213 竜狩りの本領
魔術も剣も防がれてしまった。分体を使った攪乱も一度見せてしまったし、また通じるとは思えない。
しかも、この間にも糸が蠢き、罠などを作っているのが分かった。やはり厄介な糸をまずは何とかしなければならないだろう。
「インフェルノ・バースト」
『インフェルノ・バースト!』
『インフェルノ・バースト!』
『インフェルノ・バースト!』
火炎魔術を一点集中させて、糸もろともフェルムスを狙ってみる。密度の高い炎の柱が絡み合い、一条の獄炎となってフェルムスに襲い掛かった。
リッチ戦でアナウンスさんが見せてくれた、魔術の一点集中運用の真似事だ。まだ完璧に使いこなせてるとは言えないが、相乗効果で貫通力を上昇させるくらいの威力は出せるようになっている。
だが、フェルムスは驚きの方法で防いでしまった。糸をぶつけて炎の勢いを弱めようとするところまでは想定通りだったが、なんとその後に炎に向かって自ら突っ込んできたのだ。
そして、その右手を思い切りつき出した。威力が多少弱まっていると言っても、火炎魔術4連発だぞ! だが驚く俺たちを尻目に、フェルムスの拳によって炎はあっさりと掻き消されてしまったのだった。
よく見ると、その手には糸が巻付き、まるでグローブかガントレットのようになっている。元々高レベルの火炎耐性を持つフェルムスが、さらに火炎への強い耐性を付与した魔糸を纏う事によって、想像以上の火炎耐性を得たんだろう。
「私の異名は竜狩りですよ? 竜のブレスへの対策は完璧です」
なるほど。言われてみたら今の魔術は、竜のブレスそっくりだった。竜と戦い慣れているフェルムスにとっては、容易に対処できる攻撃と言う訳か。
ならば、風だ。そう考えて俺たちは風魔術を繰り出す。
「ウィンド・カッター」
『トルネード・ランス』
『ゲイル・ハザード』
『ヘキサゴナ・トルネイド』
だが、やはりフェルムスに対応されてしまった。張り巡らせた糸をネット状に変化させて風を弱めつつ、フェルムスから逸れる様な軌道へ誘導されてしまったのだ。
考えてみたら翼で突風を起こしたり、風のブレスを吐く竜もいる。フェルムスには慣れた攻撃なのだろう。
炎、風は防がれてしまった。残る魔術でフェルムスに通用しそうなレベルに達しているのは、雷鳴魔術と時空魔術だけだ。
『まずは時空魔術だ』
とは言え、時空魔術は攻撃の術がほとんどない。唯一通じそうな術が、ディメンジョン・ソードと言う術だった。
俺たちは連続転移でフェルムスの隙をついて近づく。そして、ディメンジョン・ソードを放った。
ディメンジョン・ソードは物体を透過し、目標地点だけを斬り裂く術だ。どんな防御も貫通するが、威力が低い上に射程が非常に短く、放った後では設定した範囲を変更できない。僅かでも動かれれば外れてしまう、使い所がかなり難しい術である。
だが、フェルムスは動かず迎撃するタイプの様だし、十分当てられると思ったんだが……。
「それは見たことがあります」
「ちっ!」
『ディグダグ!』
「それも想定内ですね」
さすが経験豊富な元冒険者。見た瞬間にディメンジョン・ソードを見破ったらしい。あっさりと躱されてしまった。
