241 船探し
冒険者たちが頭を冷やす時間を取るために、ガムドは彼らを置いて、フランと共に執務室に戻って来た。
「今日は有意義だった。ちょいと時間が長くなっちまったのはすまねえ」
「ううん。いい。私も勉強になった」
「そうか?」
「ん。ありがとうございました」
フランがガムドに頭を下げる。
ガムドから出された模擬戦の依頼は、一見すると冒険者たちの根性を叩き直して、説教をするためのものだった。
だが、考えてみたら彼の言葉は、フランにも向けられていたのではないだろうか? 慢心するな。強い奴は幾らでもいる。自分の力を過信して危険な場所に突っ込めば待っているのは死だぞ。それらをフランにも伝えてくれていたのだと思う。
そして俺に言われずとも、フランはガムドの想いを理解していたらしい。ガムドに向かって深々と頭を下げている。
ガムドは照れた様な顔で、そっぽを向いてしまった。やはり、今回の模擬戦は冒険者たちとフラン、双方に向けたものだったらしい。
「おいおい、礼を言われることなんかしてねぇぞ?」
「ん。それでもお礼を言いたくなったから」
「……お前さんはまだ若い。あまり焦らず行けよ?」
「わかった」
その後、フランは再度ガムドに礼を言うと、報酬を受け取って冒険者ギルドを後にしたのだった。
『次はいよいよ船探しだな』
「ん。さっさと探す」
「オン!」
『お? どうした2人とも、妙にやる気じゃないか』
「今日の夜はイオのカレー」
「オン」
「絶対に遅れる訳にはいかない」
「オウン」
フランとウルシが顔を見合わせて、息もピッタリに大きく頷き合う。なるほど、食欲で通じ合っていたのか。
夜までに船を見つけたいのは確かなので、やる気を出す分には文句を言わないけどね。でも、焦って変な船には乗りたくないし、今日見つけられなかったら明日だな。
「じゃあ、港に行く」
『獣人国の紋章を付けた船がいてくれるといいんだが』
獣王からもらった身分証もあるし、バルボラでの黒雷姫と言う異名の広まり方を見るに、護衛役として船に乗るのは問題ないと思う。
心配なのは、船その物が停泊しているかどうか。いたとして、それがどの程度の規模の船なのかと言うことだろう。
小型の商船よりも、できればしっかりとした外洋船に乗りたい。なにせ他の大陸まで行くわけだしね。
また、相手の人柄も重要だ。獣人国で黒猫族の地位が見直されつつあると言っても、中には未だに黒猫族を見下している奴もいるだろう。そういった馬鹿がいる船に、特に船長がそう言った黒猫差別派の船に乗ることは避けたい。
「モグモグ、あの船は?」
「モムモム」
フランとウルシは今夜もカレーの予定だと言うのに、カレー味の串焼きを食べつつ、港を歩いて船を物色していく。
「あ」
『お、良い船を見つけたか?』
「あれ美味しそう」
『ああ、そう』
フランはふらふらと1つの屋台に寄っていく。かなり良い香りがしているんだろう。観察してみると、なんか面白い料理を売っている。円錐状に巻いた平たい生地に、汁気を飛ばしたキーマカレー風の具材をよそった料理だ。一見すると、コーンに乗ったチョコアイスっぽく見えなくもない。
フランたちはそれを美味しそうに頬張っていた。これは俺がしっかりせねば。
その後も時折買い食いをしつつ、港を見て回った。2隻ほど獣人国の紋章を掲げた船は見つけたんだが、どうにも乗りたいと言う気にはなれない。
1つはかなりボロい、本当に海を渡れるのか不安になる船だった。小さな商会が貿易用に使っている船らしい。船員たちも皆レベルが低く、操船や船上戦闘などのスキルもほとんどが低レベルだった。この船は確実にハズレだろう。
2隻目の船は、外見はまともだったんだが、船員に問題がありそうだった。どう見てもガラが悪く、海賊上がりっぽい男たちが多かったのだ。それも、性質が悪めの。今は海賊稼業をしているわけじゃなさそうだったが、信用は出来そうもない。この船も却下である。
そんな風に港をウロウロしていたら、いきなり商人の男性に声をかけられた。
「こんにちは」
「ん?」
「護衛依頼をお探しなんじゃないですか?」
「何で知ってる?」
俺たちの目的を言い当てた商人に対して、フランが警戒する様に聞き返す。だが、聞いてみたら簡単な話だった。
見る人間が見れば、狼の魔獣を連れた幼い黒猫族の少女が、噂の黒雷姫であると見抜くことは簡単だ。フランが単なる獣人の少女ではなく、凄腕の冒険者だと分かっているわけだ。
そして、船を吟味しているような素振りを見れば、目的地までの船を探しているのだろうと考えられる。冒険者が船を使う際、船賃代わりに護衛を引き受けるのはよくある事なので、簡単に推測できるということだった。
「そこでご相談ですが、うちの船の護衛を引き受けてはいただけませんかな?」
黒雷姫を雇えるとなれば、強力な冒険者を護衛に出来ると言うだけではなく、商人としても箔が付く。船賃がタダどころか、かなりの額の報酬も提示された。
良い話だが、受けるには大前提があるからな。
「目的地はどこ?」
「レッディナ大陸ですな。いかがです?」
「無理」
フランがフルフルと頭を振ると、商人は残念そうな顔ながらも、潔く引き下がった。もっと粘着されるかと思ったんだが、フランの機嫌を損ねるのは得策ではないと思っているらしい。まあ、怒らせて暴れられでもしたら、冗談じゃなく身の破滅だしね。
その後も何度か声をかけられたが、獣人国があるクローム大陸行きの船は現れなかった。
それでも諦めずに、船を探し続けること3時間。俺たちはようやくお眼鏡にかなう船を発見していた。
船には詳しくないが、いわゆるガレオン船というやつだと思う。某海賊王漫画から得た知識なので、正しいかはわからんが。マストが5本もあり、港の船の中でも大きな方に入る。また、王冠の足された獣人国の紋章を掲げており、獣王家の直轄船だと分かった。
あれなら船も船乗りも信頼できそうだ。しばし観察してみると、水夫たちはきびきびと規律正しく、時おり陽気な笑い声を上げている。良い職場と言うことなんだろう。
また、王家直轄と言うことは、獣王からもらった身分証があれば、確実に便宜を図ってもらえると言うことだ。狙い目だった。
『フラン、あの船に声をかけてみようぜ』
「ん。わかった」




