210 Side アマンダ
フランちゃんとゴドダルファの戦いを見て、私は驚愕していた。
強い。まさかあれ程強くなっていたとは。
勿論、出会ったころからフランちゃんは強可愛かったし、いずれさらに強くなることはわかっていたわ。
でも、それは何年も後のはずだった。いつか抜かれる日がくるとしても、10年は先だと思っていたんだけど……。
まさかゴドダルファに勝ってしまうとはね。正直、フランちゃんは準々決勝で負けると思っていた。私でさえ、勝てるかどうか分からない相手だもの。
異常とも言える程に速い成長。きっと、黒猫族の進化への渇望のなせる業だろう。あとは師匠。あの不思議な剣が、フランちゃんを導いているに違いない。
見た感じ、師匠自体も相当強化されていた。あれは侮れない。実際、ゴドダルファ戦でもフランちゃんの力だけでは考えられない様な不可思議な現象がいくつも見られた。
時空魔術に雷鳴魔術。詠唱破棄に、魔術の連続発動。果てには聞いたことも見たこともない、黒猫族の進化だ。
どこまでがフランちゃんの力で、どこからが師匠の力なのは分からないけど、あの2人を相手にするのには相当な覚悟が必要だろう。
特に驚いたのは、物理攻撃無効を使ったこと。以前に物理攻撃無効を持った相手と戦ったことが無ければ気づけなかったでしょうけどね。
ゴドダルファの斧をあっさりと受けたあの攻防。どれだけ強力な障壁を張れたとしても、ああも簡単に腕一本で受けるのは無理な話だ。どう考えても物理攻撃無効か、それに類するスキルを持っていると思う。
とても強くて厄介なスキルだけど、付け入る隙が無いわけじゃない。物理無効が発動した時、フランちゃんの魔力が大きく減ったのが分かった。発動するのに相当な魔力が必要なのだ。そこを突けば、破ることは難しくないだろう。
「あの娘、凄まじいですな。冒険者?」
「いやいや、獣人ですよ? 獣人国の所属でしょう」
「しかし、あの強さ。ぜひ我が国に欲しい」
「抜け駆けはいけませんぞ?」
「あの美しさ、使い道は幾らでも――」
「うひょひょ、ぜひワシの下で――」
周りにいる貴族たちが騒ぎ出したわね。無理もないけど。フランちゃんは、強く幼い。見ただけなら、どうとでも言いくるめられそうだし。ゲス貴族共が言いなりにすることが出来ると思っても仕方ない。
これは少しお灸をすえた方が良いかしらね?
「ぜひ我が近衛師団に――」
「我が娘の護衛に――」
中にはまともな誘いもありそうだけど。どうしようかしら? それにしても、あの小さい子がここまで成長するなんてね……。
実は、私はフランちゃんと会った事がある。アレッサでっていう話じゃないわよ? もっと前。十年以上前の事。あの日私は、黒猫族の夫婦の訪問を受けていた。
彼らは、数年前まで私の営む孤児院で暮らしており、その後は独立して冒険者をやっていた。そして、子供が生まれたと言う事で、わざわざ見せに来てくれたのだ。
夫婦の名前はキナンとフラメア。幼い頃から面倒を見ていた、黒猫族の少年少女だ。
キナンたちが会いに来てくれたのはとても嬉しかったわ。喧嘩別れみたいにして、2人は孤児院を飛び出して行ってしまったから。
でも、それは私が悪い。冒険者になって進化への道筋を探したいと言う2人の希望を否定してしまったから。私から見ても、2人には才能が無かった。ダンジョンで死んでしまう未来しか見えなかった。でも、あそこで頭ごなしに、押さえつけるだけじゃダメだったのだ。
違う言い方、接し方があったと思う。だから、生まれたばかりのフランちゃんを見せに来てくれて、凄く嬉しかった。
そう、2人の子供の名前はフランという名前だった。年齢も合致する。
でも、私はもう死んだとばかり思っていた。キナンたちが死亡したという話を聞いて飛んで行ったけど、もうフランちゃんの姿はどこにもなかったから。
だから、アレッサでフランちゃんと出会った時、最初は全く気付かなかったわ。まさかあの時の赤ん坊だとは思いもしなかった。
名前を聞いて、顔を見たらすぐに思い出したけどね。だってフラメアの小さい頃にそっくりだったから。
