22 Side ネル
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私は、ネル。アレッサの町の冒険者ギルドで、受付をしている。
今日は驚かされてばかりだった。
始まりは、お世辞にも綺麗とは言えない格好をした女の子が、ギルドの受付に来たこと。
私は、思わず尋ねてしまった。
「あ、はい。お1人ですか?」
「1人」
「ここは冒険者ギルドですが……」
「知ってる」
本当に、冒険者になるつもりらしい。一応、剣は背負っているみたいだけど……。どこかで冒険者はお金が稼げると、聞きつけたのだろう。この少女の様に一攫千金を狙って、冒険者になろうという人は多い。そして、多くの人が死んでいく。特に子供は、ほとんどが生き残れないと言ってもいい。
私は、ギルドマスターに少女のことを伝えた。案の定、ドナドロンドさんが、試験を受け持つという。
ギルドでは、幅広い人材の確保のため、加入には特に条件を付けていない。しかし、アレッサの町のギルドマスターは、密かに制限を設けている。それは、保護者のいない、15歳未満の子供の加入禁止だ。無論、明記はしていない。
ただ、そういった子供が来た際には、ドナドロンドさんがテストを行い、無理やり不合格にしてしまうのだ。言葉での脅しに始まり、武力を見せつけて心を折り、それでもあきらめない場合は実力行使に出る。
例外を除き、初心者の子供がドナドロンドさんに勝てるわけがなく。つまり、ドナドロンドさんがテストを受け持った時点で、不合格が確定という事なのだ。
可哀想だけど、これは子供のためでもある。何の訓練もしていない子供が冒険者になっても、直ぐに死んでしまうのがオチだから。運よく生き延びたとしても、その日暮らしが精一杯。とても大金を稼ぐ余裕なんかない。
それに、ただ追い返すだけではない。不合格になってしまった子供には、ギルドの行う初心者用の講習に、無料で参加できるように取り計らってあげるのだから。その講習を受ければ、改めて試験を受けることができる。
なのに、今日はその例外が現れた。全てを見ていたわけではなかったが、轟音に驚いて訓練場に駆け込んだ私が見たものは、無傷で立っている少女と、何故か壁にめり込んで血を吐いているドナドロンドさんの姿だった。
それだけでも驚いたというのに、その後も驚愕の連続だ。
まずは、選択可能な職業の数。普通は2、3個なのに、15種類も選択肢があったのだ。しかも、魔剣士、瞬剣士、火炎術師という、中級職まで表示されていた。この時点で、驚きすぎて声がなかったんだけど……。
ギルドカードを作った後、少女――フランちゃんが素材を売りたいと言い出した。何かを持っている様には見えなかったので、てっきり宿屋に置いてあるのかと思ったら……。
なんと、何もないところから、素材を取り出したのだ。アイテムボックスかと思ったら、そうではない。やはり、虚空に開いた穴から、素材を取り出した。これは、超レアな属性、時空属性の術だ。私も長いことギルドの仕事をしているが、時空属性を使える人を見たのは、この娘で3人目だ。
そして、次に驚いたのが、ツインヘッド・ベアの毛皮を取り出したこと。確かに、脅威度はFで、あまり強くない魔獣だけど、その状態が見たこともない程良かったのだ。
毛皮には一切の傷がなく、血の汚れもない。解体も完璧で、頭部も2つくっついたままになっている。しかも、大型の個体だったらしく、普通の毛皮の1.3倍ほどの重量があった。
これなら、上流階級の人間が間違いなく欲しがるだろう。コートにもできるし、そのまま敷物にだってできる。防具の素材にしたって、上質の防具が作れるはずだ。
同時に出されたポイズンファング・ラットも、綺麗に解体されており、広い用途で使えるだろう。毒耐性のある防具が作れるので、最下級魔獣の中では、値が高い方なのだ。