なんとか動きを阻害しようと、飛びずさったフェルムスの着地点に土魔術で落とし穴を掘ったのだが、足元に張り巡らせた糸が足場となっているらしくフェルムスは悠然と立っている。
「次は私の番です!」
「くっ、糸邪魔!」
舞台上に張り巡らせていた糸が一斉に鎌首をもたげ、一斉に襲って来た。細い糸が絡み合い、槍となって四方から突っ込んでくる。
だが、厄介なのは糸槍よりも、その槍に紛れて忍び寄る細い糸だった。細くともフェルムスの魔力を帯びた糸である。腕の1本や2本はあっさりと切り落とすことが出来るだろう。
今は障壁で防ぐことが出来ているが、一時も油断できない。
『フラン、長引けば長引く程不利だぞ。奴の糸は全然減ってない。多分、魔力が続く限り生み出し続けられると思った方がいい』
(ん! わかった)
俺たちは結構な量の糸を焼き、斬り、破壊してきたはずなのだが、フェルムスの操る糸が減った様子が無い。魔糸生成か、装備している糸の効果かは分からないが、糸を生み出せるのだ。また、切り離した糸も操れるらしく、結界内の糸の量が増えれば増える程フェルムスの攻撃に多彩さが増していくようだった。
(師匠、雷鳴魔術を使う)
『ああ!』
雷鳴魔術は散らされてしまうが、それにも限界はあるはずだ。サンダー・ボルトなど比べ物にならない程の雷撃を放って、糸の防御ごと叩き潰す。
黒雷招来でも行ける自信はあるが、あの技は使用後に覚醒が解けてしまう最後の手だ。それに、威力が一点に集中する分、攻撃範囲はそれ程広くない。
ここは逃げることができない、範囲の広い攻撃が有効だろう。
『トール・ハンマー!』
Lv8雷鳴魔術、トール・ハンマー。高威力の中範囲魔術である。広範囲とは言い難いが、この程度の広さの舞台であれば十分だった。
空中に描き出された魔法陣から、舞台全域を覆い尽くす程の極太の雷が落とされる。それはまるで雷神の振るう鉄槌の如く、全てを押し潰すだろう。
フランは雷鳴耐性があるし、俺はディメンジョン・シフトがある。雷鳴に焼き焦がされるのはフェルムスだけ。そのハズだったんだが……。俺たちが見たのは信じがたい光景だった。
超高密度の雷が、細い糸に触れた瞬間に一気に乱れ散り、あっと言う間に消失してしまったのだ。高位の雷鳴魔術だぞ!
「これは対雷竜を想定した結界です。おいそれとは破れませんよ?」
雷鳴魔術対策も完璧ってことか! 雷竜とか引き合いに出されたって、どれくらい強いか分からん!
「千糸の海嘯!」
フェルムスの操る糸がまるで津波の様に、壁となって覆いかぶさってくる。
魔術にしろ剣技にしろ、撃ち抜くことはできるが……。
(突っ切る!)
『了解。ディメンジョン・ゲート!』
一切足を止めずに糸の壁を抜けて来た俺たちを見て、フェルムスが驚きの表情を浮かべている。距離を取ろうとしているが、もう間に合わんぞ。
「はぁ!」
フランがフェルムスの胴を深々と斬り裂いた。
「むっ?」
『変わり身か!』
フェルムスの体から大量の血液――ではなく、無数の糸が噴き出す。なんと俺たちが切りつけたのは糸で出来た人形だった。
魔力で気配まで偽装した上、幻影のような物を被せていたのだ。糸の壁で俺たちの視界を遮った一瞬でここまで精巧な身代りを作るとは。
襲ってくる糸を斬り払い、気配を探る。フェルムスは――背後だ!
