200 コルベルト戦の後
試合終了後。
俺たちは医務室に担ぎ込まれたコルベルトの見舞いに来ていた。
治癒魔術師が傷を癒したが、体力はまだ回復しておらず、ベッドから起き上がることができない様だ。
「コルベルト、調子はどう?」
「嬢ちゃんか……。死に損なったみたいだな」
「危なかったって」
「はは、負けたぜ。まさか封印解除してまで負けるとはな……ぐっ!」
コルベルトが頭を押さえて呻いた。
「平気?」
「ああ……。無理をし過ぎたみたいだな。阿修羅を使った後はいつもこうだ」
阿修羅っていうのは、魔力の腕を生み出したあの技だ。多分、反応速度や視野も広がっていただろう。剣王術を得たフランとせめぎ合えたのも、地味に感覚系が強化されていたおかげなはずだ。
「強かったぜ。今まで戦った中じゃ1番だ」
「ありがとう」
「次は強敵だが、お前ならやれる。俺の分まで勝ち上がってくれよ」
「勿論」
その後軽く雑談をして、医務室を後にした。コルベルトはまだ本調子じゃないようだし、これ以上は負担になるだろうからな。
フランが医務室を出ると、僅かにコルベルトの声が聞こえてくる。
「あー、やべー! 頭に血が上りすぎた! 破門かな~! 破門だよな~! だってあの師匠だもんな~……!」
頭を抱えている姿が浮かんでくる様だ。ただ、フランが居なくなるまでは気丈に振る舞っていたことからも、フランに情けない姿を見せたくはなかったんだろう。武士の情けだ。聞かなかったことにしてやるか。
『ご愁傷さま』
「ん?」
『いや、何でもない。行こう』
医務室を後にした俺たちは、客席に来ていた。明日勝てばその後対戦する可能性があるし、そうでなくとも勉強になるからな。
トーナメントが進み、今日は8試合しかない。俺たちが2試合目だったので、あと6試合残っている計算だ。
試合場ではすでに第3試合が終わろうとしていた。アマンダがほとんど瞬殺で試合を終えたらしい。
「全然見られなかった」
『まあ、しかたねーよ。次の試合はエルザだぞ』
相手はランクC冒険者らしい。手数で勝負する技巧派の槍使いだとか。これは見逃せないな。
ただ、座れる場所が無い。どうするか……。土魔術で即席の椅子でも作っちまうか? 悩んでいたら、いきなり隣から声をかけられた。
「なあ、あんた魔剣少女のフランか?」
「ん?」
話しかけてきたのは、椅子に座って試合を観戦していた初老の男性だ。片手に串焼き、片手にワインのボトルを持っている。良いご身分だな。
「や、やっぱりだ! もしかして試合を見に来たのか?」
「ん」
「じゃ、じゃあ、この席使ってくれよ」
「いいの?」
「ああ、あんたのおかげで予選からずっと大儲けさせてもらったからな。今月は仕事しなくてもいいくらいだ!」
それは稼いだな。しかも予選からずっとフランに賭けてくれているらしい。応援半分、大穴狙い半分なのだろうが、フランの応援をしてくれていることは確かだ。有り難いね。
「そのかわり握手してくれよ。皆に自慢するから!」
「わかった」
「いやー、明日も応援してるから、頑張ってくれよな!」
「ん」
ということで、フランは合法的に席を手に入れたのだった。男性はフランに握手してもらい、ホクホク顔で去って行く。どっかで立ち見をするんだとか。
そして、エルザの試合が始まる。前評判通り、相手の動きは悪くない。決してエルザの間合いには入り込まず、間合い外から槍でチクチクと攻撃している。
ただ、軽い攻撃ではエルザの防御を突破することは難しいようだな。全く意に介した様子が無く、エルザは槍使いに突進している。
それでも速さで上回る槍使いはエルザの攻撃を回避しているのだが、一発で舞台に穴を穿つその破壊力に、肝を冷やしている様だ。
次第に動きに精彩を欠いてきた。体力よりも、精神が削られているんだろうな。
ダメージを与えられず、向こうの攻撃は一撃必殺。俺達にもこういう経験はあるが、これがキツイのだ。どこかで前に出て、攻撃力重視のスタイルにシフトしなくては勝ち目がないが、凶悪なメイスが目の前を通り過ぎる度に男が躊躇しているのが分かる。
だが、意を決した槍使いが本日最高の速度でエルザに向かって突っ込んだ。メイスを躱した直後、体勢が崩れ気味のエルザの胸に渾身の武技を繰り出す。
回転する槍が無防備なエルザの胸板を貫くかと思われたその時、会場に大きなどよめきが起きた。
