239 3対1
ガムドの説教が終わった後も模擬戦は続けられた。
だが、ガムドに散々怒られた上、フランの恐ろしさを実感してしまった冒険者たちは、完全に委縮してしまっていた。
本来の実力さえ発揮できず、手加減したフランの一撃であっさりと倒されていく。1周目が終わるまで5分かからなかっただろう。
「お前ら……情けない。その程度か?」
「ぐ……」
「申し訳、ありません」
ガムドが発奮を促す様に、挑発気味の声色で声をかけるのだが、冒険者たちは暗い表情で俯いているだけであった。
自分たちの弱さや未熟さを理解し、フランの様な子供に惨敗することで、ほとんどの冒険者は完全に自信を喪失してしまっていたのだ。
ガムドは最近天狗になっている教え子たちの鼻をポッキリ折って欲しいと言っていたが、伸びた鼻どころか、心がボッキボキに折れてしまったらしい。ガムドの想像以上に、彼らの心が弱かったと言う事だろう。
フランがチラリとガムドを見る。これ以上やるのかと。下手したら冒険者を引退したり、やる気をなくしてしまいそうだが。
「いいの?」
フランがガムドに小声で尋ねる。
「ああ。これしきで冒険者を辞めるのであれば、所詮そこまでの器だったと言う事だ。遅かれ早かれ、どこかでつまずいて引退するか、命を散らすことになるだろうよ」
技術は訓練で身に付けることは出来ても、心というのはそうもいかない。それに、本人の適性もある。性格的に冒険者に向かない人間と言うのもいるだろう。
なら、命を失う前に自覚させて諦めさせるのも、ガムドなりの優しさなのかもしれない。彼らの腕前だったら、危険なダンジョンや魔境に興味を持つのも時間の問題だ。その時に心の弱さに気づいても遅いからな。
「では、2周目を行う。デュフォー、ナリア、ミゲール。前に出ろ」
「……はい」
「ひっ」
「……おう」
諦め気味の表情で冒険者たちが返事をする。ナリアなんか怯え気味だ。
「さて、今度は3対1だ。問題ないな?」
「ん」
冒険者たちは問題ありという顔をしているが、フランは力強く頷いた。
「あと、そうだな……。序盤、嬢ちゃんは反撃しない。その間に、一発でも嬢ちゃんに入れられたら、そこで終了してやろう」
おいおい、勝手に決めるなよ。まあ、フランは寧ろやる気がアップしたみたいだが。フランの子供的な部分が、そういうゲーム感覚がある方が楽しそうだと感じたんだろう。
冒険者たちの眼にも、僅かにやる気が戻ったし。上手く行けば、フランにブッ飛ばされる前に一撃を食らわせることも不可能ではないと考えたんだろう。何やら3人で作戦会議をしている。
「もういいか? では、模擬戦開始!」
「おりゃあ!」
まずはミゲールが突進してきたな。大剣を振り回し、フランに襲い掛かる。ただ、あまりにも雑すぎるな。囮であることが見え見えだ。
案の定、背後からデュフォーが迫っていた。気配の消し方は悪くない。そのデュフォーが襲いかかってくる直前、ミゲールの攻撃の隙を縫って、ナリアが矢を放ってきた。
弓の腕前は悪くないだけあって、攻撃を繰り出すミゲールの脇の下や顔の横をすり抜ける様な、かなり際どい射撃だ。俺たちが相手じゃなければ、奇襲としては十分な攻撃だろう。
ナリアの矢に合わせて、デュフォーが攻撃を仕掛けて来た。さすがに普段からパーティを組んでいるだけあって、息が合っている。
デュフォーの剣は幻剣士のスキルによって、陽炎の様にユラユラと大きく揺らめいていた。なるほど、太刀筋を隠せるスキルなのか。近接戦闘ではかなり有用なスキルだろう。
だが、気配や空気の流れを感じ取るフランには無駄なことだ。矢を素手で弾きつつ、デュフォーとミゲールの攻撃を紙一重で躱す。そのまま軽く跳んで包囲の輪を抜け出したフランを、3人は愕然とした様子で見つめていた。
彼らにとってみれば、躱しようがない攻撃だったのだろう。それを信じられない身のこなしであっさり回避してみせたのだ。驚くのも無理はなかった。
