228 カンナカムイ
『旅立つ時は毎回言ってるけど、ここも良い町だったな』
「ん」
「オン」
ルミナと出会い、フランは奇跡的に進化することが出来た。今考えても、この出会いは本当に奇跡だったと思う。何か歯車が1つズレていれば、違う結果になっていてもおかしくはなかった。
それに、ルミナとの出会いでフランは初めて同族というものの温かさを知ったはずだ。父や母とは違うが、同じ流れを汲む者同士の絆。それを感じて、より黒猫族の地位を上げると言う目標を強いものにしたようだ。
年長者であるルミナには甘えるような態度も見せていたし。何と言うか、フランの年相応の可愛らしい面も見れたと思う。
武闘大会では色々と勉強になった。駆け引きや、相性。油断。単にステータスの差だけで戦いは決まらないと改めて思い知った。逆に、自分たちの強みも分かったしな。
あとは、上には上がいると言うことも理解できた。今の俺たちでは、本気のフォールンドやアマンダと戦場で殺し合いをしたとして、勝てるかと言われたら絶対にノーだ。何もかもが足らなさすぎる。
だからこそ、より強くなろうという気持ちでいられるんだけどね。
「ん。来年も出る」
『そうだな、次こそ優勝だ』
「ん!」
「オン!」
そして、獣王を筆頭とした多くの獣人たちとの出会い。
黒猫族と青猫族の問題に関しても、解決の糸口が見えた。いや、解決と言うか、青猫族をとっちめる算段がついたと言うべきか?
まあ、今後は良い方向に向かうだろうと言う希望は持てた。獣王とゼフメートだけに任せるのではなく、俺たちに出来ることが無いか考えて、協力していくつもりだ。
例えば、奴隷商人をやってる馬鹿な青猫族を潰すとかね。
バルボラまでは一度通った道だ。前回は4日かかったが、今回はもっと短縮できるだろう。
そう思っていたんだけどね。いや、実際、2日目には7割ほどの道程を消化していた。だが、俺たちの目の前には、ちょっと無視できない光景が広がっていた。
「た、助けて―!」
「ひぃい!」
「ゴガアアアアアア!」
3人の商人と思しき男たちが、レッサー・ワイバーンの群れに追われていたのだ。今の俺たちにとっては大した相手ではないが、商人たちからしたら絶対に敵わない化け物なんだろう。
転生したばかりの頃、魔狼の平原でレッサー・ワイバーンと死闘を繰り広げたのも、今ではいい思い出――ではないけど、懐かしく感じるな。それにしても、数が多い。10匹以上はいるだろう。
「ウルシ」
「オン」
フランの呟きに反応したウルシが全速力で駆け出し、一気に商人たちに追いついた。
「ひ、ひぃいぃ!」
「飛蜥蜴だけじゃなく、魔狼まで!」
「終わりだ!」
やべ、商人たちの走る速度が目に見えて落ちた。絶望して気力が萎えかけているらしい。
「敵じゃない」
「え? あれ? 子供?」
ウルシの背に乗っているフランにようやく気付いたらしい。
「お、お嬢ちゃんの狼なのか?」
「って言うか、黒雷姫じゃないか!」
「ん」
希望が見えた商人たちの走る速度が上がった。現金な奴らだが、嫌いではない。泣き叫んで蹲られるよりも楽だしね。
「助けはいる?」
「ぜひ!」
「お願いします!」
「た、助かるぞ!」
まあ、報酬とかは期待できそうにはないけど、見殺しにするのは寝覚めが悪いしね。
「素材は全部貰う」
「もちろんだ!」
「報酬も払う!」
「大した額は払えんが……」
「あ、馬鹿!」
「それで帰っちゃったらどうするんだ!」
「だって、高位冒険者相手だぞ! あとで報酬が足りないって言われたらどうするんだ!」
「そ、そりゃあ、高位冒険者に払える様な手持ちはないが……」
助かるという希望が出てきたせいか、こんな時に言い合いし始めたよ。それとも、同情を買って報酬を引き下げるための演技か? まあ、どっちでも良いや。
本当はタダでも良いんだが、それだと後々舐められるかもしれない。黒雷姫はタダで弱者を助けるなんて言う噂が立ったら、それ目当てで群がってくる奴らがいるかもしれないしな。
だが、相場なんてわからん。なので、とりあえず適当に言っておくか。
「報酬は後で構わない。命を救ってもらった相手に払うに相応しいと思う額を出せばいい」
「え? それは――」
「巻き込むかもしれないから、とにかく離れていて」
補助魔術を使って走る速度を上げてやる。商人が何やら言いかけるが、フランとウルシはそれを無視して飛び上がった。
「ちょっと待って――」
「おい、どうすんだ――」
何やら慌ててるな。相場が分からないから、彼らに適正額を出させようと思っただけなんだけど……。
いや、待てよ。今のって結構厳しいこと言ったか?
