243 孤児院の今
「モグモグモグモグ!」
「モムモムモムモム!」
「いい食べっぷりですね~」
「フラン姉ちゃんすげー!」
「ウルシちゃんも!」
孤児院の夕食に呼ばれたフランとウルシは、イオのカレーを凄まじい勢いで腹に収めていた。気持ちいいとか通り越して、お腹が心配になる勢いだ。
それに、孤児院の食料をこんな大量に食べて平気なのか心配になったが、イオさんは終始笑顔だ。
「たくさん用意した甲斐があります。ドンドン食べてください」
「ん! おかわり」
「オンオン!」
「どれくらいよそいますか?」
「大盛」
「オウン」
まあ、後で食費程度は渡しておこう。いくら以前よりは経営がマシになったと言っても、限度はあるだろうしね。
結局、フランとウルシは超大盛で5杯もカレーを食べ、子供たちから少しの尊敬と、微妙な怨嗟の声を浴びていた。カレーが残ってれば明日の朝に食べられるらしいのだが、フランたちが全て食ってしまったからな。
あと、フランが何杯食べられるか賭けている子達もいた。明日の朝食のおかずが一品減ってしまった子供から、恨めしそうな目で見られている。
「ごちそうさまでした」
「オウン」
「お粗末様でした~。喜んでもらえた様で、嬉しいです」
「ん。美味しかった」
フランはちょっと嫉妬してしまうくらい満足げだ。イオさんのカレーが相当美味しかったんだろう。パンパンに膨れたお腹を、満足げにさすっている。
だが使っているスパイスや具材は普通の物ばかりで、目立った点もない。フランが満足する程のおいしさを引き出した理由は、純粋にイオさんの腕のおかげだった。調理する場面を全て見たわけじゃないし、これではさすがに真似できそうもない。残念だ。
食事を終えた子供たちがそれぞれの部屋や遊戯室に散っていき、食堂にはフランたちだけになった。フランも軽くお腹を撫でつつ、立ち上がる。
「じゃあ、帰る」
「あら? お茶を淹れますから、もう少しゆっくりしていってくださいな」
「イオが淹れてくれるお茶?」
「はい。お茶菓子もありますよ? 簡単な焼き菓子ですけど」
「ぜひいただく」
イオさんの淹れたお茶を飲みながら、イオさんが作った焼き菓子を食べる。食いしん坊のフランがそんなチャンスを逃すはずがなかった。
フランは流れる様な動きで、スッと椅子に座り直す。その隣ではウルシがすまし顔でお座りしていた。
「ウルシちゃんの分もありますから」
「オン!」
焼き菓子は、小麦粉と砂糖と卵だけを材料に使ったシンプルな物だったが、やはり美味しいらしい。フランとウルシの表情を見ていれば一目瞭然だ。お茶も、市場で買える中でも下から数えた方が早い安物の茶葉らしいのだが、抜群に美味しいらしい。フランとウルシは目を細めて、至福の表情を浮かべている。
しばらくそんなフランたちを笑顔で眺めていたイオさんだったが、フランがお茶を飲み干して一息ついたのを確認したんだろう。不意に真面目な顔で、フランに対して深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「ん?」
「今日はフランさんが来て下さるから、少し奮発しましたけど……。でも今日みたいな、楽しくてみんなの笑顔があふれた食事が、この孤児院では毎日の光景なんです」
イオさんの話をフランは黙って聞いている。
「以前は、日々の食事にも事欠き、私も子供たちも、どこか心の奥に不安を抱えていました。笑顔が無かったわけではありませんが、心の底から笑えることは少なかったと思います」
いつ孤児院が潰れるかもしれない。そんな中で、能天気に笑ってはいられないだろう。子供たちだって馬鹿じゃない。少ない食事に、一向に修復されないボロボロの建物。時おり姿を見せる借金取り。それらを見れば、孤児院がどういう状況なのか理解できるはずだ。
そして、守るべき子供に余計な心配をかけてしまうことで、大人たちもまた心を痛めてしまう。大人たちのそんな様子を見て、子供の不安がより増してしまうという悪循環である。
「子供たちの笑顔を取り戻してくれて、ありがとうございます」
「孤児院を助けたのはアマンダ」
「確かに、孤児院を救ってくれたのはアマンダ様でしょう。ですが、そのきっかけをくれたのはフランさんです。だから、私たちは心の底からあなたに感謝しています」
そう言って、イオさんはさらに深く頭を下げるのだった。
1時間後。
イオさんの突然のお礼の後、僅かにギクシャクと言うか、お互いに照れて変な空気になったが……。元々好意的な者同士だ。すぐにそんな雰囲気は吹き飛んで、和やかに雑談を交わすことができていた。
「じゃあ、今度こそ帰る」
「お引き留めして申し訳ありませんでした」
「平気」
イオさんに入り口まで見送ってもらう。そうだ、食事代を渡しておかないと。だが、フランが取り出したお金を、イオは頑として受け取ろうとしない。
今日のカレーはお礼だったのだから、受け取る訳にはいかないと言うのだ。
(師匠、どうする?)
うーん。お礼だって言うなら、それに対してなんか渡すのも失礼かね? 結局、俺たちはイオさんにお礼を言い、そのまま孤児院を去ることにした。お金や食材を無理やり渡したとして、それでイオさんたちの気持ちが晴れなかったら、むしろその方が悪い気がするしね。
宿に戻る道中。フランは上機嫌だ。珍しく鼻歌など口ずさんでいる。
『カレー、そんなに美味しかったか?』
「ん!」
やはり俺ももっと精進せねば!
「それに――」
『それに?』
「みんな楽しそうだった。子供たちも、イオも」
『そうだな』
「ん。良かった」
フランはそう言って、目を細めて笑った。親を失っても懸命に生きる孤児たちの姿は、フランにとって他人事ではないんだろう。彼らに自分の姿を重ね合わせて、現在の幸せを心から喜んでいる様だった。
『そうだな。良かったな』
「ん」




