197 クルス戦
俺たちは控室で出番を待っていた。
もう決勝トーナメント2回戦の第1試合は始まっている。あと1時間もせずに出番が来るだろう。
昨日は色々とあったが、フランの調子は万全な様だった。むしろ、3回戦まで突破しなくてはならないと決意したことで、やる気が全身にみなぎっている。
このところ、青猫族と出会う機会が多かったせいかフラン本人も無意識の内にピリピリしていたんだが……。奴らが獣王に潰されて溜飲が下がったのか、攻撃的な雰囲気が和らいでいた。やっぱり青猫族と関わるっていうのは相手をボコボコにしたとしてもストレスだったんだろう。まあ、武闘大会に出場することで神経が昂り、好戦的になっていたと言うのもあるだろうが。
フランは準備運動代わりに俺を軽く振り、時折ウルシに跳びかからせては、それを躱す訓練をしている。
『おーい、試合前なんだから、あまり本気になるなよ?』
「ん」
「オン」
とか言いつつ、フランたちの追いかけっこは段々と激しさを増していった。すでに一般人では見切れない速さに達している。まあ、それでもフランにとっては軽い運動でしかないのは分かっているので、止めはしないけどね。
暫くすると、扉が外からノックされた。
「フラン様、トーナメント2回戦の第2試合が終了いたしました。ご準備を」
ずいぶんと早かったな。俺たちが控室に入って、まだ30分くらいだぞ。
案内係に話を聞くと、やはりゴドダルファが瞬殺で試合を終えたらしい。やっぱり奴に勝つのは容易じゃないな。
「では、試合場へお進みください」
『フラン、くれぐれも初めましてとか言うなよ? 会った事あるんだからな』
「ん?」
『いいか? 久しぶりに再会した風を装うんだ』
「だいじょぶ」
うーん。心配だな。今日の相手はあのクルスである。フランは忘れてしまっているが、ランクC冒険者の剣士だったはずだ。
以前の印象は、戦闘力はそこまで高くない、リーダーポジションの男であった。
舞台に登ると、猛々しい雰囲気の男が、静かにフランを睨んでいた。
「まさか君とこの舞台で出会うとはな」
「ん」
『本当にクルスか? なんか、妙にワイルドなんだが』
名称:クルス・リューゼル 年齢:28歳
種族:人間
職業:狂剣士
状態:平常
ステータス レベル:37
HP:256 MP:175 腕力:183 体力:102 敏捷:219 知力:83 魔力:98 器用:125
スキル
悪意感知:Lv3、隠密:Lv4、回避:Lv6、宮廷作法:Lv3、狂化:Lv4、気配察知:Lv6、剣技:Lv6、剣術:Lv8、護身術:Lv4、指揮:Lv2、瞬発:Lv8、耐寒:Lv4、毒耐性:Lv7、罠感知:Lv2、痛覚鈍化、気力操作、生命自動回復、背水
称号
ジャイアントキラー、正義漢、死地を乗り越えし者
装備
暴牙虎の長剣、ミスリル合金の全身鎧、百脚蜘蛛の外套、身代りの腕輪、回避の指輪
職業も瞬剣士から狂剣士に変わっている。さらに、体力と器用が以前より低下し、その代わりに腕力と敏捷が大幅に上昇していた。
完全に攻撃重視になっているぞ。フランも、クルスの顔を見て彼を思い出したらしい。ただ、あまりにも雰囲気が変わりすぎて、戸惑っているな。
「どうしたの?」
「ふふふ。どうしたのは酷いな」
「雰囲気が違う」
「君やアマンダ様の戦いを見て色々と思うところがありましてね。少々戦い方を変えたんですよ。そして、その戦い方を突き詰めるために少々無茶な修行した、それだけです」
そう言えば、フランとアマンダの模擬戦を見てショックを受けていたな。それで、自分の実力に疑問を持って、試行錯誤したんだろう。ちょっと変わりすぎたと思うが。
