223 神剣の力
再度セルディオの従者を尋問するためにエルザが去って行った後、ディアスが改めて口を開く。
「これでアシュトナー侯爵家は中々厳しい立場に追いやられるかもね?」
「なんで?」
妾腹の子が、騒ぎを起こしたと言うのはスキャンダルかも知れないが、侯爵家を揺るがす程か?
客観的に見れば、薬をキメて、平民に無体を働き、剣の呪いで自爆死しただけだ。大貴族からしたら、どうとでも揉み消せそうだが。不正を働いてランクAになったと言う話は以前から言われていたようだし。
「いや、神剣を探していたという点さ。神剣は一本で大軍を退ける程の兵器だよ? それを侯爵家が単独で探していたと言う事が明るみになれば、反逆の疑いをかけられることは避けようがないだろうね」
「なるほど」
『でもさ、セルディオが神剣を探してるっていう話は、以前から噂になってたとか言ってなかったか?』
「まあね。でも、高位の冒険者が神剣を探すのは当たり前だ。それは冒険者であれば誰しも夢見ることだしね。セルディオが冒険者として神剣を探している分には、そこまで問題にはならないんだよ」
言葉遊びな気もするが、やはり立場の差って言うものがあるんだろうな。セルディオが神剣探しは個人的な物で、侯爵家とは関係ありませんと言えば、冒険者個人としての意見になるってことか。怪しくは思われるんだろうけどな。
『そう言えば、神剣の一覧表が有っただろ? あれ、もう一度見せてくれよ』
「いいよ」
いくつかの名前が載っているが、始神剣アルファ、狂神剣ベルセルク、煌炎剣イグニス、大地剣ガイア、魔王剣ディアボロスの名前が無いな。
ディアスに尋ねてみると、その5振りは所在地が判明しているものもあり、探索の対象外なので表に載せていないのではないかと言う事だった。
魔王剣ディアボロスは知っているぞ。船旅とバルボラで知り合ったフルト王子とサティア王女の国、フィリアース王国にあるはずだ。能力はいまいち分からないけど、小さい国が軍事大国であるレイドス王国の侵略を防ぎ続けられるだけの力があるらしい。
残りの在処をディアスが教えてくれた。驚くべきことに、煌炎剣イグニスと大地剣ガイアは、共にランクS冒険者が所有している。
本人が恐ろしく強い上、神剣を持っていたら、そりゃランクSにも届くのかね?
イグニスの持ち主はゴルディシア大陸で戦い続けており、英雄と言われているのだとか。
ガイアの持ち主は放浪中で、正確な所在は分からない。ただ、数ヶ月に一度、近くのギルドにふらっと現れ、道中で狩った高ランク魔獣の素材を納品したりしているらしい。去年までは獣人国のあるクローム大陸にいたことが確認されているようだった。
アルファとベルセルクは、ブローディン大陸という北の大陸を二分する、2つの巨大王国に一振りずつあるらしい。互いにいがみ合う大国同士だが、神剣を持つことで牽制となり、大きな戦争は数百年起こっていないのだという。
神剣同士がぶつかり合う様な事になれば、互いの国同士に甚大な被害が出るためだ。
実際、300年ほど前に、当時の神剣使い同士が戦場で激突し、大量の死者を出した事件があったらしい。その数1万。さらに、戦場となった場所には当時大森林があったのだが、現在では荒れ地となってしまっているんだとか。
『凄まじいな、どんな能力があるんだ?』
「アルファの能力は有名だよ? 装備者に半神化というスキルを与えるのさ」
「そのスキルの効果は?」
「使用者を超越者にする力とでも言えばいいかね?」
「超越者?」
『とにかく強そうなのは分かったが……』
いまいちイメージが湧かないな。
「そうだねぇ。全ステータスの上昇と身体能力の強化、所持スキルのレベル上昇、そんな感じだな」
『うーん。地味だな』
「あんまり強くなさそう」
「そうだね。全部の神剣の中で最も地味かもしれない。だけど、最も恐ろしいと言われてもいるのさ。全ステータスが10倍、目は万里を見通し、どんな隠蔽も見破る感覚、国中の話を聞き分ける耳に、スキルは全てが最高レベルになる。そう聞いたらどうだい?」
どうだいって……そりゃあ、凄まじいだろ? 全ステータス10倍に、神の如き肉体、本人の才能を最大限まで引き出す。そりゃあ、神剣に相応しい。
「一振りで百の兵を切り、二振りで城壁を切り、三振りで山を切り倒した。そんな逸話が残る程だからね」
『嘘臭いが、神剣ならそれくらいやりそうなんだよな』