その後、様々な連携を仕掛けてくる3人だったが、最後までフランに掠らせることさえできなかった。ガムドの攻撃許可の直後、3人は蹴り飛ばされ、意識を失う。
それを見ていた冒険者たちは声も出ない。今の戦いを見ていて、自分たちが攻撃を当てられるイメージが湧かないんだろう。
それでも模擬戦は続く。2組目もデュフォーたちと同様の流れで沈められ、早くも3組目だ。
デュフォーと並ぶ実力を持った火炎魔術師のワンダに、鑑定持ちの盾士レッド、真面目そうな態度の槍使いリディックの3人組である。
レッドは完全に怯えているが、リディックは9人の中で唯一真摯にやる気を見せている。ワンダはどこか自信ありげだ。
先程の個人戦で叩きのめされたはずなのだが、魔術師である自分は集団戦で力を発揮するとでも思っているんだろう。個人戦もやる気のなさが見て取れたし。
ただ、その気持ちも理解できなくはない。冒険者たちはここまでの戦いで、物理的な攻撃でフランを捉えることは難しいと理解しているんだろう。だが、魔術であれば望みがあると考えている様だ。
レッドとリディックはワンダの火炎魔術が狙いやすい位置にフランを誘導しようと必死だと分かる。フランはお望み通り、ワンダの射線に体を晒した。その途端、ワンダの火炎魔術が飛んでくる。
「――フレア・ブラスト!」
お、本気だね。直撃すれば、そこらのランクC冒険者だったら、大怪我じゃ済まない。グレーター・ヒールでも後遺症が残るかもしれない攻撃だった。
ただ、それは必死過ぎて手加減できなかったと言うよりも、ここまで好き勝手やってくれたフランに対する報復的な攻撃だろう。ニヤリと嫌らしく微笑むのが見えた。
ちょっとばかしムカッと来たぞ。性根から叩きのめしてやらねば。まあ、それはガムドに任せるとして、俺たちの仕事はこいつに残った下らないプライドを根こそぎ粉々にすることだが。
「フレア・ブラスト」
フランの放った魔術がワンダの魔術と正面からぶつかり合い、爆発する。全く同じ魔術をぶつけて相殺したのだ。
「馬鹿な! ――フレア・ブラスト!」
「フレア・ブラスト」
「こんな……。ファイア・ジャベリン!」
「ファイア・ジャベリン」
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な――」
この同一魔術をぶつけての相殺は、実は単に同じ魔術を発動すれば可能になると言う訳ではない。正面からぶつけるコントロールと、相手の魔術を見てから間に合う詠唱速度、同じだけの威力で発動する魔力制御があってこそ可能になる超絶高度な芸当であった。
まあ、それもこれも相手がワンダ程度であるから可能だったのだが。長々とした詠唱に、全く隠蔽する気のない魔力。フランでなくとも、ある程度の技術を持った魔術師であれば同じことが可能だろう。フランが凄すぎると言うよりは、ワンダの魔術スキル以外の技術が拙すぎるのだ。仲間の影に隠れて魔術をぶっ放すことしかしてこなかった代償である。
それが理解できたんだろう。ワンダはその場でガックリと膝をついて、戦意を喪失してしまったのだった。
結局、彼らもほどなくしてフランの蹴りによって宙を舞い、模擬戦は終了した――かに思えたんだが、最後にガムドから提案があった。
9人全員と同時に戦ってほしいと言う物だ。さらに念入りに心を折りに行くとは、スパルタだね~。
フランとしても断る理由が無く、フラン対全員と言う最終戦が決定する。ルールはさっきと同じだ。最初フランは攻撃しない。その間に1撃入れればそこで終了である。
まあ、無駄だったけどね。彼らは10分もの間、フランを追い続けたが捉えることはできず、最後は少し本気を出したフランによって一瞬で全滅させられたのだった。
威力を抑えた広範囲の火魔術はガムドも巻き込んでいたが、涼しげな顔だ。まあ、威力は大したことないからな。冒険者たちは悲鳴を上げて隙を晒していたが。彼らのレベルでも歯を食いしばれば耐えられる程度の炎だったんだけどね。




