204 武闘大会前日の出来事
武闘大会の前日。
俺たちはダンジョンで修行を続けていた。
『フラン、そろそろ休もう』
「もう少し」
『だが、集中力も落ちてきた』
無理な戦闘を続けてきたせいで、フランの精神はかなり疲弊し始めている。戦闘だけではなく、罠の見極めや解除でもミスが増え、被ダメージも増えてきていた。
だが、フランは唇を噛んだまま、厳しい表情で次の獲物を探している。
「……もう少しだけ」
『はぁ。分かったよ』
明日はもう予選が始まる。出来れば万全の体調で臨みたいんだがな。
だが、だからこそ焦っているのだ。フランは獣王と戦う事になる前に、進化を成し遂げておきたいのだろう。しかし、進化の兆しは一向に見られない。故に、さらに自らを追い込んでいく。
そうやって厳しい修行を続けていると、ふと頭の中にルミナの声が響いた。
『今、大丈夫かな?』
「ルミナ?」
一瞬驚いたが、直ぐに慣れる。俺の念話と似た様な物だしね。
『実は話があってな。私の部屋に来てくれないかね?』
「わかった」
行くのは転移すれば簡単だ。だが、わざわざ呼ぶとは何の用だ? まあ、フランを休ませるにはちょうど良かったので、取りあえず行ってみるかね。
転移部屋から出ると、ルミナが出迎えてくれたんだが……。
「よく、来たな……」
「ん」
『来いって言われたしな』
「うむ……」
雰囲気が変だ。なんか、妙に弱々しい。前回会った時に比べて、魔力も弱いし。何かあったのか?
「ルミナ、大丈夫?」
「済まぬな、少々疲れている様だ」
『本当に平気か?』
「大丈夫だ。それよりも、主らに1つ試練を用意したのだ。受けてはくれぬか?」
『試練?』
「うむ。詳しくは言えんが、ぜひ受けてもらいたい。どうだ?」
詳しく言えないって……。怪しいんだが、ルミナが俺たちを罠にかける様な真似をするとは思えんし。
「ただ、非常に危険なのだ。それだけは覚悟してくれ」
「わかった」
フランが疑う様子もなく、コクリと頷いた。まあ、ルミナにお願いされて断るわけがないよな。だが、一応確認しておかねば。
『フラン、受けるのか?』
「もちろん」
『ルミナが危険だって言うくらいだ。本当に危ないぞ?』
「かまわない」
意志は固いようだな。
「試練を受けると言う事で良いか?」
「ん!」
俺たちが向かうように指示されたのは、以前ルミナと模擬戦をした広大な訓練部屋であった。
俺たちは部屋に入ると、その光景に圧倒されてしまう。
『こりゃあ、魔法陣か?』
「おっきい」
直径100メートル程の部屋の床一面に、びっちりと模様が描きこまれていた。よく見ると、中央から法則をもって放射状に描かれており、1つの巨大な模様を形作っていることが分かる。
魔法陣と呼ばれる物に似ているが、ここまで巨大な魔法陣は初めて見た。一体何に使うんだ?
そこにルミナの声が響く。コアルームから場内放送の様に声を聞かせているんだろう。
「今からある魔獣を召喚する。見事倒してみせよ!」
「ん。分かった」
魔獣討伐ね。それが試練か。でも、今更魔獣討伐なんてなんの意味があるんだ? 戦う事で何か得る物があるっていう事なんだろうが……。
「では行くぞ!」
魔法陣が光り輝き、中央に凄まじい量の魔力が集中していく。渦を巻く魔力によって部屋の中には強風が吹き荒び、フランの髪を激しく弄んだ。フランは目を細めて、魔力の塊を睨みつける。
そして、光が収まった時、一体の魔獣が召喚されていた。
「……はぁはぁ……」
ルミナの荒い息だけが聞こえてくる。
「ルミナどうした?」
「……平気だ……、気に、するな……」
いや、全然平気そうには聞こえないけどな。召喚にそれだけ力を使ってしまったと言う事なのだろう。
現れた魔物は、頭の天辺からつま先まで、全てが漆黒に塗りつぶされた人型の魔獣だった。黒い瘴気の様な魔力を身に纏いその全身は良く見えないが、顔なんかは毛深くて一見コボルトっぽい外見だな。
だが、その力はコボルトなどとは比べ物にならない程凶悪だった。少なくとも、ボールバグよりも余程強い。スキルは少ないものの、ステータスが異常に高いのだ。
種族名:イビル・マンビースト:邪妖:魔獣 Lv50
HP:822 MP:927 腕力:335 体力:402
敏捷:1028 知力:12 魔力:809 器用:166
スキル
回避:Lv9、牙闘技:Lv8、牙闘術:Lv8、気配察知:Lv9、瞬間再生:Lv8、瞬発:Lv8、魔術耐性:Lv5、体毛強化
固有スキル
覚醒
説明:不明
これは……覚醒持ち?
