214 白と黒の雷
激しさを増すフェルムスの攻撃をなんとか凌ぎつつ、俺たちはひたすら魔力を練り上げていた。剣王術と、ダンジョンで鍛えた察知系スキルのおかげで、なんとか躱し続けられている。
細かい攻撃をどれだけ放ったところで、フェルムスには通らない。糸の結界で防がれてしまうからな。
フェルムスの糸は元々高強度な上に、高い魔力伝導率を誇る糸は、縒り合わさることでさらに強度を増してしまう。そんな糸を幾重にも張り巡らせることで、あらゆる攻撃に対応していた。
なら、どんな防御でも防ぎきれない、張り巡らされた結界など物ともしない、超威力の攻撃を放つしかない。
『フラン! 行けるぞ!』
(師匠、準備できた?)
『待たせたな』
(じゃあ、行くよ?)
『ああ、行こう!』
そして俺は、練り上げた魔力を解き放ち、その魔術を発動した。
『はああぁぁ! カンナカムイ!』
あまりにも制御が難しすぎる為、この魔術を放つ瞬間は他に何もできなくなる。並列思考を全開にして、なんとか暴走させずに制御することが可能だった。
だが、それも当然だ。これは最高の雷鳴魔術。つまりLv10で覚えたこの世で最強の雷鳴魔術であるのだから。
魔力の消費も膨大で、たとえ雷鳴魔術を極めたとしても人類にこの術が使えるのが疑問である。魔力が不足するか、脳が焼き切れるんじゃないか?
ガオォオォオォォォォォォオォォ――!
雷の龍が天から地上へと降臨するかの如く、まるで竜の咆哮のような轟音と共に、猛る白雷が舞台に落下した。
「がぁぁ! これはっ!」
フェルムスの声に焦りが混じる。見れば自慢の糸の結界が瞬時に燃え上がり、散らしきれない雷がバチバチと放電現象を起こしている。
俺としてはこの魔術を一瞬でも受け止められたフェルムスの糸に驚きだが……。
「黒雷招来!」
そこにフランの放った黒雷が着弾した。糸の結界はカンナカムイに食い破られ、既にボロボロだ。黒雷を防ぐ様な余力は残っていない。
「うぐがあぁぁぁぁぁっ…………――――」
白い雷と黒い雷が混ざり合い、ついにフェルムスを飲み込んだ。ゴドダルファ戦で黒雷を使った直後の数倍の衝撃に、俺たちは再び吹き飛ばされた。結界に叩きつけられ、全身を打ったフランが血を吐き出す。
「がはっ!」
『ロング・ジャンプ!』
俺は何とか意識を集中させ、ロング・ジャンプを発動した。
転移先は舞台の遥か上空だ。
「……ぐ……ヒール!」
『大丈夫か?』
「なん、とか」
自爆ダメージが酷すぎる。やはり、あの狭い結界内で使う様な攻撃じゃなかったか。
自由落下しながら下を見下ろすと、結界の中が白と黒のマーブル模様に発光しているのが見えた。未だ荒れ狂う激しい雷のせいで、結界内がどうなっているのか見えない。
(危なかった)
『確かに。結界内に居たら、俺たちが先に死んでたかもな』
ゴドダルファ戦の前からカンナカムイと黒雷招来の合わせ技を使えないか考えていたんだが、閉じた空間では自分たちも危険だと言うことで諦めていたのだ。
だがゴドダルファ戦でウルシが結界外に退避できたのを見て、結界外へと転移で逃げることを思いついたのである。その後ルールを調べてみたが、地面に触れさえしなければ場外負けにはならないと分かった。
結界外へ逃げれば、逆に結界のおかげで自分たちが巻きこまれることも防げるだろう。
そう思ってたんだけどね。
「師匠! あれ!」
『まじか! 結界が……!』
眼下で結界が膨らんでいくのが見えた。結界の外側にバチバチと電流が走る。これって、ヤバくない?
(師匠、なんとかできない?)
『何とかって……。いや、待てよ。ディメンジョン・ゲート!』
繋いだのは結界の中と外だ。俺が結界上部に空けた時空の穴から、行き場を失い暴れ回っていた雷と暴風が凄まじい勢いで放出される。
だが、これでも結界の膨張は止まらなかった。多少膨張速度が遅くなったとは思うが……。
そして俺たちの心配が的中してしまい、結界が内側から弾け飛んでいた。
ゴゴゴオオオオォォォォォォォン!
