198 VSコルベルト
クルス戦から2日。あっと言う間に3回戦の日を迎えた。
対戦相手は当初の予定通りコルベルトだ。予想していたが、いざ対戦するとなると緊張するぜ。
だが、フランは落ち着いた様子で俺が教えた座禅を組んで、精神統一をしていた。いや、俺も詳しい座禅作法とか、やり方を知っている訳じゃないけどね。何となく雰囲気っていうの? 目を瞑って、静かに集中する方法として、座禅っぽいことを教えてやったら、フランは思いのほか気に入った様だった。
10分以上、座禅の形で目を瞑っている。傍らのウルシも邪魔をしない様にか、大人しく寝そべっていた。
5分後。今回はゴドダルファも少し時間をかけたらしいな。瞬殺だったら部屋に入った直後に呼ばれたはずだし。
「フラン様、試合場にお越しください」
案内係が呼びに来た声を聴き、フランはスッと閉じていた目を開いた。そして、ニッと笑う。
「行こう」
よし、緊張は全くないようだな。入れ込み過ぎもない。万全の状態だ。
(師匠、今日は本気でやる)
『最初から俺も行くか?』
(ん。開幕から決めるつもりで飛ばす)
フランにしては珍しい。様子見もなく、本気でやるつもりらしい。
ただ、俺も賛成だ。普段のフランもそうだが、戦闘好きな人間は最初様子を見る傾向がある。相手の力を観察し、力を見せる価値がある相手か見極めているんだろう。それが隙でもある。
獣王に話を聞くために絶対に負けられない以上、その弱点を突こうと言うのだ。
まあ、獣王への不安が取り除かれた今、本当に本気を出しても構わなくなった。獣王に目を付けられて、敵対する恐れは限りなく低くなったからな。
既に歩き慣れた通路を通り、試合場に出る。
2回戦以上の歓声と熱気がフランを出迎えた。
「さあ、登場したのは1回戦、2回戦と下馬評を覆し、圧倒的な力で勝ち上がってきた超新星、黒猫族のフランだー! その快進撃はどこまで続くのか!」
まだコルベルトは現れていないようだ。先にフランが紹介され、ゴウゥッという歓声が闘技場を包みこむ。
こうやって聞いてみると、色々な声援があるな。1、2回戦と対戦相手に賭けたせいで損をした者たちからの怒号。可愛らしいフランを応援してくれている黄色い声援。さらに、フランを応援する冒険者たちの声。
ちょっと驚いたが、その姿を見て納得した。エルザの舎弟たちだったのだ。多分エルザにフランを応援する様に命令されているんだろう。何にしても冒険者の集団が、少女であるフランをだみ声で応援する姿はちょっと異様だな。周りのお客さんたちもちょっと引いているぞ。
ただ、フランは彼らを見て軽くはにかんだ。満更でもないらしい。
そんな可愛らしいフランの姿を見た観客から、さらに声援が飛んだ。うんうん、うちのフランは人気者だね。
直後、フランが登場した時と同じような大きな声援が客席から上がる。
「さあ! 遅れて現れたのは、魔剣少女に勝るとも劣らない人気者! 名だたる豪傑をその拳で薙ぎ倒してきたランクB冒険者! 鉄爪のコルベルト!」
コルベルトの能力を鑑定してみるが、やはり以前と変わらんな。ただ、このステータスは一部が偽装されているはずだ。信用できない。
「よう嬢ちゃん、やはり勝ち上がってきたな」
「ん。コルベルトも」
「はっはっは。これでもランクB冒険者なんでな。格下には負けらんねーよ」
「私にも?」
「俺は嬢ちゃんを格下だとは思ってねーが……。世間体ってもんがあるからな」
「私も負けられない理由がある」
「俺もだ」
バチバチと互いの視線がぶつかり合う。火花こそ散らないが、2人の闘気がぶつかり合い、武闘場を強い圧迫感が包んでいる。
いつしか観客の声も静まり、固唾を飲んでフランとコルベルトを見つめていた。
「では――決勝トーナメント3回戦、第2試合開始!」
「じゃあ、行くぜ――」
予想通り、コルベルトは様子見のつもりか軽く構えた。手を抜いているのではなく、後の先でも十分に対応できると言う自信なのだろう。
だが、俺たちは最初からギアマックスだ。
『ストーン・ウォール』
『ファイア・ウォール』
『ウィンド・ウォール』
俺が同時に3つの魔術を発動する。石と火と風の壁によって生み出されたのは、フランとコルベルトを結ぶトンネルの様な通路だ。
コルベルトの反応は速く、とっさに天井を砕いて脱出を図るが、俺たちの方が早い。
「インフェルノ・バースト」
『インフェルノ・バースト』