「見事倒し、魔石を、吸収してみよ……」
やっぱり! フランを進化させるために用意してくれたってことか!
にしてもルミナの消耗が半端ないな。ダンジョンマスターにとっても、このレベルの魔獣を呼び出すのは難しい事なのだろう。
フランも理解したのか、かつてない決意の表情を浮かべていた。
「師匠、やる!」
『おう!』
フランが俺を抜き放ち、即座に魔獣に斬り掛かる。
「ガアウルォォオ!」
「む!」
「ガガウ!」
「くっ!」
速い! 圧倒的な速さと、多少の傷は癒してしまう再生力。フランの攻撃は難なく回避され、逆にカウンターを貰う始末だ。
「ガオオオオゥルルル!」
「む」
『覚醒しやがった!』
魔獣の全身が肥大化し、牙や爪が倍以上伸びる。ステータス、特に敏捷はさらに強化され、より手が付けられなくなっていた。動く度に消えている様に見える始末である。
剣王術のおかげで戦えているが、その圧倒的速度差はいかんともし難かった。気配察知と回避スキルのせいで、転移からの奇襲でさえ躱されてしまう。
物理攻撃で完璧に捉えるよりも、魔術の方が当てやすいかもな。だが、魔術耐性がある相手に、並の魔術が効くとも思えない。俺は魔獣がフランの攻撃を回避した直後の隙を狙って、インフェルノ・バーストを放った。
「グギャ!」
ちっ、だめか! 確かに効いてはいるが、魔術耐性を持っている上に元々魔力と生命力が高い魔獣に対して、必殺とは行かなかった。1発で倒せなければ直ぐに再生してしまう。
「厄介」
『だな。一撃必殺で決めるしかないぞ』
「ん」
そして、作戦を決行する。まあ、俺の念動とウルシの奇襲で動きを止め、フランが全力で攻撃するというだけだが。
フランは反動を利用した空気抜刀術を繰り出す。当然魔獣は回避しようとするが、影から飛び出したウルシに足を噛まれて動きが止まる。そこを念動でさらに動きを封じた。
耐久値とか知った事か、どうせこの一撃で決めなきゃならんのだ! だったらもう全魔力を使い切るつもりでスキルにつぎ込んでやろう。以前刀身が壊れかけたせいでしばらく使っていなかった、属性剣の多重発動だ。フランが雷鳴を、俺が火炎と暴風を発動させる。
「はぁぁぁ!」
『いっけぇぇ!』
「ギャギャオオオォォォオォ!」
暴れて逃げ出そうとする魔獣。だが、もう遅い。
フランが振り抜いた俺が、魔獣の脳天から股間までを真っ二つにぶった切った。心臓の位置にあった魔石を綺麗に斬り裂いた感触がある。
だが、属性剣の多重発動はやはり負担が大きかった。一発で耐久値が8割近く削られたのだ。刀身にヒビが入り、ボロボロと崩れ始める。
左右にドシャリと崩れ落ちる魔獣の死骸。こいつもきっと高く売れるんだろう。
しかし、今は俺の事なんざどうでもいい。そんなことよりも、今はスキルだ。
俺は今手に入れたはずのスキルをメモリから探した。
『どこに――――あった!』
覚醒。確かにそのスキルを俺は手に入れていた。
『フラン、やったぞ』
「ん……!」
『装備するからな?』
「おねがい」
俺は覚醒を装備する。これで、フランも覚醒を使えるはずだ。俺ははやる気持ちを抑えつつ、フランに聞いてみた。
『どうだ?』
「ん……使える。分かる」
そうか。つまり、遂にフランが進化する時がきたってことだ。俺はフランが覚醒を使う瞬間を静かに待った。
「ふぅ……はぁ……ん! 覚醒!」
スキルを発動した瞬間、フランから魔力が柱の様に立ち上った。
『うおぉ!』
「オウン!」
同時に、黒い雷がフランの体から溢れ出し、周囲を駆け巡る。暴風と黒雷が部屋を荒れ狂い、俺たちはフランの側から退避した。だが、中心にいるフラン大丈夫か?
