく見てみろよ」

「船首?」

『フラン、何が見えるんだ?』

「ん――鎖?」

「そうだ。あれの先には、水竜が繋がれている。あの水竜艦こそが、シードランが海に覇を唱える理由なのさ」


 モンスターをテイムして船を引かせると言う方法は昔から試みられている。だが、脅威度Bの水竜をテイムすることに成功したのは、後にも先にもシードランの初代国王だけらしい。


「世界にたった4隻だけの水竜艦。だが、その4隻だけで大国の大艦隊と渡り合い、海賊たちを震え上がらせているんだ」


 水竜が引いている船は速度も攻撃力も桁違いで、まさに最強の戦艦と言えるのだ。ジェロームの感じた違和感も水竜のせいだった。足の遅い大型艦が、高速艦と同じ速度で向かってきていたのだ。


「竜の旗を今も掲げているのは、相手への威嚇か、自己主張が強いのか、どちらかじゃないか?」


 自己主張って……。まあ、ジェロームが言うには、第一王子なのに暴政を行って国を追い出されたような奴らしい。そういう考え無しの行動もあり得るか?


「にしても厄介な! 逃げ切れるか……? いや、足が違いすぎるか……」

「戦わないの?」

「水竜艦とか? 絶対に勝てん。水竜艦1隻で、普通の戦闘艦100隻に匹敵すると言われているんだぞ?」

「でも、逃げ切れないんでしょ?」

「まあ、無理だろうな……。くそぉ! こんな海域であんな化け物と出くわしちまうとは! ついてねえぜ!」


 やはり逃げることは不可能に近いらしい。


「うちの国とシードランは犬猿の仲だからな、普通に荷の3割で許されるかどうかも分からんし……」


 相手が穏健派の海賊であれば、通行料を払えば無傷で解放される場合もある。だが、水竜艦という最強の船を持つ彼らは、相手に譲歩してやる必要もない。大人しく降伏しても、皆殺しにされる可能性もあった。


「仕方ねえ、こうなりゃ何とか旗艦につっこんで白兵戦だ……! 混戦になりゃ砲撃は出来ないはずだからな! あとはお前さんら冒険者の働きにかけるしかないな! 頼むぜ?」


 いや、白兵戦と言うか、なんでフランに頼まないんだ? 前回みたいに、フランが潰せばいいんじゃないか?


「だって、相手は水竜だぞ? 近づくだけでも危険だ」

「それでも、空から船だけを潰せばいい」


 脅威度Bの水竜って言ったって、空を跳んでいる俺たちを打ち落とすのは簡単じゃないはずだ。その隙に取り巻きの船を沈め、水竜艦も沈めてしまえばいい。


 水竜を倒せるかどうかは分からないが、その水竜に引かれている旗艦まで水竜の様に硬いわけじゃないからな。


「いや、だがそれも難しい。船から解き放たれた水竜は、手が付けられん。襲われたら結局終わりだ」


 暴れ始めた水竜を大人しくさせる方法は、シードランの上層部しか知らないらしい。


「ふむ」


 となると、どうすれば良いんだろうな。


『接敵には少し時間がある。モルドレッドとも相談してみよう』

「ん。わかった」


 一番安全なのは、水竜ごと全滅させる事なんだが……。さすがの俺たちでも、竜種を確実に仕留めるとは言い切れない。まともな竜とはまだ戦ったことはないが、だからこそ油断はできないのだ。


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