火炎魔術の同時発動。逃げ場のない炎がトンネルを満たし、コルベルトに襲い掛かった。石壁はその凄まじい熱でドロドロに溶けてしまうが、内側に生み出していた炎と風の壁が僅かな間熱を遮断してくれたおかげで、トンネルが熱で崩壊するのを数秒間は防いでくれる。
コルベルトの逃げ道を塞ぐとともに、炎を集中させて威力を上げる一石二鳥の作戦だ。
だが俺たちは油断しない。ランクB冒険者のコルベルトがこの程度で仕留められるわけがないと、ある意味その強さを信頼しているからだ。
だからこそ、追い討ちをかけた。
「ウィンド・ブリット!」
『ストーン・バレット』
炎と煙で姿は見えないが、確かにコルベルトの気配は残っている。そこに、向かって魔術を放つ。これは動きを止めるための牽制だ。
本命は次。
「はぁぁぁぁ!」
『行くぜぇ!』
久しぶりの念動カタパルトアタックだった。狭い舞台の上では距離が近すぎるため、最高速には届かないが、それでも十分に速い。コルベルトと言えど無傷で躱すのは難しいはずだ。
そう考えていたんだが。
「ぬりゃぁっ!」
『おわぁっ!』
コルベルトの胴体に直撃するその直前、俺は魔力を纏った拳に腹をぶん殴られてしまっていた。このままだと軌道を逸らされ、明後日の方向へ飛んで行ってしまうだろう。
止めのつもりで念動カタパルトを放ったのに、まさかあっさり対応されるとは。衣服が多少焦げているが、あれだけの魔術を叩きこまれたのにダメージは大したこと無さそうだな。やはりコルベルトは危険だ。本当に本気になられる前に、ここで決める。
俺は風魔術と念動で急制動を掛けると、形態変形で自らの刀身をハリネズミの様な姿に変形させる。同時に属性剣を発動させる。纏うのは雷だ。
「なぁ!」
まさか剣が急にその場に止まり、形を変えるなんて思いもよらなかったのだろう。コルベルトは驚きの声を上げている。
どんな防御力をしているのか、鉄程度は貫くはずの針がコルベルトの皮膚に阻まれてしまう。だが、属性剣・雷鳴の効果によりその全身を雷撃が襲っていた。
「ぐががががぁぁ!」
よし、雷鳴は効いているな。
「スタン・ボルト!」
それを見たフランが、雷鳴魔術で追い討ちを仕掛けた。更なる電撃でコルベルトの全身がスパークする。
「とどめ! ゲイル・ハザード!」
最後にフランが放ったのは、風魔術だ。接近せず遠距離で勝つつもりなんだろう。クルス戦でも感じたが、一発逆転は怖いからな。
風魔術によって20メートル以上吹き飛ばされ、観客席に向かって落下していくコルベルト。
フランは警戒を解かず、その行方を見つめる。何らかの方法で持ち直した際、魔術で追い討ちをかけられるように。
そうやって警戒していたんだが……。
「む」
『今のは……転移の羽か?』
突如としてコルベルトの姿が消えた。転移したのは分かったが、どこに行った?
慌てて舞台を見回すが、コルベルトの姿はない。
「上」
『空か!』
いち早くフランが気付いたコルベルトの転移先、それは舞台の遥か上空であった。まあ、落下することさえ気にしなければ、相手の追撃も防げるし、距離も取れるからな。使い捨ての転移アイテムの使い道としては、良い選択だろう。
とは言え、地面に降りるまでの間、相手の的になりかねないと言うデメリットもあるが。そして、フランは遠距離攻撃の手段が豊富だ。
「ん!」
落下してくるコルベルトに向けて魔術を放とうと、フランが再び狙いを付けた。高空から落ちてくるコルベルトに対して、魔術を放つ。威力よりも飛距離と速さを優先した風魔術だ。
同時に俺は火炎魔術を撃った。風魔術の目くらましになると共に、上手く当てればそれで試合も決まる。
だが、それはさすがに虫が良すぎたらしい。
俺たちの魔術はコルベルトに当る直前、彼の振るった拳によって雲散霧消させられていた。
そして、コルベルトは突如空中で加速し、フランに迫って来る。気を放出した勢いで、空中跳躍に近い軌道を可能にしたようだ。
「はぁぁぁ! らぁっ!」
直後、コルベルトから凄まじい魔力が放出された。コルベルトは勢いのままに、遠距離から拳を数度振るう。すると、その拳から無数の気弾が放たれ、フランに襲い掛かってくる。
一発一発の威力はそれ程でもないが、数が多い。フランは広範囲技で一気に対応した。
あっさり防がれてしまったが、フランの攻撃を止め、舞台に降り立つための隙を生むことが目的だったらしい。
コルベルトは無事舞台に戻ると、隙の無い構えでフランを睨みつけた。フランも俺を構えたままでコルベルトと睨み合っている。
「ふぅ。いきなり決めに来るとは、せっかちだな」
「隙があったから狙っただけ」