「それに、アルファの恐ろしいところはその稼働時間さ。使用者を無敵の超人に変えるようなとてつもない力を、半日以上使い続けられるんだ。敵にとっては悪夢としか言いようがない」
そんな化け物が半日暴れ回ったら? 国1つくらい無くなるんじゃないか? 少なくとも、大都市の1つや2つは消え去るだろう。
そして、その始神剣アルファとタメをはる狂神剣ベルセルクとやらも、同じくらい恐ろしいんだろうな。
「ベルセルクの能力はアルファに似ているよ。ステータス上昇、身体機能強化、スキル上昇。その強化率は、アルファ以上と言われているね」
『え? アルファ以上? だったら、ベルセルクの方が強いんじゃないか?』
「力だけで見ればね。でもね、ベルセルクは使用者を必ず暴走させるんだ。ベルセルクの使い手は敵味方見境なく殺戮する。しかも、使用者は絶対に死んでしまうんだ」
『うわー、それは危険すぎる。でも、装備者を一人だけ敵陣に送り込めばいいんじゃないか?』
非人道的な使い方だが、効率は良いだろう。
「そう上手く行かないのさ。首尾よく敵を全滅させて、その後は?」
『その後? 剣を回収して終わりじゃないか?』
「どうやって回収するんだい? 近くにいたら襲われるんだよ?」
『そりゃあ、暴走が終わったら、残った剣を回収しに向かえばいい』
「うん。でも、敵国も同じように考えるよね。そして、敵国よりも絶対に先に回収できると言う保証はない」
なるほど、そりゃそうか。下手したら相手の回収班が先に神剣を入手してしまうかもしれないな。
「それだけじゃない。ベルセルクも半日以上効果を発揮すると言われていてね。大昔、敵国の首都を壊滅させたベルセルクの使い手が、自国に襲い掛かり、大都市を破壊しつくしたと言う事件があるのさ。おいそれと発動は出来ないだろうね。それこそ、敵もろとも自爆するくらい追い詰められたりしなければ、積極的には使わないんじゃないかな?」
ベルセルクって言う神剣は、本当に核兵器的な扱いなんだな。使ったら最後、自分たちまで危険てことか。
「だからこそ、アルファを持っている国の方も、相手を追い詰めることはできないさ」
国か、ランクS冒険者が所有してるんじゃ、確かに手は出せないだろうな。奪うのも、金で買うのも無理だ。
『だからこそ、まだ見つかってない神剣を探すってことか』
「まあ、どの国も神剣を求めていることは確かだね。これほどの情報をどうやって手に入れたのかは分からないけど……」
確かに、外見の情報や、能力に関する情報まで載っている剣まであるからな。
戦騎剣 チャリオット
姿形は指揮杖型と言う情報あり。様々な形と大きさをしたゴーレムを生み出し、操る能力を有する。ゴーレムは金属製で、空を跳ぶ能力や、光線を放つ能力を有している。ガレリア戦役において、15センチほどの小型ゴーレムを千体呼び出し、一斉砲撃によって百の船団を一瞬で焼き払ったという逸話がある。
最後に確認された場所、カプル大陸。
智慧剣 ケルビム
既に消失したとされるが、残骸を回収可能であれば、回収したい。能力詳細は不明。
スキルによる調査では、天使の意匠が彫り込まれた剣であると言う事。また、消滅したのは現在のクランゼル王国領の可能性が高い。
探神剣 エクスプローラー
モノクル型をしている。一説には大陸中の全ての情報を把握できる程の探査探知能力を持つと言われるが、詳しい能力は不明。
最後に確認された場所は、ジルバード大陸。
獄門剣 ヘル
詳細不明。500年前にクローム大陸で使われたとされる事例が一例だけ報告されている。現在、その場所は一切の生物が棲まない不毛の地となっており、毒を操る力があるとされている。
暴竜剣 リンドヴルム
剣の形をしていると言う事以外、詳細不明。
月影剣 ムーンライト
使用者はありとあらゆる攻撃を跳ね返す力を得るらしい。
チャリオット以外はほとんど詳細が分かっていないんだな。そのチャリオットだって、現在の場所は不明みたいだし。
「興味深いね。僕も知らない情報が結構あるよ。それにしても、ケルビムまで回収しようとしているってことは、本格的に研究を始めるつもりなのかな?」
『研究してどうにかなる物なのか?』
「さあ、やってみる価値があると踏んだんだろうけど、国に内緒でって言うのは色々とまずいだろうねえ?」
違法ではないだろうけど、やはり国に秘密裏で兵器の研究をするって言うのは、反逆を疑われるだろう。
「良い証拠が手に入ったよ。これはこちらで預かるけど、いいかい?」
「ん。かまわない」
「ありがとう」
神剣の情報はもう頭に入ってるしな。




