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248 ミドガルズオルム生態白書

 出航から数日。


 俺たちはかつてない程健康的な日々を過ごしていた。そもそも、魔獣が出なければ食っちゃ寝して、日中は潮風の気持ちいい甲板で体を動かすのだ。


 船室は浄化魔術で清潔に保っているし、食事も栄養満点で大盛だ。そう、アイテム袋がある世界なので、船上でも野菜たっぷりの料理が提供されるのだ。こっちの世界には脚気とか壊血病なんかほとんどないだろうな。


 それでも、航海中に食料を得ることが出来ればそれに越したことはない。今日は漁網を使った漁が行われていた。今は船員総出で大きな網を引き上げているところだ。


 フランがその様子を興味深げに見ていた。初めて見る光景なんだろう。男たちの上げるかけ声を、一緒に「おいしょー」と呟いている。


「がははは。黒雷姫殿、そんなに珍しいか?」

「ん。面白い」

「そうか! まあ、ここまで大掛かりな漁網漁は、大型船じゃなきゃ見れないからな!」

「そうなの?」

「そもそも、これだけデカイ網を引き上げるには魔道具か、大量の人手が必要だからな。どちらにせよ大型船じゃなきゃ無理だ」

「なるほど」

「それに、網が大きくなれば獲れる量も増えるが、魔獣などがそれを狙って寄ってくる可能性も高くなる。その撃退にも戦力が必要だし、そもそも網が大きくなれば魔獣が掛かることもある。小型の漁船じゃ危険が大きいのさ」


 と言う事は、フランたちの出番もあるんじゃないか?


「うちの戦闘員だけでも足りるとは思うが、一応準備しといてくれるか?」

「ん」


 フランが甲板で見守っていると、引き上げは無事に済んだらしい。大漁の魚介類が絨毯の様に広げられている。


「あれ、魚?」

『何だ? 魔獣でもいたか?』

「あのブヨブヨの」

『ああ、あれはアンコウって言う魚だな』


 まあ、何も知らなければ魔獣にしか見えんよな。海外の人はタコを怖いって言うけど、俺はアンコウの方が余程怖い気がするんだよね。


「あれは?」

『ああ、あれはヌタメウナギ風の魚だな』

「あそこのは?」

『あれはナマコの仲間だと思う。めっちゃデカいけど』


 ファンタジー世界だけど、地球と比べてそれほどぶっ飛んだフォルムの魚はいない。と言うか、魚に関しては地球産の奴もそれなりに気持ち悪い外見だってことだな。


「じゃあ、あれは?」

『どれだ?』

「あれ」


 ゴチャゴチャ居過ぎて、良く分からなくなってきた。フランは大量の魚の中から、気になった生き物をつかみ上げる。


「これ」

『うわ。グロ!』


 これは今まで見た中でもトップクラスにグロテスクだな。これを何のためらいもなく掴めるフランを尊敬するぜ。


 パッと見はブヨブヨの赤黒い肉塊と言った感じだ。形状はシロコロホルモンの穴の片側に、鋭い歯が円状に付いた凶悪なエイリアンマウスが備わり、片側を指で摘まんだ感じ? 大きさはソフトボールくらいだろう。深海生物の中にならいてもおかしくはないかもしれんが……。