最初はフランちゃんの両親の知り合いだと名乗り出て、保護しようか迷ったわ。でも、フランちゃんは既に冒険者としてしっかりと自立していたし、キナンとフラメアを守れなかった私にそんな資格があるのかとも思った。
だから名乗り出ず、違う事でフランちゃんを守ろうと考えたのだ。無理矢理依頼についていったのも、模擬戦でフランちゃんを鍛えたのも、全てはそのためだ。
フランちゃんはきっと歴史に名を残す冒険者になる。でも、いつしか自分の強さを過信し、足をすくわれる日が来るかもしれない。
その時が来た時に、まだまだ上がいるんだぞ? フランちゃんはまだ未熟なんだぞ? と言えるように、高い壁であろうとも思った。
久しぶりに鍛錬で死にかけたわよ? でもそのおかげで10年ぶりに鞭技のレベルが上がった。ハーフエルフの私にとって50歳はまだ若いと言える年齢だけど、エルフとしての血のせいなのか、あまり無理をすることが最近減ってきていた。当然スキルのレベルも頭打ちで、上昇することもなかったわ。それが、ここ数ヶ月でいくつものスキルがレベルアップしたのだ。
やっぱり目標をもって、自分を追い込むのが一番の鍛錬なのね。
長年目標だった神鞭士にもなれたし。この力で、私はフランちゃんに勝つわ。その為に鍛えたんだから。
翌日。私は試合場でフランちゃんと向かい合った。
良い笑みだわ。私を前に、怯えも気後れもない。ただ純粋に勝つことを考えている。
これは、本当に死力を尽くさないといけない様ね。昨日の戦闘を見て分かったけど、フランちゃんの速さは既に私を超えている。さらに、あの黒い雷は、一撃で私の命を奪うだろう。
それほどまでに、進化した今のフランちゃんは強い。
だからこそ、私は勝たなくてはいけない。フランちゃんの壁となるために。そのためには辛勝ではだめだ。圧倒的に勝たなくてはいけない。ある程度の犠牲も覚悟しなくてはならないでしょうね。
開始の合図とともに、フランちゃんたちが複数の魔術を放った。
風魔術と、雷鳴魔術だ。多分、風魔術で鞭を封じて、雷鳴魔術で肉体を麻痺させる狙いなんだと思う。
ふふ。考えているわね。でも、これくらいじゃ今の私は止められないわよ? 私は集中させていた魔力を一気に解き放ち、最強最速の技を発動させた。ゴッソリと魔力を持っていかれたのが分かる。この技を凌ぎきられたら、正直負けも覚悟しないといけないだろう。
「絶招・毘沙門堕とし!」
私自身にも捉えきれない程の速度で、鞭が闘技場の中を暴れ始めた。
フランちゃんの放った魔術は既に消し飛ばしている。そのまま、鞭はフランちゃんを殴打し続けた。あまりの速さに、フランちゃんも鞭を知覚しきれていない様だ。
やはり物理攻撃無効を持っているわね。当たる気配があるのに、フランちゃんには一切のダメージが見られない。一撃でハイ・オーガを挽肉にする威力の攻撃を、連打で食らっているのにだ。
それでも、私は鞭を振り続けた。フランちゃんの魔力が目に見えて減っていっているからだ。このまま押し切る!
ただ、この鞭聖技はとても強いのだが欠点が一つあった。それは、鞭の耐久値を著しく削ってしまうことだ。長時間使い続ければ、私の鞭は確実に破壊されるだろう。
長年連れ添った愛鞭だが、仕方ない。この鞭を失う事となっても、私は勝たなくてはならないのだから。決勝で使う鞭をどうするかなんて後で考えればいいのだ。
「来たわね」
フランちゃんの姿が消えた。時空魔術で転移したのだ。でも、事前に分かっていれば対処もできる。
私はその場から全速で離れた。直後、転移してきたフランちゃんが私の姿を見失い、驚いているのが見えた。
だが、フランちゃんは諦めない。
魔術とスキルを併用したのか、鞭の嵐の中を凄まじい速度で突っ込んできた。速い! 私の予測を上回る。さすがフランちゃんね!
「はぁぁ!」
ギィイイイィィン!
切先を躱すことができず、精霊の寵愛を使わせられてしまった。この距離はフランちゃんの距離だ。マズい。
くっ! 眼前にフランちゃんと同じ黒雷を纏った剣が迫って来る! 躱しきれない!
 




