212 対フェルムス戦開幕
「本日も快晴! 武闘大会日和です! 本日第1回戦は、惜しくも準決勝で負けた者同士による、3位決定戦だ~!」
この軽妙な実況を聞くのも今日が最後か。そう思うと少し寂しい気もするな。なんだろう、お祭りが終わる直前みたいな?
(師匠、どうした?)
『いや、今日が最後なんだと思っただけだ』
(全てを出し尽くす)
『そうだな』
(ん!)
フランは寂寥感など全く感じさせない、やる気に満ちた顔で頷く。俺のように雑念など一切なく、目の前のフェルムス戦しか見ていない。
うーん、頼もしいね。
「西から現れたのは、驚異のランクC冒険者、黒雷姫フラン! 今大会で最も名を売った出場者の1人でしょう! 人気の要因の1つでもあるその小さく可愛い外見に騙されてはいけません! ランクA冒険者を倒す程の、鋭い牙を隠し持っているぞ! 今日はあの黒き雷を見ることはできるのか~!」
この大歓声も最後だ。観客の目的は決勝戦なのかと思ったら、フランへの応援も凄い。
「む、来た」
『残念ながら調子は良さそうだな』
舞台に向かって歩いてくるフェルムスは、自然体の笑みを浮かべてゆっくりと歩いてくる。緊張感などかけらも感じさせない。
さすが、大会3連覇記録を持つ、経験豊富な元ランクA冒険者だな。
(残念じゃない)
『まあ、フランはな』
むしろ、フェルムスが万全の状態じゃない方が、残念がるだろう。
「東からは竜狩りのフェルムスが登場だ! 現役を引退したとはいえ、その実力に衰えは見られない! 惜しくも準決勝で敗退しましたが、往年の強さは健在だ!」
フェルムスの姿は相変わらず軽装だ。白いシャツと、黒いスラックスにしか見えん。あれだ、ジャケットを脱いだラフな格好の執事的な? まあ、遠目からだとそう見えるだけで、素材は竜系の物だし、近くで見れば鱗を繋いだスケイルアーマーの類だと分かる。
「やあ。久しぶりだね」
「ん」
「君とこの場所で向かい合うとは思ってもみなかったって言ったら、怒るかな?」
「それはこっちも同じ」
「お互いさまってことだね」
ロイスが勝ち上がってくると思ってたからな。だが、試合を見た限りその強さは本物だ。何よりも恐ろしいのが、糸を操るという未知の技術を使ってくることだ。見たことのない技、想像もできない戦術を駆使してくるだろう。
さらに、戦闘経験でも大きく下回る。
ステータスで上回るはずの俺たちが負けるとしたら、その点を突かれてだろう。実際アマンダ戦でも、開幕で捨て身の最強技をいきなり放つという非常識な戦法に敗れたわけだし。
「未だ成長中の若手最有望株と、経験豊富な元ランクA冒険者! 果たして勝つのはどっちだ!」
「私」
「いえいえ、私です」
フランが剣を構えると、フェルムスは軽く両手を構えた。一見徒手空拳に見えるが、糸使いだからな。この構えから糸を投げつけ、操って攻撃してくるはずだ。
名称:王鯨髭の戦糸
攻撃力:100~489 保有魔力:500 耐久値:500
魔力伝導率・C~A
スキル:時空属性・閃光属性・大海属性・氷雪属性
名称:竜喰蜘蛛の戦糸
攻撃力:55~455 保有魔力:300 耐久値:700
魔力伝導率・D~B+
スキル:火炎属性・砂塵属性・大地属性・暴風属性・溶鉄属性・雷鳴属性
属性が凄い数ついている。糸によって属性を変えられるのか? あと、攻撃力は糸の長さなどで変わるんだろう。
「さあ、準備が出来た様です! それでは、3位決定戦、始めぇぇぇ!」
試合開始の瞬間、俺たちは障壁を全開にして魔術を放った。
「サンダー・ボルト」
『ゲイル・ハザード』
『ブレイズ・ウェイブ』
『アシッド・ベノム』
アマンダ戦では失敗した開幕魔術だが、フェルムスには有効だと考えたのだ。
雷鳴魔術は、糸を通して感電させることを狙っている。風魔術は単純に糸を吹き飛ばせそうだし、火炎魔術で糸を焼き払えるかもしれない。腐食効果のある毒魔術も、当然糸を狙っている。
実際、俺たちの放った魔術は、開幕と同時に投げ放たれていた糸を防ぎ、攻撃を防ぐことに成功していた。
だが、続いて放たれた糸があっさりと魔術を蹴散らしてしまう。見ずとも、糸に濃密な魔力が通っているのが分かった。
さすがに魔術だけで押し切るのは無理そうだ。
『やっぱり接近しないとダメか』
「ん」
距離を取っての戦いはフェルムスに有利だ。距離が何百メートルも離れていれば、魔術での遠距離砲撃が有効だろう。だが、舞台程度の距離で、しかも結界によって閉ざされている戦場では、むしろ全方位から変幻自在の攻撃が可能な糸の方が数段厄介だった。
ならば、糸の取り回しが難しいであろう、接近戦で勝負する。それが俺たちの作戦だ。
物理攻撃無効を装備していないのも、手数で攻めてくる相手には危険だとアマンダ戦で思い知ったからである。
(まずは近づく)
『そうだな』
「閃華迅雷!」
フランは一気に加速し、フェルムスに迫った。糸を操って壁を作り遮ろうとしてくるが、俺たちは止まらない。
(師匠、作戦決行!)
