208 ゴドダルファ戦の後
ゴドダルファ戦が終わった後、俺たちは獣王のいる貴賓室に呼ばれてやってきていた。断っても良かったんだが、フランがご馳走に釣られてしまったのだ。
「よう。来たな」
「ん。何の用?」
「そりゃあお前、伝説の黒天虎だぞ? 会ってみたいじゃねーか」
そう言って、獣王はフランをジロジロと観察した。そして、眉根に皺を寄せる。
「やっぱり分からねー……。離れてたからじゃねーのか」
「私もですね。ただの黒猫族に見えます」
進化隠蔽の効果がバッチリ利いている。獣王とロッシュは、フランが進化しているかどうかを判別できないことに戸惑っている様だな。
「どういう理屈か教えてくれと言っても無駄か?」
「陛下! それはマナー違反です」
「だ、だってよう」
彼らにとったら信じられない事態なんだろう。でも、教えたら面倒なことになるかもしれんし、ここは秘密にしておく方が良さそうだ。
そう思ってたんだが――。
「教えても良いよ」
『お、おい! フラン!』
(考えがある)
『どういうことだ?』
(任せて)
『いや、でもな』
(だいじょうぶ)
うーん。そこまで言うなら任せるか。
「ただし、条件がある」
「ほう? どんな条件だ?」
「私は神級鍛冶師を探している。居場所を知らない?」
そうか、神級鍛冶師は普通に国家機密レベルで隠蔽している可能性があるからな。幾ら黒猫族を保護している獣王でも、簡単には教えてくれるとは限らない。
まあ、こいつの性格なら普通に教えてくれそうだが。
(師匠、虚言の理を)
『了解』
なるほど、これなら無理なく神級鍛冶師の居場所を聞ける。嘘でも本当でも、ある程度の情報は得られるしな。
「どうする?」
「……陛下がお決めください」
「あ、ずるいぞ! お前も考えろよ。下手なことしたらあとでロイスに怒られるんだぞ」
しばらく獣王たちは話し合っていたが、どうやら結論が出たらしい。
「……耳を貸せ」
「ん」
獣王が指でチョイチョイとフランに近寄る様に指示してくる。あまり大きな声で言える話じゃないってことか。というか、これはもう知ってますって言ってるようなものだけどな。
「一応、うちの国にいる」
獣王がフランにヒソヒソと耳打ちする。おい、ちょっと近すぎるんじゃないか? そのまま唇がちょっとでもフランに触れたら、その汚らわしい唇を切り落とすからな?
俺が暗い決意をしている間に、2人は話を進めて行く。
「本当?」
「おう。だが、気難しい人でな、会ってくれるかどうかは分からんぞ?」
「居場所が分かればいい」
「王を王とも思ってない人だからな。うちの国に来た時に紹介状くらいは書いてやるが」
「いいの?」
「その代わり、お前の秘密も教えろよ」
「ん。わかった」
フランが進化隠蔽の事を教えると、獣王たちは何やら考え込んでいる。スキル自体初めて聞いたみたいだな。
獣王とロッシュは、黒天虎なら進化隠蔽スキルを会得できるのかどうかという事を話し合っている。
(師匠?)
