192 ゼフメート
フランが傭兵団、青の誇りの団長、ゼフメートと闘技場の中央で対峙する。
「やあ。うちの団員が世話になったね」
「……」
「そう睨まないでほしいな」
「……ふん」
今回は戦闘の直前であることもあって、フランはゼフメートに対する敵意を隠そうともしない。だが、無言で睨み続けるフランに対し、ゼフメートは苦笑いでポリポリと頭をかいていた。
「セイズは謹慎させた」
「ん?」
「ああ、2次予選で君に負けた男だよ」
「黒猫族に負けたから?」
「違う。彼の吐いた暴言は、挑発としても行き過ぎていた。すまなかった」
「……!」
きっちりと腰を曲げて頭を下げるゼフメート。フランは驚きの表情でそれを見ている。いや、俺だって驚いたよ? でも、こいつの言葉、嘘じゃないのだ。
どんな甘言でフランを惑わそうとしているのか、暴くつもり満々で虚言の理を使っていたんだが……。
「セイズは幹部からも降格させるつもりだ。俺は黒猫族を見下す様な風潮は正されるべきだと思っている」
「青猫族なのに何を言っているの? もしかして青猫族じゃない?」
「はは……。僕は青猫族だし、信用できないのは分かっている。でも、僕は奴隷商売に手を染める同胞を軽蔑しているし、黒猫族と言うだけで君を侮るつもりもない」
『フラン、こいつは全く嘘を言ってない』
(え? 冗談?)
『まじだ。こいつ、本当にそう思っている。つまり、本当にフランに謝ってる』
俺がそう伝えると、フランは探る様な目つきでゼフメートを睨んだ。だが、その視線を受けてもゼフメートは揺らがない。なにせ嘘をついていないからな。
「信用できない!」
結果としてフランが動揺してしまった。まあ、仕方ないけど。ヤクザの組長が実は善人でした的な、現実じゃまずありえない展開だからな。戦闘前にこれはちょっとまずくないか? 結果として惑わされてしまった。
『フラン、落ちつけ。やることに変わりはないんだ』
「ん。まずは斬ってからどうするか考える」
名称:ゼフメート 年齢:36歳
種族:青猫族・青豹
職業:瞬撃剣士
状態:平常
ステータス レベル:53/99
HP:441 MP:236 腕力:217 体力:200 敏捷:322 知力:102 魔力:129 器用:178
スキル
隠密:Lv3、回避:Lv5、危機察知:Lv6、弓技:Lv3、弓術:Lv4、警戒:Lv4、剣技:Lv8、剣術:LvMax、剣聖術:Lv2、指揮:Lv6、士気高揚:Lv3、蹴脚技:Lv4、蹴脚術:Lv5、瞬発:LvMax、瞬歩:Lv3、尋問:Lv4、槍技:Lv2、槍術:Lv3、双剣術:Lv5、属性剣:Lv2、登攀:Lv7、毒耐性:Lv3、水魔術:Lv3、麻痺耐性:Lv2、気力操作、敏捷小上昇、方向感覚、夜目
固有スキル
覚醒、瞬撃剣、豹足
称号
勝利の立役者
装備
青竜牙のショートソード、アダマン合金のロングソード、多頭竜の全身鎧、亜飛竜の翼幕の外套、状態異常耐性の腕輪、生命回復の指輪
「両者準備は良いかな? 試合、開始!」
実況が試合の開始を宣言する。
その直後、両者が同時に動いた。
「はぁ!」
「ちぇいぁ!」
フランがその苛立ちを表すかのように、力任せの一撃を見舞う。多少荒いが、そのまま防御をぶち抜いて勝負が決まっていてもおかしくない一撃だった。
だが、ゼフメートは両手に持った剣をクロスさせ、フランの初撃を受け止めていた。しかもそのまま剣を俺に絡めて弾き飛ばそうとしてくる。
しかし、腕力と技術で勝るフランから、俺を奪うのは無理だ。その後は激しい打ち合いになる。だが、ゼフメートの振るう双剣をフランは俺1本で捌き、段々とフランの剣がゼフメートを追い詰め始めていた。
剣術の差はこういった攻防では如実に表れる。このままでは押し切られると理解したのか、ゼフメートはフランから大きく距離を取った。
固有スキル、豹足の効果だろう。溜め動作ほぼ無しで、真後ろに10メートル以上跳躍した。そのせいで、フランは瞬間的に追いきれない。
「君は強いね」
「そっちはまあまあ?」
「ありがとう。君みたいに強い黒猫族も居るんだね。やはり、黒猫族を見下すのは間違っている」
「……クズじゃない青猫族は初めて見た」
フランもようやく落ち着いて、現実を受け入れる準備が出来たらしい。憎しみや怒りではなく、純粋な興味の目でゼフメートを見ている。
「ははは……はぁ。本当に青猫族は変わらないといけないな」
乾いた笑い声をあげるゼフメート。本気で落ち込んでいるようだな。
「とは言え、ここで詫びとか言って勝利を譲る訳にも行かない。団の名前にも傷が付くからね。勝たせてもらうよ……?」
「それはこっちの台詞」
フランが油断なく俺を構える。その顔には僅かな笑みと、ゼフメートがしようとしていることへの好奇心があった。
ゼフメートの内の魔力が高まるのが感じられる。
「ふぅぅぅぅ……覚醒……!」
ゼフメートがそう呟くとほぼ同時に、その全身が一瞬で膨れ上がった。筋肉が凄まじい勢いで肥大化したのだ。そして、腕や顔に青と黒の斑模様の毛が生え揃う。なるほど、種族名の示す通り、青い豹っぽいな。
「青豹は身体強化が強く出る種だ。さっきまでの僕とは思わない方がいい――瞬撃剣」
「――ぐっ!」
まるで瞬間移動でもしたかのような突然の攻撃だった。フランがカウンターも出来ずにただ防ぐことしかできなかった。
「初見で防がれるとは……はぁぁぁ!」
覚醒の効果なのだろう。腕力が30以上、敏捷に至っては200近く上昇していた。速さだけであればランクA冒険者並である。これが進化した獣人の実力か!