『おう! ディメンジョン・シフト!』
『ショート・ジャンプ』
転移は読まれている前提だ。そこで、転移後の隙を無くすため、あらゆる攻撃を透過して防ぐディメンジョン・シフトと併用している。発動時間は数秒だが、奇襲されることを防ぐには十分だ。
案の定、真上に転移した俺たちに向かって、四方から糸の束が襲い掛かって来た。
だが、それらの糸はフランをすり抜け、捕えることが出来ない。
「むっ! やはり時空魔術ですか」
「はぁぁぁ!」
フランが大上段から振り下ろした俺が、フェルムスに襲い掛かる。だが、彼も接近された際の事をシミュレートしていたようだ。
フェルムスの周辺に張り巡らされていた糸の結界により、俺は往なされ、止められてしまった。一本一本の強度は弱くとも、魔力で強化された糸が数十本寄り集まることで衝撃を緩和し、剣すら受け止めてしまうのだ。
また、糸と言う未知の武器が相手のせいで、スキルレベルが上と言う優位を生かしきれない。いくらフランが剣王術を持っていると言っても、未見の攻撃を完璧に見切るのは不可能だった。
『だが、俺たちの攻撃はここからだぜ!』
閃華迅雷によってフランが身に纏う黒雷は、俺の刀身にも伝わっている。斬りつければそれだけで黒雷が相手に伝導し、ダメージを与えるのだ。
当然、俺と触れ合った糸を伝い、黒雷が走る。そのまま糸を通して黒雷がフェルムスに叩きこまれる――はずだったんだが。
「無駄です」
「くっ!」
なんと、糸に流し込まれたはずの黒雷は、フェルムスに到達することもなく、威力を減殺され消え去っていた。どうやら大量の糸に黒雷を流して散らしたようだ。
カウンターで放たれた糸を払いながら、フランはさらに斬り掛かるが、やはり糸の結界により防がれる。黒雷も糸に散らされフェルムスには届かず、空中や地面へと流れて行った。
まさかここまで対応されるとは。
『ディメンジョン・シフト』
『ショート・ジャンプ』
『複数分体創造!』
再び転移で斬り掛かる。だが、まずは分体を生み出し、攪乱を試みた。分体は一瞬で倒されるだろうが、それで構わない。幻影と違って実態がある分体であれば、フェルムスも無視はできないだろう。
以前は自分の分体が倒されるのを見るのはあまり良い気分ではなかったんだが、最近は慣れて来たのか何とも思わなくなっている。ダンジョンで試した時もそうだった。
だが生み出された3つの分体は、俺たちの予想外の姿をしていた。
「ん?」
『え?』
名称:分体
攻撃力:100 保有魔力:50 耐久値:100
魔力伝導率・C
なんと今まで通り俺の生前の姿をした分体が生み出されると思っていたら、今の俺にそっくりな剣が生み出されているではないか。完全に俺にそっくりな、レプリカって言う感じだ。
とは言え、自分の周囲に突然出現した剣に対し、フェルムスの警戒を向けさせることは成功した様だな。その視線が僅かにレプリカたちに向いているのが分かった。
今はどうして分体が剣の姿をしているのかなんてどうでも良い。検証は後だ。
『行け!』
俺は念動を使って剣をフェルムスに向かって突進させた。ダメージを与えることが目的ではないので、突進と言うよりは落下と言う方が近いかもしれんが。
警戒したフェルムスが糸でレプリカたちを薙ぎ払った。一瞬で耐久値が削られ、消失する剣。だが、フェルムスの気を引くという目的は成功した様だ。
フェルムスが剣を操る技を使うフォールンドと戦い、負けていたのも俺たちには幸運だったな。必要以上にレプリカたちを警戒してくれたようだ。フェルムスの意識が俺たちよりも、レプリカに対して強く向けられた瞬間があった。
「はぁぁ!」
「なんとぅ!」
俺たちはその瞬間を見逃さず攻撃を仕掛ける。直撃は避けたが、フェルムスから血が舞う。同時に魔毒牙を発動してやった。
フェルムスは状態異常耐性を持っている。毒ダメージ狙いではなく、少しでも集中を乱すためだ。これだけの糸を操るには、かなりの集中力が必要なはずだからな。
俺たちはさらに攻撃を仕掛ける。その度にフェルムスの体には浅くない傷が刻まれた。糸が未見で厄介な武器とは言え、接近戦では俺たちに有利だ。やはりこの距離に活路が――。
『待てフラン!』
「む!」
直後フランの足元から糸が吹き上がり、フランを絡めとろうと襲いかかる。どうやら特定の糸に触れると発動する、いわゆる罠のような物を糸で作って設置してあったらしい。接近戦に備えてだろう。まんまとそちらに誘導されたのだ。
罠感知で直前に気づいたので直撃は避けた。だが、今後はさらに警戒が必要だろう。フェルムスの罠設置は高レベルだし、糸自体が細くて見えにくいのだ。
この隙にまた距離を取られてしまった。
糸っていうのは想像以上に厄介だな!
 




