193 セレン
いよいよ書籍版が明日発売です!
いやー長かった! この1週間、長かったですよ。無駄にカレンダーの日付を確認しちゃいました。
発売記念と言う事で、29、30、31日と毎日更新します!
試合終了後。地下通路を通りギルドへ戻ると、そこで解放された。
案内係から次の試合予定は明後日だと伝えられる。今日と同じように朝一番で集合する様に言われ、この後は好きにしてよいと言う事だった。
『どうする?』
(試合を見る)
『そうだな。今からならコルベルト戦にも間に合うだろうし』
(ん。それに、他の試合も見てみたい)
そう言えば他人の戦いをじっくり見るという機会はこれまでなかったな。
修行と言えば戦うだけだったが、見取り稽古という言葉もあるし。フランにとっては他者の戦闘を横から見るのは良い経験になるだろう。
『じゃあ行ってみるか』
(ん)
試合場に向かうためにギルドを出ようとするフランだったが、案内係に声をかけられた。
「もしかして観戦に行くのですか?」
「ん。そのつもり」
「でしたら変装されたほうが良いですよ。先程の試合を見ていた観客ばかりですので。騒ぎが起きる可能性があります」
そう言えば観客はさっきまでフランの試合を見ていた人間ばかりだもんな。顔が知られている可能性が高い。賭けもしているし、損した奴に絡まれたり、少女趣味の変態に声をかけられたりするかもしれん。
「じゃあ、何か羽織る」
「そうしてください」
まあ、あとは隠密系スキルで気配を消せば何とかなるだろう。
フランは外套を身に纏い、会場へと向かった。選手は裏口から入場できるらしいので向かってみる。すると、冒険者カードを見せただけで最敬礼で通してくれた。
観客席に向かうと超満員だ。当然座る場所もない。だが、よく見るとある場所にポッカリと空席があるのが見えた。
『あそこ空いてるぜ』
「ん」
フランはその席に腰を下ろした。別に席が壊れているとかもないな。なんでここだけ誰も座っていないんだ? そう思っていたら、すぐに理由が分かった。
「おい、何座ってやがる」
「ん?」
「じゃまだから他に行けガキ」
「あとで兄さん方が来るんだよ!」
強面の男たちがその席の隣を占拠しており、ほかの観客を恫喝して近寄らせない様にしていたのだ。
鑑定してみると町のチンピラらしい。普段から強面ガラ悪冒険者に囲まれているフランにとったら、何の迫力もないただ態度が悪いだけの一般人でしかないけどな。いわゆる場所取りって奴かね? 迷惑な奴らだ。まあ、だからこそどいてもらって心が痛まない訳だが。
「スタン・ボルト」
「ぎゃっ!」
「ひぎっ!」
「おふっ!」
フランはスタン・ボルトで3人の男を失神させるとその体を担いで通路に放り投げた。
「ウルシ」
「オン」
影から現れたウルシに周囲の観客がざわつくが、フランは気にせずウルシの背に2人のチンピラを重ねて乗せた。ウルシは1人の襟首を口で咥え、持ちあげる。
「どっか捨ててきて」
「オウン」
ウルシを見送ったフランが空いた席に腰かける。すると周囲にいた人々もちゃっかりと座り始めた。だが厄介事が嫌なのか、フランに話しかけてくるような人間はおらず、俺たちには有り難い。
その後の観戦では特に問題もなく、落ち着いて試合を見ることが出来た。
コルベルトもアマンダも相手を瞬殺した為、ほとんど情報を得ることはできなかったけどな。
見物だったのはエルザとシャルロッテの試合だろう。舞うように戦う美少女シャルロッテに観客の声援が集まったが、やはりエルザと戦うには少々実力不足だったようだ。
