217 今後について
「やあやあ、フランくん。3位入賞おめでとう」
「む」
「くっくっく。どうやら褒め言葉じゃなかったかな?」
ギルドマスターの執務室に入った瞬間、ディアスがからかうような口調でおめでとうと言ってきた。こいつ、分かって言ってるな。
「……アマンダに負けたから」
「普通、ランクC冒険者が3位になったら天狗になってもおかしくないんだけどね?」
肩をすくめるディアスだが、その顔にはニヤニヤ笑いが浮かんでいる。フランが天狗になどならないと分かっているのだろう。
普通に考えたら、ランクC冒険者がランクA冒険者を倒して3位に入ったら奇跡だ。盛大に調子に乗るだろうがな。
「獣王にだって勝てない」
「あんな規格外と比べなくても……。僕だって手も足も出ないよ」
「いつか勝つ」
「本気で言ってそうだから怖いよ」
フランは本気だけどな。まあ、ランクSに勝つ前に、アマンダやフォールンドに勝てるようにならねば。
「実は今回の結果を受けて、君をランクBに上げられないかと思ったんだが……無理だった」
「Cに上がったばかりなのにもう上げる?」
『いくら何でも早過ぎないか?』
「いやいや、純粋な戦闘力でランクA冒険者に勝っているんだよ? 少なくとも戦闘力だけで言えば、ランクCのレベルは遥かに逸脱してるじゃないか?」
『まあ、そうなんだが……。因みに、どうして駄目だったんだ』
ディアスが言う通り、戦闘力で問題が無いのなら他に足りない部分があるってことだろう。
「他の支部長には色々と言われたよ」
「他の支部長?」
「ああ、遠話の魔道具で話をしたのさ」
まず問題になったのは、フランの年齢だったらしい。
「前例がないとか、下らないことを気にする奴が多くて困る。他国の支部の記録まで探せば、幾らでも前例なんか見つかるはずなのに! まあ、どうせ探しても、記録が古すぎるとか言われるだけだろうけどね! いつかあんな奴ら引きずり降ろしてやる」
『まあ、せいぜいがんばってくれ』
俺たちを巻き込まないようにな。
「あとは武闘大会という事で、冒険者としての実力が測れた訳じゃないという言い分だね」
「なるほど」
ルールのある武闘大会での戦いで強くとも、冒険者として優秀かどうかは分からないってことか。まあ、それに関しては確かに納得できなくもない。
冒険者の実力には、単なる戦闘力以外の要素が重要だからな。ぶっちゃけて言えば戦闘力が多少低くても、全ての罠を見破って解除できて、魔獣や魔法に関する知識が完璧で、常に冷静沈着で思考が柔軟なら、そいつは間違いなく優秀な冒険者と言えるだろう。
とは言え、ランクAに勝てるわけだから、ランクBくらいはくれても良さそうだけど。戦闘力が最も重要なのは確かなんだから。
「それと、フランくんは特例でランクを上げ過ぎていると言う意見もあった。1人を優遇し過ぎては、他の冒険者から不満の声が上がるのではないかとね」
うーん、それもまあ分からなくはないな。フランはランクCに上がった時以外は、全部特例での昇格だからな。
「あとは、フランくんに戦闘でのリーダー経験が少ないのではないかという疑問も上がってたかな」
「どういうこと?」
「ランクB冒険者ともなれば、有事の際には他の冒険者を率いて戦う事もある。スタンピード、災害、上位魔獣の襲来。様々な事態において、指揮官としての役割が求められることも多いのさ」
『フランには無理だな』
「ん。むり。面倒」
「だよねー。その意見だけは、僕も同意だよ」
性格的に、絶対無理だろう。
「最後に、フランくんの態度がランクBには相応しくないとも言われたよ。ランクB冒険者は貴族の依頼を受けることもある」
「そうなの?」
「ああ、基本的に依頼を受けるも受けないも冒険者次第だけど、土地の有力者からの依頼とか、王族からの依頼なんかは断れないこともあるし。そんな時には失敗の恐れが無い、しっかりとした実力者を紹介するわけだ」
それがランクB冒険者ってことか。ランクA冒険者は数が少ないし、最高戦力だ。おいそれと依頼に引っ張り出すわけにもいかないだろう。
となると、ランクB冒険者を派遣することになる。そんな冒険者の態度が悪かったら? 貴族を怒らせる可能性もある。
「表彰式での様子を見たら、そっちは問題なさそうだけどね」
宮廷作法スキルがあるからな。口調だけはどうしようもないが、そこは無口なキャラで押し通せばどうにかなるか?