なんと、槍がエルザの体を貫くことが無く、皮膚で止まってしまっていたのだ。想像以上の防御力だったな。
その後は悲惨な結末である。エルザにがっしり捕まえられ、ネットリとした寝技によってジワジワと体力を削られ、最後は息も絶え絶えの状態で降参を宣言したのだった。
『ああはなりたくないな』
「でも、接近してくれればチャンスになる」
『まあ、そうだが……』
エルザとフランの寝技勝負? ないわー。いや、俺が絶対にさせん。
『寝技はダメだ』
「ん、危険」
『色々な意味でな』
「?」
その後の試合は、ほとんど見るべきところが無かった。なにせほぼ瞬殺なのだ。
第5戦のフォールンドなど、5秒もかからなかっただろう。そのせいでブーイングが起きたほどだ。
第6戦のフィリップ・クライストンはかなり激しい戦いだったが、その戦いぶりはバルボラで見た戦いとそう変わらなかった。新鮮味は全くないな。
第7、8戦目のフェルムス、ロイスも1分は戦わなかった。どちらも全力も出さずに、力の片鱗さえ感じられなかった。まあ、強いと言う事だけは分かったか。
『奴らと戦うには、明日勝たなきゃならんけどな』
「勿論勝つ」
闘技場を後にした俺とフランは、ダンジョンにやってきていた。新たに手に入れたスキルのテストと、ゴドダルファ戦のシミュレーションを行うためだ。
物理攻撃無効は、やはり消費が激しい。さすがに歩く程度で発動はしないが、戦闘中などにはガンガン魔力が消費されていく。魔獣を切った時の反動や、魔獣の攻撃を俺で受けた時の衝撃。気づくと魔力を半分失っていた。
ただ、強い。障壁と違うのは、衝撃さえ無効にすることだ。遥かに巨大なオーガに殴られたとしても、フランはその場から微動だにしなかった。そのおかげで相手の牽制なども全て無視できる。剣で斬られようが、ハンマーで殴られようが、影響が全くないのだ。
もう1つの完全障壁は、かなり使い勝手が良かった。
消費は魔力障壁や物理障壁とほぼ同じでありながら、両方を同時に展開している時と同じ程度の強度を発揮してくれるのだ。さすがに無効とまではいかないが。
普段は完全障壁、いざと言う時には物理攻撃無効という感じだろうな。
『さて、スキルの確認はこれでいい。次はゴドダルファ戦の対策だな』
基本的には、物理攻撃無効を主軸にすることになるだろう。奴は斧を使う戦士である。覚醒でどこまで強くなるかは未知数だが、まともに防げるとも思えない。
それと同時に恐ろしいのが、そのタフネスだった。HPが1000を超えている上、高速再生と皮膚強化を持っていたはずだ。細々としたダメージで倒し切るのは難しいだろう。
つまり、物理無効を使わずともゴドダルファの攻撃を避けられるような回避力と、防御をぶち抜いて短期決着を狙える攻撃力が必要になる訳かね? 他に方法はないか?
その後、幾つかの事態を想定し、その場合にレベルを上げるスキルを考察して、宿に戻ることにした。
「ルミナに会って帰る」
もうすでに呼び方がルミナ様ではなく、呼び捨てになっている。まあ、向こうも全く気にしてないみたいだし、いいんだが。むしろ、孫とおばあちゃんみたいな感じで、互いに喜んでいる感じだ。
『そうだな、帰る前にルミナのところに顔を出すか』
「ん」
ルミナが作ってくれた転移用の部屋に跳んだ。
転移してくるのが分かるらしく、部屋を出るとルミナが出迎えてくれた。
「よく来たな」
「ん」
『おう』
「今日も勝ったようじゃな。次は準々決勝か。相手はランクA冒険者だったか?」
『ああ、獣王の護衛役だ』
「本気で勝ちに行く気かの? 獣王の出してきた3回戦突破の条件は達成しただろう?」
「勝つ。優勝して、黒猫族が強いってことを皆に知ってもらう」
『勝つために全てを出し切るつもりだ』
「そうか……。いや、もう何も言わん。勝ってこい」
「ん!」
その後、ルミナとスキルや魔術についての話をして、俺たちは宿に戻った。明日は第一試合だからな。朝が早いのだ。
本編200話です! まさかここまで連載を続けられ、そればかりか書籍化までするとは……。
これも皆様の応援のおかげです。
予約掲載復活! ブラウザを変えたら使える様になりました。
朝8時の更新に戻せます。
色々なアドバイスありがとうございました。
 




