251 師匠と先生
「いやはや、さすが黒雷姫殿だな!」
船に戻ったフランは、満面の笑みを浮かべたジェローム船長から絶賛されていた。船への被害が無かったことが余程嬉しかったんだろう。
船員たちは歓声を上げている。哀れな海賊たちの末路に同情した様子もない。まあ賊は殺せ、敵は殺せの、殺るか殺られるかの世界だからな。純粋に自分たちに心強い味方が居ることに感謝している様だった。
冒険者たちは、神妙な表情をしている。恐れていると言うよりは、尊敬に近いかね? 冒険者の評価は戦闘力だけではないと言っても、やはり圧倒的な力を目の当たりにすれば憧れを持つものらしい。
モルドレッドだけは呆れた様な表情だな。苦笑しつつ、声をかけてくる。
「凄まじいな……。これ程ひどいランク詐欺は初めて見たぞ」
そっちか。まあ、戦闘力だけで言えばランクCの範疇からは逸脱しているからな。
「おい! さっさとこの海域から離れるぞ!」
「あいさー!」
「ちょっくら派手な戦闘だったからな」
ジェロームが言うには、あれだけ大きな音や、海中への衝撃は、魔獣を呼び寄せる可能性があるらしかった。海に投げ出された海賊がエサにもなるし。
なので、この場から出来るだけ早く立ち去った方が良いという事だった。
「ちょっとやりすぎた」
「いやいや、こっちの被害が全くなかったんだ! それに比べりゃこの程度のリスク、問題じゃねーぜ」
「まあ、次からは多少加減してもらえると助かりますが」
ジェロームは笑い飛ばすが、副船長は冷静だな。次があれば、気を付けよう。
「お、お願いがあります!」
「俺たちを弟子にしてください!」
ジェロームと別れて自室に戻ろうとしていたフランだったが、その前に飛び出して急に土下座を始める影があった。ミゲール、リディック、ナリアの駆け出し3人組だ。
「今の戦い、見ました」
「俺たちは強くなりてーんです!」
「だから弟子にしてほしいんです!」
彼らは必死な表情で、フランに口々に頼み込んでくる。だが、弟子にするのは無理だろう。旅に足手まといは連れて行けないし、そもそも人に物を教えるという事自体、フランにできるとは思えない。
だが、フランは何やら考え込んでいる。
「私の弟子?」
「はい!」
「ぜひとも!」
「お願いします!」
3人は甲板に頭を擦り付けて、フランの言葉を待っているが……。
『おい、フラン、まさか弟子にする気か?』
(しない。でも、面白そう)
『だからって、こいつらを旅に連れてはいけないぞ?』
足手まといだし、俺やフランの秘密を知られる危険性もあるのだ。
(分かってる)
『ならいいが……どうするつもりだ?』
(ん。船に乗っている間だけ弟子にする)
『なるほど』
まあ、それだったらいいかな? 船室も別々だし、秘密がばれることもないだろう。
『やりたいなら構わないんだが……。指導なんかできるのか?』
(ん? おもしろそうだから)
『おおう、そう言う理由ね。一応、指導経験がない事は伝えておけよ? それでも良いって言うなら、俺は何も言わんから』
「ん。船に乗っている間だけなら弟子にしても良い」
「ほ、本当ですか?」
「ありがとうございます!」
「でも、私は弟子をとった経験もないし、人に教えた経験もない。それでもいいなら弟子にする」
「構いません!」
「ご指導お願いします! 師匠!」
リディックがそう叫んだ瞬間だった。フランがリディックをキッと睨む。ちょっとビビってるから、あまり凄まないであげて。
「その呼び方はダメ」
「え? 何でですか?」
「とにかくダメ。私なんかには絶対ダメ。それは最高の称号」
まあ、尊重してくれるのは嬉しいけど、最高は言い過ぎだから。止めないけどさ。フランが師匠って呼ばれる様になったら、色々と紛らわしいしね。
「師匠以外で」
「は、はあ」
「違う呼び方をする」
「わ、分かりました」
真顔で威圧するフランに気圧されつつ、3人組はなんとか頷いた。そして、コショコショと相談して、同時にフランに向きなおる。
「で、では、先生でどうでしょう?」
「先生?」
「は、はい。ダメですか?」
「ん。私は先生」
どうやら気に入ったらしい。フランはコクコクと頷きながら「私は先生」と何度も繰り返している。
「じゃあ、早速修行する」
「「「はい!」」」
先生と呼ばれるのが余程うれしかったのか、フランがやる気になっていた。
さて、どんな指導をするつもりなのか……。俺は口を出さないよ? 例え突拍子もない無駄な修行だったとしても、それはフランに教えを乞うてきた3人組の責任だし。俺にとってはフランが楽しいのが一番だからね。
「まずは――」
「まずは?」
「素振り?」
「素振りですか! わかりました」
おお、疑問符は気になるが、結構普通の滑り出しだな! もしかしたらフランには指導者としての才能があるんじゃないか?
そのままフランに言われるがまま、素振りを始めるミゲールとリディック。ミゲールは大剣をブンブンと上下させ、リディックは突きを繰り返す。
ただ、ナリアだけは困惑気味だ。弓使いに素振りというのは無理があったか。だが、フランはナリアにも素振りをするように言う。
「えーっと、私は弓使いなんですけど?」
「弓しか持ってない?」
「まあ、そうですね」
「それじゃだめ。近づかれたら死ぬ」
「えーっと、何か近接武器も鍛えろってことですか?」
「ん。短刀がいい。攻撃じゃなくて、受けに使う。投げても良い」
まじでフランには指導者の才能があるかもしれん。まさかここまでキチンとした指導が出来るとは、俺も驚きだぜ。
「わかりました」
「直ぐに身につくことはないけど、今日から始める」
「はい!」
フランは次元収納から錆びた短刀を取り出すと、ナリアに渡す。こんな物を持っていたかと疑問に思ったが、道中のどこかで倒したゴブリンあたりの持ち物だと思われた。
「あげる」
「良いんですか?」
「ん。錆びてて使い物にならないけど、素振りには使える」
「ありがとうございます」
ナリアは早速素振りを始めるのだが、フランはそれを満足そうな顔で見つめている。とは言え、何か指導する訳でもない。
「あのー、このまま素振りを続ければいいのですか?」
「ん」
ほほう。これは良いんじゃないか? 素振りっていうのは毎日続けることが大事だしな。それに、この世界は熟練度が上がればスキルが身につく。地球よりも素振りの有効性は高いだろう。
その後、フランは飽きもせず彼らの拙い素振りを見守り続けるのであった。さて、航海が終わる頃に彼らはどうなっているか、ちょっと楽しみになってきた。
 