幻惑効果のある舞をある程度見切られた後は、一方的な展開である。エルザの振り回すメイスを躱すだけで精一杯だったのだ。最後は襟首を掴まれてぶん投げられ、場外負けとなっていた。
それ以外の収穫は、やはり俺たちの想像を越えたスキルの使用方法を見れたことだろう。
面白かったのが、嗅覚を上昇させる術を相手にかけた後、クサヤの様な物を投げつけて戦った盗賊だな。正直真似する気はないが、相手に能力上昇系の術を掛けると言うのは面白い発想だった。
それと、溶鉄魔術使いの戦いは非常に勉強になったと思う。相手の武器を溶かしてしまったり、地面を熱々に熱して行動範囲を制限したりと、かなり搦め手の使い方をしていたのだ。うーむ、あれ見た後だと溶鉄魔術のレベルを上げたくなっちゃうね。
試合を全て見終わると、日が傾きかけていた。
『帰るか』
「んー……」
『どうした? どっか行きたいところがあるのか?』
「ゼフメートの剣、持ってきちゃってた」
ああ、そう言えば。ゼフメートが投擲して来た青竜牙のショートソードを収納したままだ。結構強いし、お高いものかもしれん。
『それは返した方がいいかもな~』
「ん」
青の誇りとは色々と良くない出会い方をしているが、ゼフメートに対しては思うところはない。むしろ好感さえ抱いている。さっと返してさっと帰れば問題ないだろう。
『ウルシ、ゼフメートの匂いを追えるか?』
「オン!」
どうやら行けそうだな。ウルシの先導に従って歩くこと20分。
俺たちは町の外れまでやってきていた。この辺は家が少なく、原っぱの様になっている。その広い場所に、幾つかの天幕が建てられていた。
『ここか?』
「オン」
青の誇りは宿を取らずに、自分たちで野営地を建てたらしい。大勢の団員全員が宿に泊まったら相当な出費だし、傭兵団なら天幕を立てるのは朝飯前だろうしな。
ただ、どうやってゼフメートを呼び出そうか。他の団員に見つかったら煩そうだし。俺が分体で呼び出してくるとか?
悩んでいたら、誰かが天幕から出て来た。
「あー、あんたは!」
見覚えがある。オーレルの屋敷の前で偉そうにしていた17、8歳ほどの少女だった。
「誰?」
「私はセレン。青の誇りの副団長よ」
「ん。フラン」
「知ってるわよ。散々うちの団を馬鹿にしてくれたわね! 何をしに来たのよっ!」
「これを返しに来た」
「これって……兄様の剣じゃない! ドロボー!」
敵意むき出しでやりにくいな。それにしても兄様ってことは、ゼフメートの妹なのか。団長の妹だったら、幹部扱いでもおかしくないのかね?
「そもそも、なんであんたみたいな黒猫族の小娘が兄様に勝つのよ!」
「ん? 実力」
「嘘! 黒猫族は雑魚で有名じゃない! 兄様に勝てるわけないわ! どうせ卑怯なことをしたんでしょう!」
「してない」
「してるに決まってるわ! でなければ兄様が黒猫族なんかに負けるはずがない!」
地団駄を踏んで悔しがるセレンは、年齢以上に子供に見えた。それにしても、ゼフメートの妹にしちゃずいぶん黒猫族を嫌うな。
「いいわ、卑怯な手を使って勝ったと運営に報告して、2回戦進出を兄様に譲りなさい。そうしたら、特別に許してあげる!」
感謝しなさいともで言い出しかねないその口ぶりに、フランの目がスッと細められる。
「……断る」
フランの機嫌がだんだん悪くなってきたぞ。ゼフメートに会いに来ただけなのに。
「はぁ? ふざけてるの? 卑怯者のあんたを特別に許してやるって言ってるのよ? ありがとうございますでしょ!」
本当にゼフメートの妹か? ちょっと異常なくらい性格が違い過ぎるが。
「……」
「これだから馬鹿猫族は! 身の程を弁えなさいと言っているのよ!」
「……」
「何よその眼は。もし辞退しないのなら、許さないわよ。どうなるか分かってんの?」