『フラン! 大丈夫か!』
「オンオン!」
呼びかけても反応が無い。もしかして暴走してるのか?
だが、その心配は杞憂だった様だ。魔力の奔流が収まった時、そこには耳と尻尾をピーンと立てたフランの姿があった。よく見ると尻尾が縞々だな。まあ、ほぼ黒に近い灰黒色と、元々の黒の縞々なので、魔力の光に照らされてようやく判別できる程度の微妙な模様でしかないが。
「……ぅぐ」
フランは泣いていた。大粒の涙を流し、静かにその場で泣いている。
きっと、様々な想いが、記憶が、フランの内を駆け巡っているんだろう。何せフランの悲願だったわけだからな。
「……ぅ……」
俺は何も言わずに、涙を流すフランにそっと近寄った。念動でそっと背中を撫でてやる。
フランはそのまま俺の柄を両手で強く握りしめると、俺を支えにするようにその場で膝をつき、さらにボロボロと泣き出してしまった。
「うぅ……ぐず……」
フランの額が俺の刀身の腹に押し付けられ、熱と鼓動が流れ込んでくる。なんか、剣なのに俺まで泣き出してしまいそうだ。
実際、フランに寄り添って伏せているウルシの瞳は、かつてない程潤んでいる。
「クゥン」
「……ぐす……ぅあ……」
10分後。
フランはようやく泣き止み、目をゴシゴシと擦りながら立ち上がった。ハニカミ笑いを浮かべながら、ウルシの頭をワシャワシャ撫でているな。照れ隠しなんだろう。
「ごめん」
『謝ることはないさ。それだけの事なんだからな』
「ありがと」
『じゃあ、改めて確認するか』
「ん!」
フランは最後に鼻をスンと鳴らし、その表情をキリリと引き締めた。手を握ったり開いたりしながら、変化を確認し始める。
『フラン、どうだ?』
「ん……力が、溢れてる」
『さて、外見はあまり変化はないけど、ステータスは……はぁぁ? なんだこりゃ!』
俺は改めてステータスを見て驚愕した。
敏捷と魔力が300も上昇していたのだ。さらに、生命力も魔力も全快だし、固有スキルに閃華迅雷と言うスキルが追加されていた。これが覚醒の効果か?
『進化っていうのは凄いな……? うん?』
俺は思わずステータスを二度見してしまった。ルミナの種族は黒虎だったよな? フランも黒虎になったと思っていたんだが……。
『フランは……黒天虎になってるんだが』
黒天虎っていったら、十始族だぞ。獣王と同格の伝説的存在だったはずだ。
『どういうことだ……?』
「……」
『フラン?』
「……」
『あれ? フラン? ウルシ?』
「……」
「……」
2人が急に黙ってしまった。一体どうしたんだ? いや、よく見たら微動だにしていない。まるで時間が止まってしまったかのように。だが、俺は時空魔術なんか使っていない。
「何が起きた?」
俺が戸惑っていると、不意に周囲が闇に包まれた。本当に何の前触れもなく、視界がブラックアウトしたのだ。
な、なんだ? 何が起きた? フランとウルシは大丈夫なのか?
「安心しなさい。時の流れを少々いじっただけよ。貴方以外はただ止まっているだけ」
『え? え?』
「まさかこんな手段で進化を成すなんて……。やってくれたわねぇ?」
『はぁ?』
「黒猫族の少女と、貴方が出会ったこと自体が奇跡的だっていうのに、まさかここまでたどり着くなんて……」
『あ、あの~……どちら様?』
「そうね。世界の理を管理する者。まあ、貴方達に分かりやすく言えば、混沌の女神と言えばいいかしら?」
不死鳥の鎧に鑑定遮断があるのに、なぜ師匠の鑑定が効くのかという質問がありました。
スキルには上位のスキルと下位のスキルがあり、矛盾するスキル同士の場合、上位のスキルの効果がやや上回る場合があります。
例えば、火炎無効持ちに、神炎のスキルをぶつけると、神の力を持った神炎スキルが勝り、火炎無効を所持する相手に炎でダメージを与えることが可能です。
師匠は天眼というスキルを持っており、このスキルのおかげで鑑定の効果が強化されています。その結果、鑑定遮断の効果を僅かに上回り、大まかなデータを鑑定することは出来るが、スキルや装備の詳細を覗くことができない状態です。




