206 罪と罰
緊張気味に女神様を見つめ返していたら、女神様は指をピッと立てて、語り出した。
「そもそも、黒猫族には神罰として枷――呪いが掛けられているわ。この呪いを解く条件は大きく分けて2つ」
セ、セーフ? 助かったのか? 怖かった!
「1つは、個人で呪いを解くための条件。邪人を1千体。もしくは、脅威度A以上の邪人を1体倒すことね。これを達成した個体は、呪いの頚木から解き放たれ、進化が可能となるわ」
え? それ言っちゃっていいの? だって、ルミナの喋れることに制限を付けたり、わざわざ人々の記憶から消したり、その情報が簡単に分からない様に色々画策してるんじゃ?
「少女はすでに進化してしまったもの。経緯がどうであれ、進化者にはその制限は適用されない。どうせ後でルミナの口から語られるのであれば、ここで私が話しても同じでしょう?」
『そ、そうですかね?』
でも、俺は黒猫族じゃないしウルシもいる。俺たちに対して制限が掛かっていれば、一緒にいるフランにも結局制限が掛かっているのと同じことなんじゃないか?
まあ、神様がそのことを忘れてて話してくれるんなら有り難く聞いちゃうけどさ。
「ああ、召喚獣はそもそも対象外。貴方は私の眷属だし、やっぱり制限の対象外。問題ないわ」
そうだった、心を完全に読まれているんだった。いや、ちょっと待てよ? なんか今、凄い重要なことを聞いた気がしたんだけど!
『え? 俺って、貴女の眷属なんですか?』
「まあ、正確には私の眷属でもあるってところだけど」
『そ、そこをもう少し詳しく!』
「だめ。今は進化のお話よ」
ぐ、それはごもっとも……。でも、気になる!
「もう1つは、種族全体に掛けられた呪いを解くための条件ね。それは、黒猫族の力だけで脅威度S以上の邪人、もしくは邪神の眷属を倒すこと。これを達成した時に、晴れて全ての黒猫族は罪を許され、十始族に戻ることができる」
種族全体の解呪はメチャクチャ難しそうだな……。
「それだけ大きな罪を犯したという事よ」
『あの、一体それはどんな罪なんですか?』
大罪大罪と聞いてても、具体的な内容は知らないことに今更気づいてしまった。
「当時の黒猫族の族長。まあ、当時の獣王家ね。そいつらが邪神の封印を解いて、その力を一族に取り込もうとしたのよ。実際、半分は上手く行ってたわね」
取り込むって、邪人になろうとしたっていうのとは違うのか?
「もっと酷いわね。何せ一部の王族は半邪神半獣人とも呼べる存在に進化しかけていたし。黒猫族の半分くらいは力を増すことに成功していた。邪人になり果てて暴走した末、同族に滅ぼされた個体も多かったけどね。私たち神々は、邪神であろうとも神の力を我欲に利用することを許さない。結局、王族や邪神の力を得た黒猫族は神によって滅ぼされ、残った者たちにも罰として進化を制限する呪いが掛けられたわ」
それはまた……。思ってたよりもヤバいことやってた! 邪神の力を取り込んで半神に進化するとか、神に喧嘩売ってるとしか思えん。神々の怒りに触れても仕方なくない?
『まあ、重罪を犯したと言う事は分かりました』
「なのにあなたが居れば、黒猫族はあっさりと進化できてしまう。罪を償いもせず」
睨まれてはいないけど、そう感じてしまう苦々しい口調だった。
「黒猫族にとっては、進化は悲願かも知れない。でもね、罪を償わずに非正規的な方法で進化を続ければ、それが新たな罪となってしまうわ。今度は進化の停滞なんて比じゃない、より大きな罰が与えられるでしょう」
『より大きな罰って……。た、例えば?』
「種族の断絶」
『そ、それは――』
「例えばの話よ。でも、これはそれだけ大きな話なのだと、理解しなさい」
『わ、分かりました』
改めて神というものの厄介さと恐ろしさを垣間見た気がした。こんな存在に直接注意を受けているなんて、思っている以上に危険な状態なのではないだろうか?
『あの! 俺はどうすれば良いのですか? 勿論、フラン以外に覚醒を使わせるような真似はしません! 誓います!』
「貴方が心の底からそう言っていることは分かるわ。でもね、それでは弱いの。覚醒を他者に与えることが出来る魔道具。その存在自体が許されないのよ」
存在が許されない? それってつまり――。
「安心なさい。さっきも言ったけど、貴方を消去するとか、そういう物騒な方法を取るつもりはないから」
『そ、そうですか!』
良かった! まじで良かった! 今俺はこの世界に来て以来、最大のピンチを乗り切ったぞ!
「じゃあ、早速――」
パチン
『え? 何が……!』
混沌の女神様が指を鳴らすと、俺の刀身が一瞬だけ輝きを放った。何かされたのは分かったが、何をされた?
