240 模擬戦終了
「いやー、良い模擬戦だった。助かったぜ」
「ん」
「これで、こいつらもちったぁ根性つけばいいんだがな」
気絶したままの9人を見下ろしながら、ガムドが深いため息をつく。能力は悪くないんだし、精神的な部分で成長出来れば更に強くなるだろう。
「まったく、これで魔境の深部に入りたいって言うんだからな」
「魔境? 水晶の檻?」
「そうだ。行ったことあるか?」
「ん。中層までは」
「嬢ちゃんでさえ、中層までなのにな」
水晶の檻は、料理コンテストに使う肉を得るために、一度だけ行ったな。フォールンドが戦う姿を見たのも、あの時が初だったはずだ。脅威度Bの魔獣、サンダーバードをあっさりと倒していたフォールンドを見て、かなりビビったのを覚えている。
「深層? 中層じゃなくて?」
「ああ。中層なら、入りたきゃ勝手に行けるからな。あの魔境は場所によって立ち入りを制限しているが、それだって監視がいる訳じゃない。あくまでも冒険者に自発的に守らせるための指標だ。ま、破った奴は大抵死ぬがな」
水晶の檻は、出現する魔獣によって、同じ魔境内でも設定脅威度が変化する。当然、冒険者には自分のランク以上の場所には立ち入らないように指導がされていた。だが、その指導を守るかどうかは自分たち次第と言う事か。
「脅威度が上がれば危険度は上がるが、当然実入りも上がる。危険な場所へ立ち入る冒険者は後を絶たん」
上手く魔獣を仕留めればかなりの稼ぎになるし、珍しい薬草や素材を採取できるかもしれない。
「こいつらも、中層で何度か狩りを成功させているらしい」
実力だけで言えば、中層での狩りも不可能ではないだろう。
「運良く、凶悪な魔物の群れに出会わなかっただけとも知らず……。挙句の果てに深層に入る許可が欲しいとか抜かしやがる。深層だけは、結界の魔術で出入りを監視しているからな」
「なるほど」
「深層で採掘できる鉱石類が目当てらしい。それで武具を作るんだとよ」
「じゃあ、戦闘する気はない?」
「ああ。逃げるだけなら出来る自信があるらしいな」
さすがに、脅威度Bの魔獣たちに勝てると思う程に慢心はしていないか。でも、サンダーバードは遠目から見ても凄まじく速かったぞ。俺たちだって、空間跳躍が無ければ逃げ切れるか分からない。他にも凶悪な魔獣が出現するだろうし、死にに行くようなものだろう。
だからこそ今回の模擬戦で心を叩き折って、馬鹿な真似を止めさせたいんだろうな。
「サンダーバードからは逃げられない」
「ストームイーグルの群れからだって逃げられんだろうよ」
「ウルシと同じダークネスウルフからも逃げ切れない」
「そう言えば、嬢ちゃんはダークネスウルフを従魔にしていたな? 今はどうしてるんだ?」
「影で寝てる」
自分が戦えるわけでもない模擬戦に興味はないのか、ウルシは朝から影の中で寝ていた。
「……なあ、ちょっと相談があるんだが――」
気絶から目覚めた冒険者たちが横一列に並べられている。
「どうだ? 自分たちの未熟さが理解できたか?」
ガムドの言葉に、冒険者たちが俯く。ただ、どこかまだ、納得しきっていないような雰囲気があった。どうやら、フランを一握りの天才と認識したらしい。そして、フランの様な特別な相手に負けたとしても、仕方がないと思ってしまっているようだ。
ガムドが狙っていた、深層行きを諦めさせると言う所までは行っていない気がする。その事をガムド自身が確認したんだろう。
「……よし。最後の模擬戦を行う」
「え~」
「まだやるの……」
「もう勘弁して」
「うるせぇ! 黙って聞け! いいか、最後の模擬戦はちょいと毛色が違う。嬢ちゃん」
「ん。ウルシ出て来て」
「オン!」
フランの呼びかけに答えて、ウルシが影から湧き上がる。その直後、巨大化だ。その威圧感はかなりのものだった。
「こいつはウルシ。嬢ちゃんの従魔だ。脅威度Cのダークネスウルフだな。水晶の檻で言えば、中層に出現してもおかしくないレベルだ」
うん、嘘です。確かにダークネスウルフは脅威度Cの魔獣だが、ウルシはユニーク個体な上、俺たちと共に実戦経験を積みかなり強くなっている。脅威度Bに片足を突っ込んでいる可能性すらあった。水晶の檻の中層にはここまで凶悪な魔獣は出現しない。
でも、鑑定持ちである盾士レッドが、ウルシの種族を確認し、ガムドの言葉が本当だと仲間に告げている。