「あの時の戦いを見た身としては、追いつけたとは思えないが……。どれだけ自分が強くなったのか、知るには最高の相手だ」
クルスが剣を抜く。振動牙のスキルが付いたタイラント・サーベルタイガーの牙から削り出した長剣である。あれは気を付けないとな。
「しかも今や同ランク。これは無様な試合は出来ませんね」
「こっちも、負けられない理由がある」
そう言って、フランが俺を引き抜いて構えた。それが合図となったのか、実況が試合の開始を宣言する。
「行きますよ! 狂化!」
いきなり狂化か。防御を捨ててでも、先に一撃を加えるつもりだろう。フランの攻撃力の前には、多少の防御なんか無意味だしな。
「ダウン・ブレイク!」
確かにクルスは強くなったのだろう。ステータスを伸ばし、修行の末に新たな戦い方を身に着けた。
だが、それはフランも同じ――いや、フランの方が何倍も成長しているのだ。
アレッサでクルスが感じたであろう力の差は、さらに大きく開いている。
「はぁぁ!」
「遅い」
「がっ!」
クルスが繰り出した頭上から振り下ろして相手を叩き斬る剣技、ダウン・ブレイクをいなしたフランはその勢いを逃がしつつ切先を跳ね上げると、クルスの腕を狙った。利き腕を切り飛ばし、戦力を奪うつもりなんだろう。
しかし、クルスは無理に左手を剣と自分の間に割り込ませ、何とか利き腕を庇っていた。その代わりに左腕を犠牲にしたが。
「降参?」
「ふふ、まだですよ。左腕は失っても、利き腕はまだ動きます」
「だよね」
「くっ!」
今度はフランの番だ。1度、2度と攻撃を躱したのはさすがだが、腕を失ってバランスも悪くなっている。クルスはフランの放った3撃目を避けきれずに脇腹を深く切り裂かれていた。
フランはそれで止まらない。止めを刺すべく、今度こそ利き腕を狙って俺を振り下ろした。
「背水!」
叫んだ瞬間、クルスの体が僅かに光り輝く。魔力の流れも感じられた。クルスを鑑定すると、生命力は残り僅かになった代わりに、ステータスが軒並み上昇している。さらに痛覚無効というスキルも追加されているな。瀕死の時にだけ使える、ステータス上昇スキルか!
「がぁぁぁ!」
「む!」
クルスは回避するどころか、自分から俺に向かって来た。当然、フランの攻撃が当たるが、そんなことは意にも介さず、咆哮を上げながら剣を突き出す。
なるほど、身代りの腕輪があれば相手の攻撃を一発は防げる。これに痛覚無効を組み合わせれば、どんな相手でもカウンターを狙えるだろう。
これがクルスの戦法か。肉を切らせて骨を断つ。死ななければ回復してもらえるこのトーナメントなら、悪くない戦法だ。格下が格上を倒す可能性のある戦法の1つでもある。
「がぁっ!」
「やっぱり遅い」
ただ、フランには通用しなかった。フランはクルスの剣の腹に手の甲を添えると、その突きを受け流してしまう。これは完璧に剣を見切っていなければ出来ない芸当だ。
渾身の突きを受け流され、完璧にバランスを崩されてしまったクルスにはフランの蹴りを躱すことは不可能だった。
蹴りとは言え、先程深々と斬り裂かれた傷の上からの攻撃だ。
クルスは声にならない悲鳴を上げながら吹き飛び、舞台の外に転がった。そのまま起き上がってこない。意識を失ったらしい。
「試合終了ー! 勝ったのは魔剣少女フラン! 1回戦に続き、2回戦でも下馬評を覆し、格上に勝利だ~!」
クルスの方が格上に思われてたか。まあ、仕方ないな、向こうの方がランクCとしての活動が長いしな。
「1回戦と同じ、捨て身の攻撃で起死回生を狙ったクルスだったが、一歩及ばず~!」




