188 2次予選
フランが気合を入れて通路を抜けると、1次予選とは比べ物にならない、大きく綺麗な試合場があった。
円形の巨大な試合場と、その周囲を囲む壁。その上には1000人以上は優に入れそうな観客席だ。
客席は、満員どころか立ち見している観客もおり、彼らの上げる耳をつんざく様な大歓声に俺の刀身がビリビリと震えていた。
まあ、フランはいつもの如く、全く気にしていないようだが。
舞台の上にはすでに3人がスタンバイしている。その中に見知った顔があった。
「ええ? フランさん!」
「ジュディス?」
「うわー、最悪! 終わった~!」
ジュディスはフランの顔を見るなり、がくりと膝をつき嘆き出した。いや、気持ちは分からなくもないよ? ジュディスの腕では、フランに勝つのは難しいし。
他の参加者も、どこか不安げな表情だ。どうやら彼らもフランの事を知っている様だった。
「あれが魔剣少女……本当に子供じゃないか」
「見た目に騙されるな。ランクCだぞ? 俺たちよりも格上だ」
今回は侮る相手はいないか。さすがに1次予選を勝ち抜いている参加者たちだしな。そう思っていたら、最後に現れた参加者がフランを見て盛大に笑い始めた。
「はははは! なんで武闘大会に子供が紛れ込んでいるんだ?」
フランがそいつを見て、不快げに眉を顰める。単に耳障りと言うだけではなく、そいつは青猫族だったのだ。
「おいおい、どうやって1次予選を通過した? 賄賂でも渡したか? それとも全員ロリコンだったのか?」
「実力」
「くく。黒猫族がまともに戦えるわけないだろうが! 身の程を弁えろ雑魚猫族! ああ、あの白犬族の爺に手でも回してもらったか?」
よく見たら、こいつ青の誇りのメンバーだな。オーレルの屋敷の前で、少女と一緒に門番に詰め寄っていたはずだ。
なるほど、だからフランやオーレルに対して突っかかってくるわけか。
「雑魚猫族、お前は嬲り殺してやるから覚悟しろよ? くくく。まずは顎を砕いて降参できない様にしてから、装備を剥いて公衆の面前で辱めてやるかな?」
「……青の誇り(笑)が偉そうにするな」
「ああ? なんだと?」
「他の大陸ではとても有名だとか嘘をついてオーレルに会いに行ったら嘘を見抜かれて門前払いされた傭兵団とは名ばかりの雑魚どものくせに粋がるなって言った。あと青猫族臭いからそれ以上近づくな」
おや? フランさん、すでにキレてらっしゃる? 久々にフランの長文を聞いたよ。
「この小娘……!」
試合場の一角にはオーロラビジョンに似たスクリーンが設置されている。これは魔道具となっており、そのまま巨大モニターと同じ機能があるらしい。今のやり取りがそのモニターに映し出されていたようだ。
青猫族の男のクズ発言もバッチリ聞かれていたようで、少数の男性客が歓声を、多数の女性客がブーイングをしている。そして、フランが啖呵を切ったあたりで、凄まじい歓声が上がった。
青筋を立てて憤怒の表情を浮かべる青猫族の男。フランは言いたいことを言ってスッキリしたのか完全に無視だが。そんな態度がさらに男の怒りを煽っている。観客もこういった試合前の小競り合いを楽しんでいるらしい。もっとやれ的なヤジが飛ぶ。
そんな雰囲気の中、試合が始まった。
青猫族の男は、脇目も振らずフランに跳びかかって来た。手加減も何もなく、大上段から大剣を振り下ろす。悪くない太刀筋だが、完全に殺しに来てるよね。馬鹿にされたくらいで大人げない奴だぜ。
ただ、青猫族の男に合わせて他の3人もフランに向かってきたのは驚いた。どうやら一番強いフランをまずは協力して排除しようと言うことらしい。ジュディスも強かに、他の参加者を盾にする様な位置取りだな。
相手が強者だと分かっていても、戦う以上は勝利を諦めない。その姿勢は素直に称賛できるし、フランも共感しているらしい。
卑怯などと言う事もなく、ただ僅かに微笑みを浮かべ――俺を一気に振り抜いた。
「ふっ」
「ぐあぁ!」
フランは鞘から抜かないまま、俺を思い切り振り上げる。その一撃は青猫族の顎を捕らえ、その体を空中へと打ち上げた。キリモミしながら空を舞う青猫族。
フランは振り上げた勢いを利用して、そのまま俺を水平に薙ぎ払う。
「ヘビー・スラッシュ」
「きゃぁ!」
「なにぃ!」
「ぎゃぁ!」
青猫族の後ろにいた剣士と槍使いがその一振りで吹き飛ばされる。そして、後ろにいたジュディスも、彼らに巻き込まれる様にして一緒に吹き飛んで行ったのだった。
三者三様の悲鳴を上げながら、ジュディスたちは場外へと落ちていく。下級剣技だが、今のフランが使えば相当な威力があったな。
開始数秒で3人脱落である。
だが、フランは止まらない。
「ひぃぃ! は、はふけ……!」
今度は俺を振り下ろして、落下してきた青猫族を地面に叩きつける。メゴッという鈍い音と共に、石でできた舞台にヒビが入る。
「がひぃ……ふぅぁ……!」
青猫族は血反吐を吐いて、呻いていた。意識を失わないのは青猫族が頑丈なのではなく、フランがギリギリのところで手加減しているからだ。
「ひぎ……。ほうはん! ほうはんする……!」
「何言ってるか分からない」
「ほうはん……」
「だから何を言ってるか分からない」
まあ、顎を砕かれてるからね。
「ほうはんでふ~……」
「青猫族は馬鹿すぎて降参も言えないの? まあ、青猫族だし仕方ないか」
うわー。確信犯ですねフランさん。まあ、黒猫族を馬鹿にされたし、こいつが言ってたことを実際にやり返してやったってことかな。
「服を剥いて辱める?」
「ひぃい。ふひまへん! ふみまへん! もうひゃめへくへ~!」
フランの殺気を受け、恐怖が限界に達したんだろう。青猫族は熱い液体で股間を濡らして、錯乱気味に叫び出した。
レフェリーの男を確認すると、さすがにこれ以上の試合続行は不可能と判断したんだろう。試合を止めようと慌てて舞台に登ってくる。
それを見たフランは、青猫族に止めの一撃を放った。
「望み通り終わらせてやる」
「ごばぁ!」
フランはそう呟き、ゴルフのスイングの様に俺を振り抜き、青猫族を場外へ吹き飛ばした。おおー、10メートル以上は飛んだねー。でも、ちょっとやり過ぎじゃね?
お客さんがドン引きしてないか心配だったが、お客さんにとってもこの程度は多少刺激的な試合で済むらしい。拍手喝采であった。
「決まったぁー! 小さな少女の放った攻撃が、たった一撃で大の大人を場外へ吹き飛ばした! かわいい顔で、信じられない手練れだぁ~!」
実況なんてあったのか、全然気付かなかったぜ。フランの勝利が宣言された瞬間、一際大きな歓声が会場を包みこむ。
「その異名の元ともなった魔剣を抜くことさえせずに圧倒的な勝利だ! 予選西ブロック第11試合を制し、決勝トーナメントに進出したのは、ランクC冒険者、魔剣少女フラン~!」




