235 ガルスの行方
ギルド前の宿の部屋。
『じゃあ、手紙を開けるか』
「ん」
『ああ、そんなビリビリに開けるなって。もっと綺麗にしないと』
フランがビリビリと破って封を開けると、中から二つ折りの紙が出てくる。
開いてみると、ガルスの署名が入った手紙であった。急いで書いたのだろう、字はあまり綺麗じゃないな。
最初の部分には、大貴族から依頼を受けるように命令されてしまい、どうしても断れなかったこと。極秘依頼のため、大っぴらに連絡が出来なかったことが書かれている。
今は連絡を取ることも、正確な居場所も明かせない。ただ、この手紙が読まれている頃には自分は王都にいるだろう。できたら、オークションに合わせて王都に来てほしい。
武具オークションには様々な武具が出品されるので、きっと気に入るはずだ。あと、新しい鞘を作るつもりなので、それもぜひ受け取ってほしい。王都に来るのを楽しみに待っている。
そんな内容だった。
王都か。まあ、どうせ行くつもりだったし、そこは構わないよな。
『もうバルボラにはいないみたいだな』
「ん。王都に行く理由が増えた」
『そうだな』
そして翌日。俺たちはレグスと情報の交換するべく冒険者ギルドに向かっていた。ガルス爺さんの行方はある程度分かったが、他にも何か情報があるかもしれない。
「待った?」
「いや、俺も今来たところだ。いくつか情報も仕入れてあるぜ?」
それが手紙の情報と被らないことを願いたい。
「上に部屋を借りてある。移動しよう」
「わかった」
人に聞かせられないってことか? となると、そこそこ期待できそうだな。冒険者ギルドの個室で、レグスと向かい合う。
「サイレンス」
「おお、さすが黒雷姫。風魔術も一流だな」
心置きなく喋ってもらうために、サイレンスで音を遮断しておく。これで話を聞かれる心配もない。
「さて、ガルス殿の行方なんだが……正確には分からなかった」
「ん、仕方ない」
俺たちにだって分からないからな。その後レグスが聞かせてくれたのは、俺たちも知っている、国からの依頼を受けて、極秘に町を離れたという情報だった。
「ここまでは知っている様だな。だが、この情報はどうだ? まず、ガルス殿は国の依頼を受けたことになっているな?」
「ん」
「その依頼をするためにガルス殿へ接触してきたのは、アシュトナー侯爵家の人間だ。侯爵家が国からの命を受けているのか、侯爵家自身が主導する依頼なのかは分からなかったが……。アシュトナー侯爵家が依頼主である可能性が高いと思う」
「アシュトナー? どっかで聞いたことある」
『セルディオの親がアシュトナー侯爵だ』
(神剣を探してる大貴族?)
『そうだ』
当然、極秘に依頼をするために侯爵家の人間も密かに行動しているはずなのだが、情報屋の情報網は欺けなかったようだ。身に着けている侯爵家の家紋入りの小物や、バルボラにあるアシュトナー侯爵家の別邸に出入りしているという情報から、アシュトナー侯爵家の関係者であるとばれたらしい。
実はリンフォードによる邪人発生事件以降、都市外から来た怪しい人間たちへの警戒が高まっており、コソコソ行動していた侯爵家の家臣はむしろ悪目立ちしていたようだ。
「確実ではないが、ガルス殿の足取りが消えた日に、アシュトナー侯爵家の別邸から出発した馬車がバルボラを出ている」
「その馬車に乗っていた?」
「その可能性があるってくらいだが」
アシュトナー侯爵家と言えば、神の呪いによって死んだセルディオの親。息子に命じて神剣を探してた貴族が、ガルスを連れて行ったのか……。アシュトナー侯爵にはあまり良いイメージはないんだよな。
「ガルスは無事?」
「そこは平気だと思うぞ? その腕を見込んでいる訳だからな。むしろ歓待を受けているだろうさ」
それはそうか。機嫌を損ねられても、怪我をされても仕事の効率は落ちるだろう。洗脳しようにもそれで鍛冶の知識を失ったり、鍛冶の腕が落ちないとも限らないし。
ガルスに万全の仕事をさせるためには、五体満足であることは最低条件だ。何かしらの理由で脅迫したとしても、言う事を聞くかも分からないし。
「なにより、ガルス殿はクランゼル王国名誉鍛冶師の称号を得ている。あれは王から認められた人物だけに与えられる称号だ。その人物に無体な真似をしたとなれば、国への反逆を問われる可能性がある」
「口を封じられる可能性は?」
「ないな。口を封じたとしても、ガルス殿ほどの人物の足取りが長い間途絶えれば、国が本腰を入れて探し始める。たとえ万全の隠蔽工作をしたとしても、隠しきれるかどうかは分からん。ばれればすべてを失うぞ? どんな馬鹿でもそんな危険は冒さんよ」
それでも、貴族って言うのはそういう馬鹿すぎることを平気でやりそうなイメージなんだよね。
「なによりだ、神級鍛冶師に最も近いと言われるガルス殿の腕は万金よりも貴重だ。失う愚は犯さんだろう」
まあ、レグスの言う通りかもな。それに、俺たちは勝手な想像で無理やり連れて行かれたと思っていたが、手紙を読む分には強引に依頼を受けさせられただけで、力ずくと言う感じではなかった。
わざわざオークションの時期に来いって言ってるんだし、その頃に王都に行けば連絡が付くんだろう。逆に言えば、そこまでは居場所も分からないから、動きようがない。
「後は、アシュトナー侯爵家に関する情報が少しある」
「どんな?」
「どうも、配下が何か事件を起こしたらしい。詳しくは分かってないが、近々この町にあるアシュトナー侯爵の別宅に、国の査察が入るんじゃないかって言う話だ」
セルディオの件で、やはり国から何らかの疑いをかけられたんだろう。ガルスに依頼を出したのは、その事が何か関係しているのか?
情報が少なすぎて、よく分からないな。
「あとは……配下の騎士を魔狼の平原に派遣したらしい。まあ、到達する前に枯渇の森で壊滅し、数人だけが逃げ戻って来たらしいが」
「魔狼の平原? 枯渇の森? なんで?」
「そこまではさすがに調べきれなかった。しかも、その後に冒険者を雇って、魔狼の平原を再捜索しようとしたらしいんだ」
結構こだわっているってことか。でも、ランクB魔獣が確認されている魔境だぞ? 依頼を受ける様な冒険者が見つかるとは思えないんだけどな。
「結局、依頼を受けたのが下位の冒険者であったため、大した成果は上がらなかったらしいが」
どうやらこの依頼も大事にはしたくなかったらしく、侯爵家の名も大っぴらには出さず、指名依頼などにもしなかった様だ。
「情報は以上だ。大した話を集められなくて済まなかった」
「貴重な情報だった」
ガルスが無事でいると確信できたからな。それに、アシュトナー侯爵家が関係していると言う事も分かった。これは非常に大きい情報だろう。
俺たちは約束通り3万ゴルドを支払って、レグスと別れたのだった。
『結局、ガルス爺さんの居場所は分からなかったな』
「ん……」
『まあ、オークションに合わせて王都に行けば連絡が来るだろうし、そこまで待とうぜ』
「わかった」
次は、ガムドからの依頼だな。