「と言う訳で、フランくんのランクはCのままなんだ。ごめんね」
「ん。構わない」
『仕方ないさ』
そもそも12歳でランクBなんか異例中の異例だろうしな。地道にポイントを稼いでランクを上げるさ。それもまた修行なわけだし。
「本当は、君の恩に何とかして報いるためにも、ランクを上げたかったんだがね」
「恩?」
「ああ、黒猫族の内情に関しては色々秘密があるだろうし、聞きはしない。ただキアラの行方を知ることが出来たのは、紛れもなく君のおかげだ」
「そう?」
「そうだ。君が獣王との仲立ちをしてくれなければ、僕は未だに獣王家を恨み、疑ったままだっただろう」
そう言って、ディアスが深々と頭を下げた。
「ありがとう。本当に感謝している」
こんなに真摯な態度のディアスは初めて見たかもな。本当に感謝してくれているっていうことだろう。
「ルミナ殿との盟約も果たせたし、肩の荷が下りたよ」
その言葉で思い出した。ルミナの扱いはどうなるんだろう? 利用価値が無くなって、討伐なんて事にはならないよな?
『そう言えば、ダンジョンはどうなってる?』
「そうだね。ルミナ殿が力を失ったせいで、出現する魔獣が大分少なくなっているね。このままだと、ランクが1つ下方修正されるかもしれない」
『そうか』
「ごめんなさい」
俺たちにとっては幸運だったが、ダンジョンを中心に回っているウルムットにとっては大きな打撃なはずだ。
だが、ディアスは笑いながら首を振った。
「ここだけの話だが、ルミナ殿は自分の命を差し出す可能性も考えていたんだ。そのことを考えれば、ダンジョンの難易度が下がる程度は大した問題ではないさ」
『だが、ダンジョンで得ることのできる素材や魔石も減るぞ』
「そちらでの収入は確かに減ってしまうだろうね。だが、下位の冒険者を育成するにはより適したダンジョンになったとも言える。彼らを多く呼び込むことが出来れば、町の商業を活性化させることも可能だろう」
そんな難しいことまで考えられるなんて、ふざけて見えてもさすがギルドマスターだな。影響が少ないのであれば、良かった。
「さて、長々と話してしまったが、最後に依頼の話だ」
『ランクC冒険者に与えられる指名依頼ってやつか?』
「そうだ。実はもう君に依頼を頼むという事を他ギルドにも通達してしまってね。今更取り消しができないんだよ」
『内容はどうするんだ?』
「そこなんだよね。で、考えたんだけど。君たち獣人国へ行ってみないか? ギルドの依頼だったら面倒な出入国審査とかも少なくて済むし、向こうでギルドの協力も得られる」
「獣人国に行って、何をする?」
「行方不明だった冒険者の安否確認さ。彼女はある日突然姿を消したが、まだ探している人もいてね。安否を知りたいんだ」
つまりキアラのところへ行けってことね。良い具合に私物化してるよね?
「うーん」
『いい話じゃないか。それで受ければ良いんじゃないか?』
「でも、オークションがある」
『王都で開催されるっていうやつか。でも、そっちは絶対参加しなきゃいけない訳じゃないし、獣人国を優先しようぜ?』
(オークションに行けば、良い魔石が手に入るかもしれない)
『だが、手に入らないかもしれない。それに、獣人国でも面白い魔石が手に入る可能性はあるだろう? 俺のことは気にしなくていい』
「でも……」
「どうかしたかい?」
「6月に王都でオークションに参加したい」
「へえ? なるほど。でも、まだ1ヶ月以上あるし。獣人国へ行って依頼をこなして戻ってくるだけなら、3週間程度で済むと思うよ」
『だってよ』
「――ん。じゃあ、獣人国へ行く」
本当は獣人国へ行きたくて仕方なかったフランは、憂いも無くなり嬉しそうに大きく頷いたのだった。