しかも瞬撃剣は直進移動力を上げる攻撃の様だ。身体能力と合わさって、目で追いきれない程の速さを実現している。この男、過去見た中でも特に敏捷に特化した戦士だな!
瞬歩、豹足という瞬発力を爆発させることによって瞬間的な高速移動が可能となるスキルで攪乱する様に移動を続け、瞬撃剣による一撃を見舞ってくる。
全方位から襲ってくる高速の斬撃の数々。ここにいるのが下級冒険者であれば今頃バラバラ死体の出来上がりだっただろう。
しかしフランにクリーンヒットはなかった。
修行の成果である察知系スキルの習熟により、どんな攻撃も見切っているのだ。そして、見えてさえいれば、受け流すだけの技術が今のフランにはあった。
「馬鹿な……!」
ゼフメートは焦っているな。いくら黒猫族を馬鹿にしていないと言っても、進化した自分が進化できない黒猫族に負けるとは思っていないはずだ。
経験でも、能力でも、スキルでも、フランの様な少女に負けているはずないのだから。
焦った彼の内心を表すかのように、その攻撃が激しさを増す。だが、間断なく攻撃が繰り出されると言う事は、今まで織り交ぜていたフェイントや繋ぎの技が減ると言う事だ。それは攻撃が単調になったということでもあった。
まあ、この速さを捉えることが出来るフランであればこそ言えることだが。
「ストーン・ウォール」
「がはっ……!」
背後から突っ込んできたゼフメートは、進路上に突如出現した低い石壁にまともに突っ込んでしまった。その衝撃で彼の体が天高く舞い上がる。
二輪車で走っている最中に、背が低めのガードレールか何かに突っ込んで、前に投げ出されたような状態と言えば分かりやすいだろうか。
「俺を完璧に捉えているだと――」
「インフェルノ・バースト」
完全に無防備なゼフメートに向かってフランが炎を打ち込む。だが、俺は少々豹足のスキルを甘く見ていた。まさか空中跳躍の様に空中を蹴ることも出来るとはな。
決まったかと思った瞬間、ゼフメートがあり得ない動きで軌道を変え、インフェルノ・バーストを躱したのだ。俺は思わず舌打ちをしていた。
『ちぃ!』
まあ、これもフランに戦いを任せて、特等席での観戦気分でいたからの感想ではあるが。実際に全力でフランに手を貸して共に戦っていれば、インフェルノ・バーストを放ったことで勝利を確信したりせずに、冷静に追い討ちをかけていただろう。
今のフランの様に。
「バーニア」
「いつの間にっ!」
フランは炎を放った直後から、その陰に隠れる様な位置取りで駆け始めていた。そして、ゼフメートが豹足で躱した直後には、火炎魔術で加速して背後から迫っていたのだ。
「はぁぁっ!」
「がぁぁぁっ!」
速さ勝負は、フランだって負けていない。覚醒後のゼフメートにだって渡り合えるくらいに。
ゼフメートには、気づいたらフランが真後ろに瞬間移動していたように感じられたはずだ。だが、自分と同じくらいに速い相手とは戦ったことがなかったのだろうか。自分がやったことをやり返されたゼフメートは、フランの攻撃をまともに防御することが出来なかった。
なんとか左の剣を投げつけつつ、右手の剣を突き出してくるが。苦し紛れの攻撃が当たるはずもない。投擲された剣は次元収納に吸い込まれ、右手の剣はフランの頬を僅かに斬り裂いただけであった。
そのままゼフメートは足を切り飛ばされて吹き飛ばされる。単に弾き飛ばすだけでも場外負けに出来たかもしれない。だが、もしリカバリーされた場合のことも考え、フランは確実に勝利するためにゼフメートの命綱である機動力を奪ったのだ。
片足を失い完全にバランスを失ったゼフメートは、持ち直すことができないままに場外へと落ちて行った。
「決まった! 決まったー! 何が起きた! まさか決勝トーナメントの1回戦でこれほどの試合を見ることになろうとは! 恥ずかしながら、両者の動きを所々捉えることができませんでした~!」
実況が興奮気味に叫んでいるのが聞こえてくる。まあ、ランクAに匹敵する速さの応酬だったからな。
「勝ったのは、弱冠12歳! 魔剣少女フラン! そしてこれは大会最年少勝利記録だ~!」