12歳の少女が、これだけ完璧な素材を自分で解体して持ってきたとあって、周りで見ていた冒険者たちが驚きの声を上げている。中には、自分の解体よりも明らかに腕が良いその毛皮を見て、乾いた笑いを浮かべている者もいた。
それだけでも、驚きだったのに、その後はもはや声も出ない。
ジャイアント・バットに始まり、クラッシュ・ボア、ロック・バイソン、ストーン・スパイダー、穴掘りモグラ、麻痺爪猫と、脅威度F、E級魔獣のオンパレードだったのだ。
脅威度Eというと、単体で村を壊滅させる可能性があるレベルだ。1対1で冒険者ランクDの中堅冒険者と互角。つまり、駆け出しを卒業した正規の冒険者たちが、キッチリパーティを組んで狩るレベルである。
それを、この少女が1人で狩ってきたっていうの? しかも、解体は完璧だ。これだけ上手く解体するには、スキルレベルが5か6以上は必要だと思う。12歳で、そんな高レベルのスキルを持っているなんて、異常だった。
もしかして、加護持ちなのだろうか。それでも、少し強すぎるとは思うけど……。ただ、ドナドロンドさんとの模擬戦の結果を知る身としては、嘘だとは思えなかった。
でも、どれだけ気になっても、冒険者に個人情報や素性を尋ねるのはご法度だ。中には、そう言ったことを知られたくない、訳ありの人も多いし。
グッと我慢して、査定を行った。同ランクの冒険者の持ち込んだ素材としては、ここ最近で1番高い。というか、ランクGの冒険者が持ち込んだ額としては、過去最高だろう。当たり前だけど。
ここで終わってくれれば、「有望な新人が入ってきたわ」で済んだのに。
当然、予想された事態だったけど、予想以上に早かった。
まさか、ギルドの中で、ああも平然と騒ぎを起こす馬鹿がいるなんて。良くてカード剥奪。最悪、犯罪奴隷落ちなのに。
思いだしてみると、ここ最近、騒ぎを起こしまくっている新人パーティだった。傭兵をやっていたらしいけど、それでは食べて行けず、冒険者に鞍替えした、根性なしどもだ。
そもそも、傭兵でダメなら冒険者って、冒険者を舐めてるのか! むしろ、ただ戦闘だけをしてればいい脳筋の傭兵と違って、冒険者には多くの才能が要求される。
それを、多少戦争に出た経験があるから、冒険者の仕事くらい簡単にこなせるだろうと考えて、転向してくる奴らが後を絶たないのだ。そういう奴らに限って、プライドだけは高く、能力は低い。そもそも、能力が高ければ、傭兵を辞めずに済んでいるだろうし。
この馬鹿どもも、そんな手合いの1組だった。解体スキルももたずに、適当に狩った魔獣を運んできて、さあ買い取れって、どこの原始人よ。
しかも、ギルドの規約である、冒険者同士のいざこざに関与しないっていう一文を、凄まじく都合のいいように解釈していた。喧嘩ぐらいは見逃すって意味なのに。犯罪者を見逃してたら、ギルド自体が国に解体されるっつーの。本当に馬鹿の相手は疲れる。
とまあ、馬鹿どもの馬鹿な話にいい加減ブチギレそうになっていたら、先にフランちゃんがキレた。いやー、無表情なタイプだから、全然気付かなかったわ。
それにしても、おとなしい子が怒ると、凄いのね。私もフランちゃんを怒らせないようにしよう。そう心に誓った。声をかけられて、ちょっとビクッとなっちゃったのは仕方ないと思う。
野次馬をしていた冒険者たちも、呆然としている。間違いなく、自分たちよりも強いことが分かったんだろう。
馬鹿の血で床が汚れちゃったけど、スカッとしたから構わないわ。むしろ、よくやってくれたと思う。
なんか、回復しろとか喚いてるけど、馬鹿なの? ああ、馬鹿だったわ。
どうせ余罪もあるだろうし、死刑は確実でしょ。最低でも、鉱山奴隷ね。なにせ、違法な人身売買未遂だし。王国憲法で、関係者は死罪ってことになってるから、確実だわ。
ギルドを出ていくフランちゃんを見送りながら、考える。
「引き渡しの前に、慰謝料を搾り取れるかしら?」