202 不死鳥の鎧
駆け寄って来たゴドダルファが、再び斧を地面に叩きつける。
「グランドシェイカー!」
またか! だが、それは一回見たのだ。確かにこの後の攻撃は神速と言っても良いくらいに速かったが、その前のグランドシェイカー自体は大振りでそこまで速くはない。この間に物理攻撃無効を装備できるほどに。
「ぬぅん!」
「無駄」
「馬鹿なっ!」
ゴドダルファだけではなく、観客席からもどよめきが起きているな。なにせゴドダルファの繰り出した横薙ぎの攻撃が、フランの胴体に当る直前で――いや、当たっているはずの攻撃が見えない壁に阻まれているかのように動きを止めてしまっているのだ。
ただ硬いというだけではない。腕力で大きく上回るゴドダルファの攻撃で、フランがビクともしていないことも異様であった。
フランとウルシがその隙に攻勢に転じ、再び地道に魔力を削り始める。ゴドダルファは連続して大技を繰り出したせいで、魔力を大きく減らしていた。あと1分も持たずに魔力が枯渇するだろう。
「ちぇぁぁ!」
「ぬううん!」
ゴドダルファも小技を交えて応戦しているが、フランを捕まえることはできない。そして、遂にゴドダルファの魔力が尽きた。
「ぐ! 魔力が……!」
覚醒が解除され、その身を守っていた魔力も消え去る。鎧の効果で魔力が回復してしまう前に決めなくては!
『ショート・ジャンプ!』
俺たちが飛んだのは、ゴドダルファの背後だ。会心の一撃を再び喰らわせてやるつもりだったんだが――。
「ぬん!」
「くっ!」
転移した俺たちの目に入ってきたのはゴドダルファの無防備な背中ではなく、眼前に迫る戦斧の威容であった。転移には一瞬ではあるが、消えてから出現するまでに間がある。
ゴドダルファは超反応スキルを失っているにもかかわらず、転移した俺たちが背後に出ると読み、その一瞬で対応しやがったのだ。戦士としての経験なのだろうか? それとも獣人の持つ野生の勘か?
転移した瞬間にはゴドダルファに弾き飛ばされてしまった。何とか俺で受けることはできたが、凄まじい衝撃だ。
どうする? 今度は頭上を狙うか? それとも左右? だが、それで対応されたら? 物理無効を常時付けっぱなしにするか? 俺が一瞬躊躇していたら、フランが直ぐに決断を伝えてきた。
(師匠、上! 分かってても止められないのをお見舞いする)
『分かった』
(ウルシはこのまま足止め!)
(オン!)
『ロング・ジャンプ!』
俺たちが転移した先は、舞台の遥か上空である。ゴドダルファは突然姿を消したフランを探して、周辺に目を向けていた。さすがに空だとは気付いていないようだな。当然観客や実況も気づいていない。
「おーっと! 突如としてフラン選手が姿を消してしまった! 一体どういうことだ! 転移したのか? 透明になる能力か? はたまた影にでも潜ったのか~!」
空です。
強風が吹き荒ぶ上空に俺たちの姿はあった。念動で浮く俺の刀身の腹に立って、フランが集中力を高めながら複数のスキルを制御している。
「いく」
フランが、準備を整えたようだ。
『おう』
飛び出したフランが駆け抜けざまに俺を掴み、真下に向かって走る。
空気圧縮と、魔糸生成を使って反動をつけ、空中跳躍と突進スキル、風魔術によって加速したフランが天空から真下に向かって神速で突き進む。インパクトの瞬間に重量増加スキルで威力を倍増させる準備もしているし、属性剣は炎と雷を2重発動している。
ここまではリンフォード戦でみせた落下からの空気抜刀術と同じだった。だが、今日は出発地点の高度がさらに高い。そして、時空魔術も使いより加速している。しかも剣王術により抜刀術は数段鋭さが増し、気力制御のおかげでスキルの効果も上昇していた。威力はあの時を遥かに上回る。
「閃華迅雷!」
最後にフランが、先日覚えたばかりの固有スキルを発動させた。フランの全身を雷が包みこみ、その突進を更に加速させる。
一筋の光の槍と化したフランが、隕石もかくやと言う勢いで真上からゴドダルファに襲い掛かった。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