要約すると、ランクC冒険者に救ってもらった自分の命の適正価格を払えって言ってるようなものだし? 安く払い過ぎたら不誠実だとかケチだとかっていう噂が立ってしまい、商人としての評判に係わってくるかもしれん。相場通り払えって言ってやった方が良かったかもしれないな。
ま、まあ、それは後でいいや。今はレッサー・ワイバーンどもが先だ。
下級と言えど野生の魔獣。一瞬でフランとウルシの危険さを感じ取ったらしい。商人を追うのをやめ、こちらを遠巻きに睨んでいる。
突っ込んでくるのも死、背を見せるのも死と分かっているんだろう。
「師匠」
『どうした?』
「ちょっと試してみたい」
『何をだ?』
「カンナカムイ」
『ふむ、なるほど……』
実際、ダンジョン内などで試してはみたが、こういった普通の環境で撃ったことはない。武闘大会では結界があったし。
なら、一発ぶっ放してみても構わないかな?
『そうだな。じゃあ、俺は準備をするから、奴らが逃げないように見張っててくれ』
「ん」
実のところ、雷鳴魔術のLv10、カンナカムイは制御が凄まじく難しい。そのせいか、俺とフランが使用した場合、威力に相当な違いがあった。
俺が使用した方が、使用までの所要時間が半分で、威力が倍近いのだ。やはり高速思考や並列思考、魔法使いスキルのおかげだろう。
しかも、フランが使うと頭に激痛が走るらしい。最初に放った時など、鼻血が出てしまったほどだ。脳に凄まじい負荷がかかるのだろう。正直、俺はこの術をフランに使わせたくなかった。鼻血が出るまで脳を酷使するなんて、単純に体に悪そうだからな。寿命とか削れてそうじゃないか?
フランとウルシが威圧してレッサー・ワイバーンを逃がさないようにしている間に、俺は魔力を集中して、練り上げる。
『準備完了だ』
「ん。商人は離れた」
『カンナカムイ!』
俺の言葉に応え、白い極太の雷が天からレッサー・ワイバーンたちに降り注ぐ。こうやって開けた場所で使うと、術の迫力が良く分かるな。
空間を焼き付かせる様な白い閃光が辺りを覆い尽くし、少し遅れてゴゴゴゴという轟音が響き渡る。まるで猛り狂った雷の神が降臨しようとしているかのようだ。
フランとウルシは分かっているから耳を塞いでいるが、もろに音を聞いてしまった商人たちは耳を押さえて悲鳴を上げていた。
やべえ、逃げろとは忠告したが、まだ近かったか。あ、あとでヒールをかけてやるからチャラにしてくれ。
「あれ?」
「オン?」
『む……やりすぎたか』
白い雷光が収まった時、そこにレッサー・ワイバーンの影も形もなかった。炭化どころか、完璧に消滅してしまったらしい。
同時に、直径15メートル程のクレーターが生まれ、広範囲に亘って森に被害が出てしまっている。
森への影響は、爆心地であるクレーターからさらに50メートル程広い範囲である。撒き散らされた爆風と電撃、衝撃波の仕業だろう。クレーターの近くの木々は消失し、離れた場所では焼け焦げて薙ぎ倒されていた。
『……これは、おいそれと使わない方が良さそうだな』
下手したら仲間も巻き込む。というか、商人たちに逃げろって言わなかったら、確実に巻き込んでいた。
まあ、轟音と爆風のせいで転げ回っているが、そこは命が助かったわけだし、許してもらおう。
『それに、素材も魔石も消滅しちまうし』
「勿体ない」
「オン」
肉も消えてしまったからな。ウルシも残念そうだ。
『とりあえず戻るか』
「ん」




