21 お約束
「ちょっと待てや、ゴラァ!」
素材を売った代金を受け取って、ギルドを出ようとしたフランの前に、1人の冒険者が立ちはだかっていた。
「ん」
「ま、待てガキ!」
フランは男を無視して、横を通り抜けようとする。まさか、これだけ派手に立ちはだかって、完全に無視されるとは思わなかったのだろう。男は少し慌てた様子で、再度フランの行く手をふさぐ。
だが、フランはやはり止まらない。
「ん」
「待てって言ってんだろうが! 聞いてんのか!」
「じゃま」
「いいから、止まりやがれ!」
すげー。清々しいまでの、テンプレ展開。俺は、このモブ冒険者に、ちょっとだけ興味を持った。
『フラン。ちょっと話を聞いてみようぜ』
「ん? わかった」
「分かったならいいんだよ」
見れば見る程、モブキャラだな。デザイン優先の、自分に刺さりそうな棘の生えた鉄の肩当。絶対に匂いを嗅ぎたくない、黒ずんだ革鎧。背中には刃の欠けた戦斧。山賊のコスプレにしか見えない厳つい禿げ頭。いやー、ファンタジーの世界に転生した甲斐があったな。こんなキング・オブ・モブキャラに出会えるなんて。
頬に傷があれば完璧だったのにな。惜しい!
しかも、ぞろぞろ出てきた4人の仲間まで、似た様な恰好をしている。モブキャラ祭りだワッショイ!
「おい!」
「なんですか」
がなり声を上げるモブ君に、ネルさんは呆れ気味に返事をする。
「依怙贔屓してんじゃねーよ!」
「はあ? 贔屓?」
「そうだよ! 俺たちがツインヘッド・ベアを売った時、全部合わせて2000ゴルドにもならなかったじゃねーか!」
その言葉を聞いたネルさんは、はぁと深いため息をつく。
「ああ、思い出しましたよ。あの、全身傷だらけな上に、首が片方潰れた汚いツインヘッド・ベアを解体もせずに持ち込んだパーティですね?」
「なんだその言い方は! 同じツインヘッド・ベアだろうが!」
「同じではありません。あなた方の持ってきた物に関しては、全ての素材が最低評価でした」
「ああ? 評価?」
「まったく、これだから傭兵崩れの脳筋は嫌なのよね。初心者のくせに戦闘力はまあまあだから、つけあがるし。冒険者の流儀を欠片も分かっていないし。死ねばいいのに」
おおう。ネルさん、小声で言ってますが、俺には聞こえてますよ。できるだけ、ネルさんには逆らわないでおこう。
「あなた方は、ツインヘッド・ベアを、数人で囲んで、滅多刺しにして仕留めましたね?」
「おう。餌でおびき寄せて、5人で同時に襲いかかってな。脅威度Fは、初心者には難しいとか忠告するからどんなもんかと思ったが、楽勝だったぜ。あんなのに苦戦するなんざ、他の冒険者どもは腰抜けばかりだな」
あー。もう分かっちゃった。難しいの意味をはき違えてるんだろう。倒すのが難しいのか、綺麗に倒すのが難しいのか、その差だ。そして、このモブたちは、適当に倒して持ってくれば、それで金になると、短絡的に考えているんだろう。
スキルチートの俺がいう事じゃないが、解体舐めんな! 綺麗に皮を剥いだり、素材ごとに磨いたり、難しいんだぞ! しかも結構重労働だし。フランだって、中々苦労して解体してるんだ。それを、解体もせずに持ち込めば、嫌がられるだろう。
「いいですか。まずは毛皮ですが、あれだけボロボロでしたら、装飾品などには使えません。せいぜい、下級防具の素材になる程度でしょう。頭部は剥製などに加工されますが、それも一つ不足し、残っている方も傷だらけ。爪も欠けていて、価値が最低。薬になるはずの内臓類も、傷んでいて使い物になりませんでした。倒してから持ち込まれるまでに時間が経っていたのでしょう、肉も傷んで食用にもできませんでした。つまり、ほとんどがゴミ同然だったという事です。粗大ごみを持ち込んで、お金になる訳がないでしょう? ああ、それと、解体していなかったので、こちらで解体しましたよね? その解体料と、腐っていた内臓などの処分料金が、査定額から引かれていたはずです。確か、合計で1600ゴルドでしたか? むしろ、高すぎたくらいですね」