『ああ、嘘はついてない。本当に居場所を知ってるし、紹介もしてくれるつもりだ』
(じゃあ、やっぱり獣人国に行く必要がある)
『そうだな』
念話で俺と相談しているフランを見て、自分たちが放置したせいで黙りこくってしまったと勘違いした様だ。ロッシュが、申し訳なさそうに謝ってきた。
「ああ、すいません。こちらの用件はそれだけです。貴重な情報をありがとうございました」
「ん」
詳しいことは、武闘大会の後でってことなんだろう。
「来ていただいたお礼と言う訳ではないですが、こちらをどうぞ」
「これは?」
ロッシュから渡されたのは、2枚のチケットだった。
「それは指定席のチケットです。この後観戦されるのでしょう?」
「だが、お前はもう有名人だ。この会場の奴なら見た瞬間分かる。普通に観客席に行ったって、揉みくちゃにされるだけだぞ?」
「なので、こちらをお使いください。指定席は一般席とは離れておりますし、無粋に話しかけてくる様な者もおりませんので」
「ありがとう。でも、なんで2枚?」
「ゴドの奴を手玉に取ったお前さんの召喚獣の分だ」
「陛下があの狼の分まで用意しろと突然言い出すので苦労しましたよ」
「ごめんなさい」
「ああ、貴方のせいではありません。横暴な陛下のせいですので」
「おい、俺が悪いみたいじゃねーか!」
「完全にあなたが悪いのですが? まあ、誰も損していませんから構いませんから。ですが、ソルバード様のお相手はお願いいたしますよ?」
「分かってるよ」
なんでもこのチケット、獣王たちとは関係なく、個人で観戦に来ていた獣人国の貴族から無理やり買い上げたらしい。
恨まれないかと心配になったが、その貴族は貴賓室で一緒に観戦するから大丈夫なんだとか。その貴族にとっては獣王とお近づきになれるチャンスなので、喜んでいるみたいだった。
「貴女はここでの観戦は望まれないと思いましたので、チケットを用意させていただきました」
「ん」
堅苦しいし、獣王たちに心の底から気を許しているわけでもないからな。
貴族がやって来たようなので、フランは貴賓室を退散する。チケットと貴賓室用のご馳走を載せた大皿をしっかりと貰って。
買うと言ったのだが、ゴドダルファを倒したご褒美だと言って押し付けられたのだ。という事で、俺たちはゆっくりと観戦することが出来るようになったのだった。
指定席は貴族や富裕層向けの席らしく、広々ゆったりとした設計だ。周りの客も、見てはいるが声をかけてくる素振りはない。まあ、怖がってるだけかもしれないが。特にウルシを。
激しい戦闘が尾を引いているのか、顔がちょっと野性的というか、ぶっちゃけ怖いのだ。
でも、おかげでゆっくり観戦できるんだから、このままウルシにはちょっと怖い顔をしておいてもらおう。
『試合はまだ始まってないか』
「ん」
「オン」
俺たちが試合場を破壊したせいだけどね。新しい舞台を用意しているらしい。
筋肉ムキムキの前回王者が隣の競技場から運んで来ている訳ではなく、土魔術の使い手が一気に作り出すらしい。その前準備として、今は魔法陣を描いているところだ。
20分後。
土魔術によって新たな舞台が生み出され、選手が入場して来た。
本日の2戦目は、アマンダ対エルザの試合だ。これはどっちを応援すればいいんだ?
俺が悩んでいる内に2人の戦いが始まる。
動き回りながら鞭で攻撃するアマンダと、その場からあまり動かずカウンターを狙うエルザ。
結界内を龍のように激しく動き回る鞭と、振るわれる度に舞台に巨大な穴を穿つメイス。見ごたえのある戦いなんだが……。
「あふぅ!」
「いはぁぁん!」
鞭でしばかれる度に嬌声を上げるガチムチさん。正直言って、フランにこの試合を見せることは正しいのか、疑問に思えてくる。
明日の対戦相手の試合じゃなければ絶対に見せないのに!
エルザは防御力が高いし、痛覚変換まで持っている。これは長引くかと思ったんだが……。
「あふぅん!」
「これで決まりよ!」
「あっはぁーん!」
アマンダの鞭が振り下ろされ、エルザが吹き飛ばされた。筋肉ムキムキのエルザの四肢がダラリと投げ出され、ピクリとも動かない。どうやら気を失っているな。
どれだけ痛みを感じないと言っても、一定以上のダメージを受ければ脳が意識をカットしてしまうんだろう。
「信じられない! ウルムットの英雄が、あっさりと敗北だ―! さすがランクA冒険者! 勝者は鬼子母神のアマンダだ~っ!」
あれを英雄と言ってのける解説者が凄い。ウルムットの人たちは俺が思っている以上に器が広いんだろうな。
『最後の攻撃……見えたか?』
「ギリ?」
『俺もだ』
遠くから見ているのに、アマンダの振るう鞭の先端がほとんど消えて見えた。もし、あの鞭を連撃されたら? 躱せる自信がない。それはフランも同じである様だ。
『厳しい闘いになるな』
「ん!」