大気を劈く爆音と共に、暴風が観客席を襲う。
「きゃぁぁぁ!」
「ひぃぃぃ!」
「た、助けてぇ!」
阿鼻叫喚とはこのことだろう。逃げる間もなかった観客たちは、ただただ椅子にしがみ付くことしかできない。
だが、上部から穴が開く様に結界が弾けたおかげで、雷は全て上空へと放出され、客席にその被害が無かったことだけは幸いか。暴風も大半が上空へと逃げたので、客席を襲った風は精々が台風並みであった。まあ、それでも子供であれば飛んでしまうほどの威力はあるのだが。
後で聞いた話だとこの時の光景は、まるで闘技場から巨大な光の木が生えたかの様に見えたらしい。天へと立ち上る雷がそう見えたんだろう。
結界は数秒の内に張り直され、瓦礫などで大きな被害も出てはいない様だ。
『やばかったな』
「ん。反省」
やり過ぎたってことだろう。
『まあ、今はどうやって着地するかなんだが』
「師匠はどう?」
『魔力がほとんど残ってない。着地の寸前に念動で落下の威力を殺すくらいしかできないな』
「それでいい」
正直言って俺の魔力は枯渇寸前で、もう念動を使い続けてゆっくり降りるなんて真似は無理だ。フランも覚醒が解け、魔力がほとんど残っていない。
新たに張られた結界に激突する寸前、念動と風魔術で一瞬だけ勢いを殺し、フランはなんとか結界の上に降り立つ。
「ふぅぅ」
『さて、フェルムスはどうだ?』
まさか生きてるとかないよな? 下を見ると今まであったはずの舞台は跡形もなく消滅していた。と言うか、地面が大きく消失し、深いクレーターが口を開けている。
ドラゴ〇ボールの天下一武道会で、天さんが気功砲を使った後にそっくりだ。一番深い部分では20メートルくらいはあると思う。
「これは、これはこれはこれは~! なんと言うことだ! これが人間の仕業なのか? わたくし、長年この大会に携わって参りましたが、これほど驚愕したことは初めてです! なんと一瞬とは言え、結界が内側から破壊されたぞ~!」
おお、実況の鑑! 観客が未だに混乱している中、いち早く立ち直って実況を始めたぞ。
「そして、これほど凄惨な光景も初めて見ました! これを僅か12歳の少女が成したのだと誰が思うでしょうか~!」
客席は酷いな。泣いている者、呆然とする者、状況が飲み込めず逃げ出そうとしている者。完全にパニック状態だった。
だが、実況の声を聴いてようやく現状を思い出したのだろう。客席が次第に落ち着きを取り戻していく。
「おーっと、大穴の中央を見ろ! フェルムス選手が時の揺り籠によって復活した~! さすがの竜狩りも、あの雷には勝てなかったか! 3位決定戦は、その異名の通りの雷を使いこなし、黒雷姫フランの勝利だ~!」
どわあぁぁぁぁ!
勝利宣言の直後、観客席から祝福するような大歓声が上がる。
観客が逞しすぎない? 俺たちの攻撃で死ぬ思いをしたはずなのに、フランに大喝采を送り始めた。いや、恐怖の目を向けられるよりは良いんだけどね? 凄いスリルのあるアトラクションみたいな感覚なのかもな。
『とりあえず地面に降りるか』
「ん。ウルシ」
「オン!」
戦いで活躍できなかったので、せめてここで役立とうと思っているのか、ウルシはやる気満々でサッと寝そべった。フランはそんなウルシに乗って、結界から下に降りる。
巨狼に跨り宙を駆けるフランを見て、観客のボルテージがさらに上がっていた。しかも歓声に気を良くしたウルシが調子に乗って、結界の周りを回るような軌道を取り始めた。すると、さらに観客の声援が増していく。
まあ絵になるからな。
『フラン、手でも振ってみろよ』
「ん? こう?」
フランが俺に言われるがままに適当に手を振った瞬間、ドォッという大歓声が上がる。まるでアイドルのコンサートみたいだった。
「フランちゃーん!」
「黒雷姫様―!」
「ぜひ俺の妹に!」
マジでアイドル並だった。うんうん、うちのフランはマジ可愛いからな。だが、妹にはやらん。
ていうか、舞台が無いんだけど、どこに降りればいいんだ? いや、俺たちが消し去ったんだけどさ。