まくしたてるネルさんに、男たちはまったく口が挟めない。ただ、呆然と、ネルさんのマシンガントークを聞いていた。
聞いてみたら、なる程だ。ただ、こいつらは納得できていないようだった。いや、理解できていないようだった。まあ、理解したところで、引き下がる様なタイプではないだろう。
「ゴチャゴチャうるせえ! 適当なこと抜かして、煙に巻く気だろうが、そうはいかねーぞ! 俺らから不当に安く買いたたいた分を、今すぐよこしやがれ!」
「そうだそうだ!」
最初は面白がってたけど、これは酷いな。自分の理屈が絶対で、他人の正論には耳を貸さない、典型的な輩タイプだ。自分の意見が聞き入れられるまで、なんやかんや騒ぎ立てるだろう。
段々、ムカついてきたぞ。
「不当ではありません」
「不当だ! 不当に決まってる!」
「はぁ。こちらに文句をつける前に、狩りの腕前を磨いたらいかがですか? ただ敵と戦えばいい傭兵と違って、冒険者は色々と大変なんです。見たところ、あなた方に冒険者は無理そうですが」
「はあ? 冒険者なんざ、戦場に出る勇気もねー腰抜けどもだろうが! そいつらにできて、俺たちに出来ねーわけがねーだろ!」
こいつらにムカついてるのは、俺たちだけじゃないんだろう。周辺の冒険者たちの視線も、かなり険しい物がある。冒険者を馬鹿にする発言もあったし。
それに、ネルさんみたいな美人受付が、人気者でない訳がない。そんなネルさんにイチャモン付けて絡んでるんだから、冒険者からの怒りが向くのは当然だろう。
こいつら、死んだんじゃないか? そもそも、ステータスからして、ロビーにいる他の冒険者には及ばない。
名称:ダムン 年齢:27歳
種族:獣人・赤犬族
職業:戦士
状態:激高
ステータス レベル:15
HP:78 MP:40 腕力:37 体力:36 敏捷:33 知力:20 魔力:19 器用:18
スキル
運搬:Lv1、剣術:Lv1、窃盗:Lv2、恫喝:Lv1、毒耐性:Lv1、斧術:Lv3
称号
戦場の敗残者
装備
粗鉄の戦斧、粗鉄の胸当て、破れた鹿革の鎧、力の腕輪(偽)
雑魚だな。1番強いやつで、これだ。俺なら5秒で倒せる。
どうするか悩んでたら、モブたちの矛先がこっちに向いた。ネルさんがどうにもならないと、馬鹿なりに察したのだろう。
「だいたい、こんなガキが、これだけ大量の魔獣の素材を持ち込むのがおかしいだろうが!」
「だから?」
「不正な手段で手に入れたに決まってる!」
「ですから、だから? この娘が不正な手段で素材を手に入れたとして、貴方がたには何の関係もないでしょう?」
「……ある! あるんだ! こいつが、俺たちの手に入れるはずだった金を、不当に横取りしたんだからな!」
うわぁ。もはや意味が不明だ。どういう思考回路をしていたらそうなる? キチ〇イがここにいるぞー!
「彼女は、これらの素材を手に入れるだけの実力を持っています。少なくとも、ツインヘッド・ベアを綺麗に仕留めて、丁寧に解体するだけの実力をね」
「はっ! 信じられるか! お前、黒猫族だな?」
「ん」
「黒猫族っていうのはな、獣人の中でも特に雑魚で有名なんだ。そんな雑魚種族の小娘が、魔獣を仕留める事なんて、無理に決まってるだろうが! 何か裏があるに決まってるんだよ!」
「そうだそうだ」
「クソガキ。今回は慰謝料払えばそれで見逃してやる。さっき受け取った金を出しな」
「へへへ。ギルドは、冒険者同士の争いには首を突っ込まねーんだろ? 助けは入らないぜ?」
「なっ……」
あまりの言動に、ネルさんが固まった。そりゃそうだろ。冒険者同士のいざこざに、ギルドは口を挟まない。だがそれは、何でも見逃すっていう意味じゃない。多少のイザコザなら無視するのだろうが、犯罪は別だ。当たり前だが。
こいつらを脳筋って言ったら、脳筋に悪いな。馬鹿というレベルではなかった。頭の中に、スライムでも詰まってるんじゃないのか?