ヒュヒュン
真後ろに湧き出したフェルムスの手から生み出された糸が、フランの首に巻きつく。たった数本の糸だが、フェルムスの糸であれば人の首くらいは簡単に落とす。
「はっ!」
フランはしゃがみ込んで糸を躱しつつ、咄嗟に俺を逆手に持ち替えると右脇の下を通すようにして背後に突き出した。
「なんとっ!」
完全に不意を突いたと思ったが、フェルムスは身をよじってなんとか回避する。そのままの勢いで一回転すると、裏拳を繰り出すような動きで再度フランに糸を投げかけた。
「らぁ!」
フランはその糸を薙ぎ払い、さらに斬り掛かった。だが、フェルムスは強かだ。なんといつの間にか足元に糸を仕掛けており、糸を踏んだフランの動きが一瞬だけ阻害されてしまう。障壁のおかげでダメージはないが、普通であれば足裏を斬り裂かれているだろうな。
フランは俺を突き出すが、フェルムスはリンボーダンサーの様に上体を反らすことで、間一髪躱した。だが、これ以上の身動きは取れまい。フランは、即座に胴体目がけて俺を薙ぎ払う。
このまま後ろに倒れ込もうが、この攻撃は避けられん。
だが、フェルムスの体があり得ない動きをして、右へ飛んでいた。四肢に力を込めた様子もなく、何の前触れもなく、その場から高速移動したのだ。
よく見るとその体には糸が巻付いている。糸を使って自分を引き寄せたのだろう。
『だが、確実に一発は当てたぞ』
「ん!」
胴を切断とまでは行かなかったが、内臓に達する程度には斬り裂いた感触があった。属性剣・雷鳴は糸で無効化されてしまったようだが。
「がはっ……。百糸の血帯」
『おいおい、糸って言うのはどこまで万能なんだよ』
フェルムスは糸を操ると、血が噴き出し続ける胴体にグルグルと巻き付けた。狩人×狩人に出てくる糸使いの様に神経を繋ぐ様な真似は出来ないようだが、傷口を塞いで止血をする程度は可能なようだ。
フェルムスは痛覚無効を持っている。血さえ止めてしまえば、戦闘に大きな影響はないはずだ。しかも、今日のフェルムスは毒無効の腕輪ではなく、生命力回復の腕輪を装備している。少し待てば傷も塞がってしまう。
だが、フェルムスは接近戦の危険性を改めて認識したのか、大きく跳んで距離を取った。そして、両手の指に魔力を集中させる。
「さすがにやりますね。ならば、この距離で確実に削りに行かせてもらいます。万糸操々! 四精の陣!」
全ての糸が一斉に蠢き、次々と向かってくる。それだけではなく、それぞれの糸に地水火風の属性のどれかが付与されているようだった。
一撃一撃が下級魔術程の威力を持つ糸が、空間を所狭しと乱舞する。とてもではないが防ぎきれない。
「くぁ!」
『ヒール!』
『ヒール!』
『ショート・ジャンプ!』
時には魔術で焼き、剣で斬り払い、回復魔術と転移を使い、何とか受け続ける。俺たちの魔力は刻一刻と減り続けていた。
とは言え、これだけの大技だ、フェルムスの消耗も激しい。
一旦閃華迅雷を解いて、長期戦を狙うか? どうやら一撃の威力はそこまで高くはないようだし、回復しつつ攻撃を躱し続けていれば、最初に力尽きるのはフェルムスだろう。
そんな時だった。
「あぐぅ!」
『な! グレーター・ヒール!』
「何が――うぁ!」
『グ、グレーター・ヒール!』
いきなりフランの足が深々と斬り裂かれた。すぐに回復させるが、次いで腕が切り落とされる寸前の傷を受けてしまう。
何が起きている? そもそも障壁が反応していない。と言うことは、障壁を透過しているのか?
『ディメンジョン・シフト!』
とにかくこの場を離れようと、時空魔術を使う。だが、信じられない現象が起きていた。
「む!」
『ヒール!』
フランの頬に切り傷が刻まれる。ディメンジョン・シフト中だぞ? 障壁を通り抜けるどころの話じゃない!
俺はその攻撃を見極めようと、探知能力を全開にして周囲を警戒した。
すると、幾つかの糸が俺たちの張り巡らせる障壁や、他の糸を透過して襲い掛かってくるのが感知できた。どうやらその糸には俺のディメンジョン・ソードの様な特性があるらしい。
王鯨の戦糸の時空属性か!
「障壁意味ない」
『そうだな!』
周囲を無数の糸に囲まれている状態で、時空属性の糸を避け続けるのは不可能だ。ディメンジョン・シフトも意味をなさないし。
転移した直後に使ってこなかったところを見ると、一瞬でこの糸を生み出すのは難しいのかもしれない。だが、そうじゃないかもしれない。
このままこの糸に周囲を取り囲まれるような事になったら?
最早、悩んでいる暇はない。
(師匠! 奥の手を使う!)
『ああ、勝負を掛けるぞ!』