「貴方の装備者登録を固定しました」
『固定、ですか?』
「ええ。今後、貴方は現在の装備者が死亡するまで、それ以外の人間に装備されることが出来なくなったわ。もし、無理やり装備しようとする者が居れば、その者には罰が下るでしょう」
『罰って?』
「何も知らず、偶然手にして装備を試みただけであれば弱い雷が身を撃つだけ。知っていて奪おうとしたのであれば――命で贖う事になるでしょう」
怖いんだけど。命で贖うとか! まあでも、俺はフラン以外に装備されるつもりはないし、防犯装置が付いたとでも思っておこう。
「それと、念のために貴方から覚醒も奪わせてもらうわね? 今後は覚醒を手に入れることも出来ない様にさせてもらうわ」
徹底してるな。でも、神様に逆らうような真似するつもりもないし、それで構いませんとも。まあ、俺自身が覚醒を使えないのは少し残念だけどね。
「覚醒は獣人族の血に眠る力を解放するためのスキルだから、貴方自身には意味のないスキルよ?」
『あ、そうなんですね』
じゃあ、本当に必要ないな。
「ルミナにも、2度と覚醒を持った魔獣を召喚することはできない様に新たな制限をかけたわ。もっとも、制限なんかかけなくても、あれだけ消耗したら数百年は同じことはできないでしょうけど」
『ルミナの様子がおかしかったのは、あの魔獣を召喚したせいなんですか?』
「その通り。私の眷属であるルミナには、黒猫族を支援する際には様々な制限が掛かる様になっていたわ。進化の条件を喋ることができないと言うのもそうだけど、それ以外にも色々とね。例えば、覚醒のスキルを付与するようなアイテムを生み出すことが不可能であるとか、自分のダンジョンを使い黒猫族に条件を達成させようとした場合、代わりに自らが消滅する様に設定されていたりね」
『え?』
まじっすか? だとしたらルミナのあの消耗は――!
「安心なさい、ルミナは消滅しないわ」
『でも、フランを進化させましたよ?』
「間接的にね。直接あの少女を進化させたのではなく、その所持する魔剣――つまりは貴方に力を与える様に仕向けただけだわ。そのせいでルミナは大幅に力を失いはしたけど、消滅はしなかった」
それは本気で良かった。自分が進化できたとしても、ルミナが代わりに消滅したと知ったら、フランは自分を責めるだろうからな。
「ただ、今後は同じことは許されない。だから、制限を新たに設けたの」
ルミナも相当無理してくれたんだな。以前冗談ぽく語っていた、ルミナを殺したら進化できる云々という問い。あれも、本気だったに違いない。
「とは言え、奪うだけでは貴方が哀れ。代わりに1つのスキルを与えましょう」
そう言って女神様が再び指を鳴らした。何か変わったか? 自分のステータスを見てみると――。
『えーっと……進化隠蔽?』
「その名の通り、進化したことを隠すことが出来るスキルね。主に他の獣人たちから」
なるほど、これは良いスキルだ。黒猫族が進化してるってバレたら、獣人相手だったらそれだけで騒ぎになっちゃいそうだしな。しかもエクストラスキルだし。
ただ、気になることが1つ。
『あの、自己進化ポイントが5減ってるんですけど』
「一応、貴方は問題を起こし、私はその問題を正しに来ているの。単に施しを与えることはできないのよ。それでもサービスしているんだから」
『す、すいません』
まあ、有用そうなスキルだから、ここは妥協しておこう。どうせ文句言ったってどうにもならないんだし。
すると、女神様は満足そうにうなずいて、ふわーっと浮かび始めた。姿が段々と透けていく。
「目的も達したし、私は帰ります」
あ! 女神様が行ってしまう! そう思ったら、とっさに口を開いてしまっていた。
『あの! 聞きたいことがあるんです! 俺は、何者なんですか! 貴女の眷属だっていうのなら、知ってるのではないですか?』
つい聞いてしまった。何せ、初めて現れた、俺自身の謎について明確な答えを知っていそうな相手なのだ。
「そうねぇ……。貴方にそういったことを教えるのは私の役目ではないんだけど……。1つ指針を与えましょう。獣人国にいる神級鍛冶師にお会いなさい」
『獣人国に神級鍛冶師がいるんですか?』
以前、黒猫装備を作ってくれたガルス爺さんは、神級鍛冶師は行方が分からないって言ってたはずなんだが……。
獣王が密かに囲ってるのか? だが獣人国に行くのは難しいよな。他大陸な上、敵国だからな。俺のためにフランを危険な目に遭わせることはできない。
「でも、話を聞ければ、何か分かるかもしれないわよ? まあ、だめかもしれないけど」
『貴女にもどうなるか分からないんですか?』
「そりゃあそうよ。神にだって未来は分からないもの」
『だって、神様なんですよね? 未来を知ってたりは……?』
「無理ね。人は未来に起きる出来事――つまり運命を見通す力が神にはあるって勘違いしてるようだけどね。というか、良いことも悪いことも、神の定めた運命だとか言い出す人間もいるじゃない?」
そう言う人間はいるよな。俺だって、フランに出会った時は運命的だとか思ったもんな。
「未来のことは全て神によって決められていて、世界はその通りに動いているとかさ」
『まあ、そこまで大げさじゃなくても、近い事を信じている人はいますね』
「でも、本当に神が世界の運行を全て定めていてその通りに世界が動いているんだとしたら、そもそもこんな風に私が現れて、イレギュラーを正そうなんてするかしら? しないわよね」
『言われてみたらそうかもしれませんね』
「この世に運命なんてないわ。全てが偶然の積み重ね。悪いことは自分の責任、良いことは自分の手柄。そう言う事よ」
つまり、俺とフランの出会いも偶然ってことだな。
「そうよ。貴方と黒猫族の娘が出会ったのも偶然。貴方達の相性が最高だったのも偶然だわ。いえ、ここまで必要としあっている同士が出会ったのは、奇跡と言えるかもね」
神様にそう言われると、何となく照れるな。
「今回は色々言わせてもらったけど、混沌の女神としては貴方たちには期待してるのよ?」
それって、喜んでいいのだろうか?
「ふふふふ。どうかしらね?」
『あ、ちょっと!』
「では、良い混沌を――」
女神様は不吉な言葉を残して、スーッと消えていってしまったのだった。最後の、完全に呪いの言葉じゃね?