「おい、なんだよその眼は」
「……」
フランが、男を見上げる。いつもは無表情なフラン。だが、その眼には、明らかな怒りが浮かんでいた。
「雑魚の黒猫族が、赤犬族の俺様に逆らうのか?」
「そうだそうだ。カス猫族が、調子に乗るな!」
「獣人の恥さらし一族め! 有り金全部で、許してやるぜ?」
最低の恥さらしの癖に、言いたい放題言ってくれるな。俺より怒っているフランがいなければ、とっくに突進してたね。
ブチ
堪忍袋の緒が切れる音が、俺には確かに聞こえたぞ。
フランの目標は、父母の遺志を継ぎ、黒猫族の地位を上げることだ。こいつらの暴言に、耐え切れなかったのだろう。
「うるさい」
「なに?」
「ワンワンうるさい。この犬公」
言った! 言いましたよフランさん! 良くやりました! あとで美味しいもん食べさせてやるからな。
「貴様! ぶち殺すぞ!」
テンプレ台詞も、いい加減に聞き飽きたな。
「雑魚には無理」
「雑魚っていうのは俺のことか?」
「雑魚はてめーら黒猫族どもだろうが!」
「5秒内に消えれば、見逃す。もしくは、1000回まわってワンて言え。この駄犬」
「この! 犯しまくったあとに、奴隷商人に売り飛ばしてやるからな! もう許さねーぞ!」
恐喝、幼女暴行、人身売買。こいつら、終わったな。すぐに憲兵が飛んできて、こいつらを捕縛するだろう。すでに、何人かの冒険者が、ギルドの外に出て行ったし。
まあ、その前に、俺たちが終わらせるんだが。
「口が臭い、喋るな」
「このガキ!」
武器に手をかけたね? はい、正当防衛成立!
「ぶっ殺す!」
無理だよ。なにせ、もう動けんからな。
「あ? い、あ、あああああぁぁぁぁぁ! 俺の足がっ! ひいぃぁぁぁっ!」
男の体が、支えを失い、横倒しになる。その両足は、膝から先がなかった。
フランは剣も抜いていない。使ったのはオーラ・ブレードというLv6の剣技である。魔力で作った刃を一瞬だけ繰り出すという技だ。威力は低いが、魔力の込め方次第では不可視にできるうえ、今回の様に振動牙と組み合わせたりもできるので、奇襲や暗殺にはもってこいの技と言えよう。
すでにここまで使いこなすなんて! フラン、恐ろしい娘!
男は自分の足から流れ出た血溜まりで、芋虫の様にモゾモゾともがいている。
「あひぃい、あひぃぃぃぃぃ」
キモッ! 気持ち悪すぎる。
「このガ……ががが、ああぁぁ?」
「ひっ……いだぁぁ!」
さらに2人が、フランの放った振動弾によって、足がへし折られ、地面に転がった。さらに顔面に振動弾の追い討ちだ。威力は抑えているが、鼻は潰れ、前歯は全損。目も逝ったかもしれない。
残った2人は事態が呑み込めていないのだろう。一応、何かヤバいことが起きているのは分かっているのか、逃げ腰でフランを睨んでいる。ただ、まだフランが小娘という侮りが消えていないようだ。逃げ出すには至っていなかった。
『その判断の遅さが、命取りだ』
後始末が面倒だから、フランに殺す気はないけどね。
フランがトンと床を蹴る。次の瞬間には、男たちの目の前だ。そして、幌に包まれたままの俺を、思い切り振り抜き、返す刀で顔面を殴打する。
ガン! ガン!
一応峰打ちだ。いや、剣の腹で叩いているから、腹打ちか? まあ、両足と顔面は粉砕骨折コースだが。多分、低レベルの魔法やポーションじゃ完治せんだろう。
最後の一人には、振り向きざまに拳闘技の蹴り技、オーラ・キックを叩きこんだ。振動衝付きで。武器を抜こうとしていたようだが、遅すぎたな。膝が砕け、筋肉は内部でズタズタだろう。顔面に振動衝付きの肘を叩きこんで、終わりだ。
シーン。冒険者たちのざわめきが一切消え、男たちの助けを求める耳障りな悲鳴だけがギルド内に響いていた。
「ねえ?」
「は、はいっ!」
「行っていい?」
「あ……はい。ご利用ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
おお、ネルさん良い笑顔だ。スカッとしたんだろう。こっそりと親指を立てて、グッジョブと言ってくれている。
「さて、あんたたちは、このまま兵士に引き渡すからね」
「ああ、あのクソガキも捕まえろよ! い、いきなり攻撃してきやがったんだ!」
「はぁ? 寝言は寝て言いなさい。このクズども。あの子はどう見ても正当防衛じゃない。ねぇ?」
「お、おう。そうだそうだ!」
「完全に正当防衛だ」
やった。ネルさんと冒険者たちが証言してくれたら、安心だぜ。
「いでー! いでーよ! 回復してくれ!」
「その前に、あんたが汚した床の掃除代を貰うわ。血って落ちにくいのよね。そうね、大負けに負けて、10000ゴルドにしておいてあげる。それを払ったら、回復してあげてもいいわ」
回復するとは明言してない! ネルさんぱーねーっす。そんな、ネルさんの鬼発言を聞きながら、俺たちはギルドを後にしたのだった。
それにしても、結構時間を取られたな。もう日が傾き始めている。
『とりあえず宿を探すか。町まで来て、野宿は嫌だろ?』
「ん」