「どこから――」
そして眩い閃光と共に、闘技場全体を揺るがす様な凄まじい衝撃が走り、体の芯に響く轟音が響き渡る。
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ゴドダルファの悲鳴とも雄叫びともつかない咆哮が聞こえていた。
『ショート・ジャンプ!』
上空からの突進攻撃を繰り出したフランが地面に激突する寸前、俺は転移で舞台の端に転移する。
ゴドダルファが立っていたはずの場所は大きく陥没し、大量の土煙が舞い上がっていた。その光景を見て、改めて今の一撃の威力を思い知る。何せ今の攻撃だけで俺の耐久値も半減してしまったからな。だが、直ぐに内部で魔力が膨れ上がり、土煙が吹き飛ばされる。
物理攻撃無効でゴドダルファと観客を驚かせた俺たちだったが、今度は驚かされる番だった。
『馬鹿な! 魔力が無いはずなのに! どうして傷が治るんだ!』
その場で片膝をつくゴドダルファだったが、右腕は切り落とされ、残りの右半身も紅い鎧が潰れてひしゃげ、その隙間からおびただしい量の体液が流れ出ている。左半身も無事ではない。左腕も潰れ、左足は骨折している様だ。内臓にも相当なダメージがあっただろう。
だが、その傷が信じられない速度でみるみる回復していく。
瞬間再生並の治癒力だ。しかも、大きく破損した鎧までもが同時に再生していく。数秒後には、攻撃を受けた事実などなかったかのように、無傷のゴドダルファの姿があった。
「はぁ……はぁ……まさか、早速この鎧に救われる事になろうとは……」
そう言ってゴドダルファがゆっくりと立ち上がる。
「この鎧の名は不死鳥の鎧。超回復能力を持っている」
見りゃ分かる! あの傷を一瞬で回復するとは……ただでさえ鎧で防御力が飛躍的に増しているゴドダルファに、さらに超回復能力が付いてる? 悪夢だ。
それに、あの能力は何度でも使えるのか? 無限に使用可能とは思えないが、一回しか使えないとも思えない。なにせ、神級鍛冶師が作った鎧だ。どれだけの力を秘めているのか、想像も出来なかった。
(師匠! もう一度!)
『ダメだ。もう奴にネタが割れた。同じことをやっても、迎撃される』
(……分かった)
転移魔術をここまで多用してこなかったのは、一回見られたら対応されてしまう恐れがあったからだ。
実際フランも、悪魔との戦いで影潜りに対応して見せたしな。あの時のフランよりも遥かに強い者たちであれば、初見でもない限り迎撃されてしまうだろう。
しかもショート・ジャンプでの奇襲と違い、落下からの抜刀術は的になる恐れがある。おいそれと連発は出来なかった。
そして何より俺たちを驚愕させたのが、ゴドダルファの姿だ。
「覚醒状態?」
『ああ、魔力も全快しやがった』
せっかく魔力を削ってきたのに、その苦労が全て水の泡だ! それどころか俺たちの消耗が進み過ぎている。
他人から見たらチート装備の俺が言うセリフじゃないが、ずるいぞ! なんだよその鎧は!
(こうなったら、アレを使うしかない)
『……仕方ないな』
魔力吸収でまた魔力を枯渇させたとしても、鎧の力で回復されては徒労に終わる。
それに、超回復と言っても発動には一瞬の間があった。ならば、発動する前に生命力を削りきって、倒す。シンプルだがそれしかないだろう。
『ただ、まだ体が慣れてない。いいか、速攻で行くぞ。長時間は、フランの体がもたない』
(分かってる)
『物理攻撃無効は期待するな? あの速さの中で、着脱は無理だ』
(最初からそのつもり)
覚悟の上か、いいだろう。なら、俺もその覚悟に付き合おうじゃないか。こう言ったら身も蓋もないが、これは死なない戦いだ。だったら、普段じゃ絶対にやらない賭けをするのも悪くない。
「ウルシは影の中から援護」
「オン!」
「じゃあ、いく」
俺たちは大会前に、出来ることは全てやってきたつもりだ。俺は魔石値を溜めてランクアップを狙った。
そしてフランは――。
「覚醒」
当然、進化を。