「もし、お前らがこのウルシを躱して逃げ切れるだけの実力があるのであれば、深層行きを認めようじゃないか」
「本当ですか?」
「おう。男に二言はない!」
そう、これがガムドの相談の内容だった。やることは簡単だ。まず、冒険者たちは訓練場の中央に立つ。ウルシは訓練場の入り口とは反対側の壁側にスタンバイだ。そして、冒険者たちが5人以上入口へ到達できれば彼らの勝ち、5人以上撃破されればウルシの勝ちだ。
全員の逃走としなかったのは、半分生き残っていれば水晶の檻から脱出できるだろうと言うガムドの判断によるものだ。
その条件を聞いて、冒険者たちの表情に僅かに明るさが戻って来た。楽勝だと思っているんだろう。
そして、ウルシ対冒険者たちの鬼ごっこが始まる。
「行け!」
「うりゃあ!」
「頼む!」
まずは冒険者たちの中でも特に足の速い者たちが入り口にダッシュした。残った大剣使いのミゲールらがウルシを抑えるために向かってくる。
最初から4人を捨て石にして、5人だけを生き延びらせる作戦か。火炎術師ワンダの放ったファイア・アローがウルシに迫る。
すでに入り口は目の前、ウルシは動いてもいない。冒険者たちは勝利を確信しただろう。だが、ウルシはミゲールらの攻撃を硬い毛皮で防ぎ、炎の矢を前足であっさりと払うと、大きな咆哮を上げた。
「ガルルルオォォォォン!」
途端に、冒険者たちの足が止まってしまう。まるで石になってしまったかのように、その場で立ち止まり、恐怖に戦いた顔で震えていた。
咆哮、恐怖、暗黒魔術を併用した咆え声だ。レベルが低い相手を恐怖で竦ませる効果がある。
「オン」
次の瞬間にはウルシは影渡りによって転移し、入り口の前に立ち塞がっていた。冒険者たちは恐怖と驚愕で動くことが出来ない。
ウルシの限界まで手加減した前足と闇魔術によって、先行していた5人が吹き飛ばされ、訓練場の中央まで戻された。
だが、彼らは手加減されたことに気づかず、ウルシの攻撃力が大したことないと考えたらしい。 彼らは諦めることなく、一斉に攻撃を仕掛けて、ウルシを倒そうと試みた。
「くそっ!」
「もう一度だ!」
だが、物理攻撃はウルシの毛皮に弾かれ、魔術は噛み砕かれ、たまに傷を負わせてもすぐに再生してしまう。
それでも冒険者たちは作戦を練り、扉の前から何とかウルシをつり出すことに成功する。まあ、ウルシもわざと彼らの作戦に乗ってやっているわけだが。このまま入り口の前に陣取って動かなければウルシの勝利だが、それでは訓練にはならないとウルシが判断したんだろうな。あえて囮役のミゲール達に向かって、襲い掛かっていく。
その間にデュフォーたちが迂回する様に入り口に向かっていた。咆哮対策のためか、耳には布のような物をしっかりと詰めている。その顔には勝ち誇った笑みが浮かんでいた。
このまま行けば囮役の4人が倒されている間に、入り口に到達出来ると思っているんだろう。だが、彼らはまだウルシの力を侮っている。
「グルウォ!」
ウルシは暗黒魔術で囮役の4人を一瞬で昏倒させてしまった。1秒も時間を稼げていない。仲間が一撃で倒されてしまった逃走役の冒険者たちから動揺する気配が感じられたが、さすがに足を止める様な真似はしない。入り口は目の前だからな。
だが、ウルシからは逃げられない。ウルシは即座に身を翻して逃げる5人に追いすがった。圧倒的な速度で5人を追い抜かし、あっと言う間に入り口を塞いでしまう。
「ば、馬鹿な……」
「なんて速さだ!」
逃げ切るのは無理だと悟った彼らは、ヤケクソ気味にウルシに立ち向かうが……。敵うはずもなかった。
まず1人。ウルシの前足で薙ぎ払われて、10メートル近く吹き飛んで壁に激突した。2人目はやはり前足で叩き伏せられ、地面に張り付いている。3人目は突進で、4人目は尻尾で意識を奪われた。5人目のデュフォーは暗黒魔術で半死半生だ。
追いつかれて僅か30秒。それで彼らは全滅だった。これが実戦であれば、全員が死亡していただろう。
「勝者ウルシ!」
「オォォォン!」
ウルシが嬉し気に遠吠えをする。久しぶりに暴れてスッキリしたんだろうな。
「模擬戦、これにて本当に終了だ!」
傷を治されて意識を取り戻した冒険者たちの様子を見ると、かなり憔悴しているな。魔獣であるウルシに負けたことで、自分たちが死ぬかもしれないと言う事実を意識したんだろう。これで多少は意識が改善してくれれば良いんだが。




