245 船室
ランクCパーティ、鉄神の息吹の男たちがフライング土下座でフランの許しを得た後、再び互いの自己紹介が始まっていた。
正直、土下座はやり過ぎな気がするが、こいつらはかなり体育会系っぽいしな。しかも手慣れた感もあったし。やり慣れてるのかもしれんな。
先程までの居丈高な態度は鳴りを潜め、男たちはペコペコと下手に出てくる。モルドレッドが自分よりも遥かに強いと言ったのが余程効いているんだろう。
その一言で、相手の強さも感じ取れない程度の冒険者が、急に態度を変えたのは驚きだった。普通なら、フランの外見を見てどこかに侮りが残るものだと思うんだが。
それだけモルドレッドが信頼されているってことかもしれないな。彼の言葉なら絶対に嘘じゃないと信じているんだろう。
それにしても、遥かに強いと言うのはどうだろうな? 覚醒状態ならともかく、通常状態では遥かと言える程の差はないと思う。
武闘大会で見た印象では、モルドレッドは試合巧者の魔法戦士という感じだった。多分、コルベルトと比べても見劣りしないだろう。侮っていたら危険な相手だ。
「この4人が俺のパーティメンバーだな」
「「「よろしくおねがいしゃーっす!」」」
「ん。よろしく。じゃあ、私も改めて。ランクC冒険者のフラン。それと、この子はウルシ」
「オン!」
「うわ、いきなり狼が!」
「か、影から出て来たぞ!」
「ほう。かなり強いな」
「ん。頼りになる」
ウルシの様な強い魔獣が急に出てきても、部下たちと違ってモルドレッドは慌てないな。ウルシの強さを感じ取り、笑顔で頷いている。強力な戦力が増えたことを単純に喜んでいるらしい。さすがだね。他の冒険者たちは、遠巻きにウルシを見つめている。
「まあ、他の奴らも俺が紹介しておくか。まずはそいつら、ランクDパーティ、赤の大地だ」
「よろしくおねがいします」
「こんちは」
「おいーっす」
リーダーっぽい男性は真面目そうだが、両脇の2人は弛めの挨拶を返してくる。赤の大地は不思議なパーティだった。まず、3人全員の顔や腕の一部に、緑色の鱗の様な物が生えていたのだ。蛇の獣人であるらしい。外見も非常に似ており、高身長の細マッチョで、全員が双剣を装備している。顔の作りもそっくりだ。
「そっくり」
「あははは、俺たちは3兄弟でして。皆で世界を放浪しながら冒険者をやっているんです。今回は久しぶりに里帰りをしようと思って、この船の護衛を受けました」
戦闘技術は父親に習ったため、全員が同じスキル構成であるらしい。それにしてもそっくりな外見だな。3兄弟と言うよりは、三つ子と言われた方が納得できるくらいだ。
見分け方は、髪型だと言われたが……。まあ話しかける際は鑑定で名前を確認してからにしよう。
顔は迫力があるが、気の良い奴らっぽかった。黒猫族に対する偏見もなさそうだし。リーダーの兄が真面目で、弟たちはチャラそうだ。
「最後は、ランクEパーティ、水晶の守りの3人だ」
「こ、こんちわっす」
「先日ぶりです」
「あ、あはは」
最後の3人は、見覚えがある。というか、先日模擬戦で叩きのめしてやった奴らだった。大剣使いのミゲール、真面目な槍使いリディック、弓使いの女性ナリアの3人だった。
「なんだ、お前ら黒雷姫殿と知り合いか?」
「知り合いと言いますか、数日前に模擬戦で叩きのめされまして」
「そうか、お前らギルマスの弟子だったな。羨ましいことだぜ、黒雷姫殿と模擬戦とはな。まあ、知り合いなら話が早い」
知り合いと言うほどでもないが、フランの力を分からせる必要が無いのは助かるな。
「どうしてここにいる?」
「実は、フランさんとの模擬戦で自分たちの未熟さを痛感しまして」
「9人でいると数に安心して、ダレてしまうという話になりまして」
「パーティを一度解散して、3人ずつでそれぞれ鍛え直そうと言う話になりまして」
フランとの模擬戦も全く無駄にはならなかったらしい。多少は危機感を植え付けられた様だ。
「そう。頑張って」
「はい」
「頑張ります!」
「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
全員の自己紹介が終わると、モルドレッドとフランだけで軽く話し合いの場が設けられた。副船長も、この2人が冒険者たちのトップと考えているんだろう。下位パーティは、2人の決定に従うと言って去って行った。
「さて、まずは指揮権を明確にしておくか。どうする? 俺としては、そちらの下につく形で構わんが?」
モルドレッドは実力主義。しかも戦闘力が大事と考えているタイプらしかった。フランを立ててくれているが、フランに指揮とか無理だ。当然、俺にもな。そもそも、知識もないし。ランクB冒険者のモルドレッドが全体指揮を執る方が絶対にいいだろう。なので、その提案は断ることにした。
「私に指揮は無理」
「では、どうする?」
「指揮は貴方が執って。私は遊撃扱いにしてもらいたい」
必殺、面倒なことは全部投げて好き勝手にやらせてもらいます! ふっふっふ、遊撃と言えば聞こえが良いが、自分の判断で好きに動くと言っている様なものだからな。さて、モルドレッドが何というか……。
「分かった。それで構わない。ただ、1人で動く際には、こちらに一言あると有り難いな」
「ん。善処する」
「まあ、自分より強い相手に指示を出すのも気を使うからな。ただ、緊急事態には指示を出させてもらうからな?」
「それはもちろん」
「……ならばいい」
深いため息をついてはいるが、一応受け入れてはくれたかな。自由に動けるのであれば、それで構わん。
「では、お話が終わったようですので、フラン殿のお部屋に案内させましょう」
「ん。分かった」
「少々手狭かもしれませんが、そこはご容赦ください」
「大丈夫。ベッドがあればそれでいい」
「いえ、さすがにそこまで劣悪ではありませんが」
船員が案内してくれた部屋は、甲板への入り口にほど近い部屋だった。有事の際にすぐに飛び出せる様にだろう。一応、戦闘員の中でも上位者に与えられる個室らしい。
「こちらでさ」
「ん。良い部屋」
「そう言ってもらえると、こちらとしても嬉しんでやすが」
フランがお世辞を言っているとでも思ったのか、船員は最後まで恐縮していた。だが、フランは本気だ。俺もこの部屋は好きだな、むしろ大好物だ。
確かに部屋は狭い。しかし一応は個室だし、それなりに清潔なベッドとサイドチェスト。さらに造りの悪くない机にクローゼット。灯の魔道具も天井から吊り下げられ、そこらの安宿に比べれば遥かにましだろう。
ただ、俺のテンションアゲアゲポイントはそんなところではないのだ。俺の眼は船室の上部に取り付けられた窓に向けられていた。そこには、いわゆる船に付けられているような丸い窓が取り付けられていたのだ。小さい丸窓から薄暗い船室に差し込む一条の光。それだけなんだが、妙に気分が高揚する。ザ・船室って言う感じだ。
フランもこういう雰囲気が嫌いではない様で、ベッドに腰かけて足をパタパタさせている。そして、ワクワクした表情で呟く。
「この部屋、好き」
『俺もだ』
そのままベッドでゴロゴロし始めるフラン。それは、フランが飽きるまで続けられたのだった。