 その名前を鑑定した俺は念話で絶叫していた。久しぶりに取り乱したかもしれん。だが、この生物にはそれだけのインパクトがあったのだ。


『そいつ、名前がミドガルズオルムってなってるぞ!』

「ミドガルズオルム? これが?」

『た、多分成長するとああなるんだろう』

「へえ」


 にしても、この小さな魔獣が、100メートル超えの巨大魔獣になるんだから、やっぱりファンタジー侮れん。


『そ、そこにもいるぞ』

「どこ?」

『ほら、そこの長いやつだよ』

「これもなの?」


 フランが空いている手でつかみ上げたのは、長いロープ状の生物だった。赤黒い色や肌の質感はミドガルズオルムの幼生にそっくりだが、長さが圧倒的に違う。


 最初のやつは手の平サイズだったのに、これは1メートルくらいはある。だが、鑑定すると名前がミドガルズオルムだ。


「これがこうなるの?」

『多分そうだと思うが……。なんか凸凹してて余計に気持ち悪いな』


 単に細く長いのではなく、球体同士がくっついているかの様に、くびれの様な物が一定間隔に存在していた。


 ビチビチと蠢くミドガルズオルムの幼生を眺めていたフランに、ジェロームが近寄ってくる。


「おお、ミドガルズオルムの子供か!」

「ん」

「このサイズだとまだ数ヶ月だな……。親がこの海域にいるかもしれん」

「クラーケン以外は出ないんじゃないの?」

「ほぼな。絶対じゃねー」

「そう言えば、前にミドガルズオルムと戦った」

「最近か?」

「ん。つい最近。バルボラに来る途中」

「まじか? だとすると、気は抜かない方が良いな……」

「襲われたらどうする?」

「ミドガルズオルムは匂いに反応するからな。囮の樽を使って振り切るのさ」


 対策はあるってことね。なら安心かな。そうだ、ジェロームはミドガルズオルムに詳しいみたいだし、謎に思っていることを聞いちゃうかな?


「ねえ。これがこうなるの?」

「そうだぜ。と言っても、こっちの肉玉が成長してこっちの長いのになる訳じゃねぇ」

「じゃあどうやって大きくなる?」

「この小さいのがくっつきあって、でかくなるのさ。この長い奴は途中で凹んでる部分が等間隔にあるだろ?」

「ん。くびれてる」

「そこが継ぎ目だな。ミドガルズオルムの幼生の尻に他の幼生が噛付き、その尻にまた他の幼生が噛付く。そうやって数珠つなぎで長くなっていって、いつしか同化して一匹のミドガルズオルムになるのさ」


 何その生態。いや、でも地球でもそんな生き物いたな。クラゲだか単細胞生物だったと思うけど。だとしたら絶対にありえない事でもないか……。


 ただ、ジェロームの説明を聞いて、ミドガルズオルムに心臓が沢山あった理由が分かった。巨大な個の魔獣であり、群体の様な性質も持っているんだろう。だからデス・ゲイズの即死能力でも倒せなかったのだ。


「これ、どうする?」

「海の厄介者だからな。まとめておいて、後で一斉に処分する。見分けられるんだったら、選別に加わってくれるか?」

「わかった」


 俺たちは鑑定があるし、魔力感知も使える。魚介の山の中から魔獣を見つけ出すのはそう難しい作業ではなかった。メチャクチャ地味で、手が臭くなる作業ではあったけどね。これは後できっちり浄化をしないと、臭いが手に残りそうだ。


 心配されていた危険な魔獣はいなかった様で、特に問題もなく選別は進んだのだった。今日の夕食は色々と楽しみだね。


(師匠)

『なんだ?』

(お風呂入りたい)

『おいおい、船の上で無茶を……いや、待てよ? 難しくはないか?』


 お湯を作るのは魔術を使えば一瞬だ。問題は風呂桶だよな。ここには大地が無いので、土魔術で作ることは出来ない。


 普通に考えれば木桶が良いんだろうが、代わりになるような物あるかね? そう思っていたら、なんと船内に風呂があると言う。


 贅沢だが、魔道具があるこの世界ならそうおかしな話ではないか。と言うか、中型以上の船になら大抵はつけられてるようだ。


 なぜここ数日は使われていないのかと言うと、単純に船員に風呂ギライが多いかららしい。まあ、海賊と紙一重にしか見えない荒々しい船乗りたちが、お風呂好きと言うのも想像できんしな。入る人間が少ないので、コストの面を考えて風呂の準備をしていないらしい。


 お湯を自分で張るなら風呂を使っても良いと言われたので、俺たちは早速風呂に向かうのだった。


 因みに、モルドレッドや副船長など、数名の男がフランの後に入りたいと言ってきたので、そのまま交代してやったのだ。


 特に副船長の喜びようは凄まじく、明日からもぜひとお願いされてしまった。まあ、大した手間じゃないし、フランが毎日入るついでだからね。快く了承しておいたのだった。 まあ、副船長に貸しを作っておいて損はないからな。


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― 新着の感想 ―
副船長・・・
フランの残り湯。しかも男たち...
「お湯を張ってもらいたい」ではなく「フランのあとに入りたい」妙だな...
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