215 武闘大会終了
フラン対フェルムス戦の後、試合の再開に相当時間が掛かっている。
本来であれば1時間後に決勝戦が始まるはずだったんだが……。
俺たちが開けてしまった大穴の埋め立てと、舞台の修復がかなり長引いてしまったのだ。
『そろそろ始まるな』
「む」
『まだ食ってんのか?』
「もむもむむ」
『あー分かった分かった。好きなだけ食え』
俺たちは再び獣王の貴賓室に呼ばれていた。本当は挨拶だけしてお暇しようと思っていたんだが……。
フランは食べ物で釣れるとバレてしまったのか、貴賓室には豪華な食事がビュッフェ形式で用意されてたのだ。
フランは獣王たちの姦計にまんまと引っかかり、貴賓室で一緒に決勝戦を見ることを承諾していた。いや、別に悪い事じゃないんだけどさ。
どうやら、フランの為を考えてくれているらしい。フランは今や時の人だ。特に獣人族にとっては単に強い以上の価値がある。
この会場にいる獣人たちの誰もが、フランと言葉を交わしてみたいと思っているだろう。先日まではまだ試合が残っていたので皆大人しかったが、今は既に順位が決定している。場合によっては獣人たちがフランに押し掛ける事にもなりかねなかった。
中には貴族としての位をかさに着て、フランに失礼なことをする奴もいるかもしれない。どんな国、どんな世界にも馬鹿な奴は一定数いるものなのだ。
そこで、獣王と一緒に居ればどうだろうか。さすがに彼らの前で馬鹿な真似をする者はいないだろう。
獣王としてもフランを気に入っているというだけではなく、進化を成し遂げた黒猫族であるフランには利用価値も認めているはずだ。馬鹿貴族のせいでフランが獣人国へ悪感情を抱くのは止めたいのだろう。
逆に、フランと仲良くしていれば「さすが獣王様!」ともなる。まあ、俺たちにとっても有り難いから、ここで多少利用されるのはいいさ。
フランはどこまで考えているか分からないが、世界で唯一進化できた黒猫族と言う事になれば、注目を浴びるのは仕方ないからな。
それでも武闘大会で進化を披露するなんて目立つ真似をしたのは、それがフランの希望だったからだ。この大会の情報が広まれば、黒猫族への態度も見直されるかもしれない。
それ故、目立つことも覚悟で、覚醒を使ってみせたのである。黒猫族の地位を少しでも向上させるために。
逆に、国や貴族からも目を付けられる心配が出てきてしまったが。ただ、そこで獣王と懇意にしていると分かれば、各国が無茶な真似をしてくるのも牽制できるだろう。
「取ってきたぞ」
「ん。ありがとう」
「ああ」
何故かゴドダルファが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。
フランがもっと欲しいと言った焼肉を厨房に取りに行ってくれたり、ウルシの為に生肉を用意してくれたり。
何でか聞いたら、十始族な上、自分に勝利したフランをぞんざいになど扱えないと言う事だった。また、師匠である黒猫族のキアラに扱かれた記憶から、性格が非常に似ているフランに対し、苦手意識の様な物も感じているらしい。そのせいで、フランにお願いされると拒否しきれない様だ。
「おい。そろそろ入場してくるぞ」
「ん」
俺たちが見守る中、舞台にアマンダとフォールンドが登場した。
ドオオドドドオオオオオオオ――!
さすがの大人気だ。大きすぎる歓声のせいで、石造りの巨大闘技場が地震に襲われたかのように揺れている。
防音設備の付いているはずの貴賓室にいるフランたちでさえ、思わず耳を伏せてしまう様な爆音である。
フランが猫耳を押さえる姿は可愛いが、獣王たちがやってると気色悪いだけだな。
「さあ、西から登場したのは鬼子母神のアマンダ! 準決勝で武器を失ったと言う情報がありますが、どのような戦いを見せてくれるのか!」
アマンダの鞭は修復できなかったらしいな。腰には違う鞭を下げている。十分に強い魔導武器だが、準決勝で使っていた鞭に比べると数段劣るだろう。
「さあ、相対する東から姿を現したのは百剣のフォールンド! Sランクに最も近いと言われる冒険者だぁ!」
ランクA冒険者同士知り合いなのだろう。互いに厳しい顔で、何やら言葉を交わしている。ただ、余りにも大きすぎる歓声のせいで、実況モニターでも声を拾えない様だった。
そして試合が始まった。
凄まじい激戦だ。
アマンダは距離を取りつつ徹底的に遠距離攻撃を加える。暴風魔術が暴れ回り、鞭がフォールンドを狙った。
せっかく修復した舞台が、あっと言う間に瓦礫に変わっていくな。だが、アマンダはその瓦礫を竜巻などに巻き込むことで、威力を上げている様だった。さすが風魔術のエキスパート。
対して、フォールンドは生み出した剣を投擲しつつ、距離を詰める隙を狙っていた。どれだけ遠距離戦が得意でも、アマンダ相手ではやはり不利なんだろう。
試合が大きく動いたのは、開始から10分程経ってからだ。アマンダが唐突に大技で勝負を仕掛けたのである。どうやら剣と幾度となく打ち合う内に、鞭の耐久力があまりにも減りすぎてしまったらしい。
このままでは戦い続けられないと判断したのだろう。一発逆転を狙って、鞭技を放つ。
「秘伝・韋駄天殺し!」
俺たちを倒したあの技ではなく、遠目から見ているのに影さえ追うことが出来ない、神速の一撃だった。
何が起きたか分からないうちに、気付いたらフォールンドの右腕がはじけ飛んでいたのだ。その結果を見て、アマンダが何かをしたのだろうと判断できたほどだ。
だが、アマンダは悔しそうだった。どうやら首を狙っていたらしい。それをフォールンドが僅かに逸らしたのだ。
アマンダの鞭は大技を使った直後に千切れ飛んでしまっている。これがいつもの鞭であれば、戦況は違っていたかもしれない。
結局鞭を失ったアマンダはフォールンドの前に敗れ去ったのであった。
「1000人を超える参加者の頂点に立ったのは、百剣のフォールンドォォ! Sランクに最も近いと言われるその実力を見せつけたぁ!」
フランは勝ち名乗りを受けるフォールンドを真剣な目で見ている。
『強いな』
(ん! でも、いつかは超えてみせる。フォールンドも、アマンダも)
『ああ』
隣では獣王も鋭い視線で舞台を見下ろしていた。完全に獲物を狙う肉食獣の目だ。
「優勝はフォールンドか……。戦ってみてぇな」
「陛下、ご自重ください」
「リグ様、いきなり襲いかかったりしないでくださいよ?」
「わかってるよ! 俺を何だと思ってやがるんだ!」
「戦闘狂?」
「バトルマニア?」
「ぐ……」
傍若無人に見える獣王リグディスも、ロッシュとロイスには敵わないらしい。その敵わないロッシュたちに2人がかりで口撃され、不機嫌そうに黙ってしまった。
「さて、もう少ししたら、表彰式ですよ。貴女も準備をした方が良い」
ロイスに言われて思い出したが、そう言えばそんなものがあったな。フランは3位だったので、表彰式に出なくてはならない。
俺たちは気にしていなかったが、この武闘大会は3つの部があった。フランが出場した無差別の部の他に、Lv20以下の者だけが参加可能なルーキーの部、3人~5人で出場するパーティの部がある。
最も参加者と実力者が集まる無差別の部以外は既にひっそりと終わっており、その入賞者と共に表彰されることになっていた。
退屈な表彰式で、フランをどう大人しく参加させるのか、それが問題だな。