「……分からない」
フランも相当いらついているが、ゼフメートの妹だからか、なんとか我慢しているな。偉いぞ。ただ、あとどれくらいもつかは分からないが。
「ふん。あんたら雑魚猫族が生きてられるのはね、私達青猫族が許可してやっているからなのよ? もし辞退しないなら、あんただけじゃないわ。他の黒猫族も、みな捕まえて奴隷にしてやるわ!」
あー、禁句を……。フランの我慢をあっさり踏みにじりやがったな。
フランの殺気がかつてない程高まった。キアラの話をディアスから聞いた時以上だ。もう知らん。この小娘はもうどうしようもないとして、最悪青の誇りを潰すことになるかもしれないな。
ゼフメートには悪いが、団員たちは典型的な青猫族みたいだし、ここは後腐れなく完膚無きまでに叩きつぶしておいた方が良いかもしれん。下手に復讐とか考えられても面倒だし。
「……」
フランは何も言わず、ただ無言で俺を抜き、少女に向かって振り下ろした。目障りな虫を叩き潰すときの様な、苛立ちと怒りの籠った、それでいて雑な感じの一撃だ。まあ、この少女の命を奪う十分な斬撃だな。
ただ、俺が少女に届くことはなかった。凄まじい速度で割り込んできた人影が、身を挺して少女を守ったのだ。
「がふっ……!」
「に、兄様!」
ゼフメートであった。刃が左の鎖骨を叩き斬り、肺まで達している。妹の命を身を挺して守ったのだろう。
ただ、ゼフメートはフランに対して責める様な言葉を口にしなかった。それどころか、妹に対して睨みつける様な視線を向ける。
「お前は……何と言う事を……口に……っ!」
「兄様! 大丈夫ですか! 貴様! 絶対に許さん、黒猫族など我らの手で――」
「やめろ……!」
「きゃっ」
フランに対して激高しかけたセレンを、ゼフメートが頬を叩いて止める。
ゼフメートはそのまま怪我の手当てをすることもなく、膝と両手を地面につき、さらに額を地面に擦りつけて詫びの言葉を口にした。
「愚妹が、すま、ない。この、とおりだ……」
「……ごめん」
しかし、フランが口にしたのは拒絶の言葉。その殺意は最早この程度では止められない程に高まっていた。
「二度と。このような、ことは、言わせない! もう一度、団の綱紀を正し……、愚か者たちは、追放……いや、奴隷に、落とす!」
追放では生温いと考えたのか、ゼフメートは実の妹を奴隷にするとまで口にした。そうでも言わねば、フランが止まらないと理解しているんだろう。
ゼフメートはフランと戦い、その力が自分よりも圧倒的に上だと分かっている。ここでフランの怒りを解かねば、皆殺しにされかねないと分かっているのだ。
「兄様? 何を言っているの? どうしてそんな小娘に頭を下げて――あっ」
「黙、れ」
ゼフメートがセレンを殴り飛ばした。気を失って、ぐったりと地面に横たわっている。
「まことに、申し訳ない……」
謝っているが、このままだとゼフメートが死ぬな。もう生命力が尽きかけているし。
そうこうしていると、野営地から複数の人が動く気配がしてきた。
『フラン、どうする? すぐに他の奴らが来るぞ』
「すま、ない」
「…………っ」
『したい様にしろ。やるなら俺も本気でやってやる』
「……グレーター・ヒール」
しばし逡巡した後、フランがゼフメートの傷を癒した。青猫族への不信と嫌悪はあるが、好ましい性格をしているゼフメートをここで殺すのは惜しいと思ったんだろう。
「今日は帰る。次に来た時に変わってなければ、その時は覚悟して」
「忝い!」
押し殺したフランの激情を感じ取ったのか、ゼフメートは再び土下座して感謝の言葉を口にしたのだった。




