186 1次予選
指定された1次予選の会場につくと、そこは案外ひっそりとしていた。
まあ、1次予選は一般の観客に開放されないので、仕方ないのかもしれないが。
ただ、見るからに冒険者と思われる男たちが出入りしており、熱気の様な物は伝わってくる。
『入り口で受付をするみたいだな』
「ん」
フランに気負う様子はなく、普段通りの様子で受付に向かった。ウルシは影に入っている。どうせ連れて行っても控室に置いていくことになるからな。ウルシが自分の意思で影から見守ることを選んだのだ。
「ああ、お嬢さん。今日は観戦できないんですよ。明日の2次予選から来てね?」
いつもの如く、参加者には見られないな。一応俺を背負ってるのに。駆け出し冒険者だと思われているんだろうか。
それにしても、ランクアップの情報は公開されているはずなんだけどな。まあ、鑑定で確認してみたらこの受付は冒険者ギルドの関係者ではなく、領主に使える下っ端文官みたいだし、仕方ないのかね?
「参加者」
「え? お、お名前は?」
「フラン」
「えーと……あ! 名前がある! ええ? 本当に参加者なのかい?」
「ん」
「悪いことは言わないから、今から棄権したらどうだい? 1次予選では回復術師も付かないし、とっても危ないんだよ?」
良い奴なんだろうが、フランにとっては大きなお世話なんだよな。ただ、純粋に心配してくれているのが分かるので、フランも苛立ったりはしていない。
「だいじょうぶ」
「本当に危ないんだよ?」
「ありがとう。またね」
「ああ……怖かったら直ぐに降参すればいいから! 分かったね! 怪我してからじゃ遅いんだからね!」
受付の業務を放棄するわけにもいかず、男はスタスタと会場に入っていくフランの背に大きな声で心配の言葉を投げかけるのだった。
受付で一瞬足止めをくらったものの、その後はスムーズだった。案内係が冒険者な上にそれなりに腕の立つ老人だったため、フランを侮る様な事にならなかったのだ。
むしろ、試合場の上からニヤニヤとフランを見下ろして笑う他の参加者を気の毒そうな目で見ていた。
「へっへっへ、最後の参加者はガキかよ!」
「こりゃあ、実質4人での戦いだな」
「お遊びじゃないんだぞ。俺はこの大会で活躍して、仕官しなくてはならないのに! 初戦が子供とはな!」
傭兵風の男が2人、冒険者っぽい男が2人。既に試合場に立っていた。
1人を除いてフランを完全に侮っている。唯一、フランに厳しい視線を向けている冒険者は、鑑定してみるとそれなりに強い冒険者だった。多分、ランクD以上。当然フランの事も知っている様だ。
「では、試合を開始する」
案内係の老人がそのままレフェリーの様な事もするらしい。その老人に対して声を荒らげたのは冒険者風の青年だった。因みに雑魚の方だ。
雑魚冒険者は老人に詰め寄ると、フランを棄権させるように言っている。
「いくら出場資格を満たしているとはいえ、あんな子供を倒せるか! 俺はこの大会で名を上げるんだ! たとえ勝っても少女を傷つけたなどと広まれば、名に傷がつく!」
「とは言っても、ワシにはそのような権限ないからのう」
「おい小娘! 棄権しろ! ここは遊び場ではないんだ!」
そう言って喚く雑魚冒険者に声をかけたのは、腕利き冒険者だった。
「おい、お前。もしかしてウルムットに来たばかりか?」
「昨日来たばかりだが?」
「そうか……」
腕利き冒険者が軽くため息をつく。雑魚の事情を察したんだろう。もうちょっと前から町に入ってれば、フランの事も知っていただろうに。この男に何を言っても無駄だと悟ったんだろう。腕利きが老人に試合開始を促した。
「時間もないんだ。とっとと始めるぞ」
「おい、ふざけるな……!」
「おい兄ちゃん。ガキとやりたくないならお前が棄権したらどうだ?」
「そうだぜ。ギャーギャー煩いんだよ!」
「何だと!」
傭兵2人も加わって、睨み合いが始まってしまった。うーん、そろそろ試合を始めたいんだけどな。
(師匠、ここでぶっ飛ばしちゃダメ?)
『ダメだ。フランが失格になるぞ』
フランもちょっと苛立ってきたし。すると、老人がこれ以上揉められたらかなわんとばかりに、試合を開始しようとする。
「では、試合を開始する。5、4、3――」
「おい、何勝手に――」
「2、1、開始!」
未だに喚く雑魚を無視して、試合が始まった。その瞬間、傭兵たちが動き出す。
「へっへっへ。こういう時のセオリーは――」
「まずは強い奴にご退場願うってことだよな!」
雑魚とは言え、戦場経験があるだけあるな。機を見る程度のことはできるらしい。暗黙の内に手を組んだ傭兵2人が、連携する様に走り出す。
今まで、傭兵と言ったら複数の武器技能はあるものの、個人戦闘力が低いというイメージだった。だが、初めて出会う相手とスムーズに連携できるところを見ると、集団戦はむしろ冒険者よりも慣れているのかもな。
そんな傭兵たちの言葉に雑魚が身構える。
「くっ、卑怯な! まずは俺に集中攻撃するつもりか!」
いやいや、お前じゃないから! この雑魚、どうしたらこの腕でこんなに自信満々なんだ? 名を上げて仕官とか言う前に、1次予選突破が目標レベルの腕だろうに。
「まずはてめぇだ!」
「おらぁ! 死ねや!」
傭兵たちが左右から連携して斬り掛かったのは、当然フラン――ではなく腕利き冒険者だった。まあ、でかいし雰囲気もあるし、強そうに見えるけどな。
ただ、実力差がありすぎた。腕利きの剣の一振りで、傭兵たちがブッ飛ばされて場外に落ちる。
「馬鹿な~!」
「強すぎだろ!」
一方、俺たちはと言うと、雑魚と向かい合っていた。ここまで来ても、雑魚はまだ棄権する様に言ってくる。空気読めない奴だね。
「いいか? 俺はコレント村で最速でランクE冒険者になった天才剣士だ! 小娘如きが敵うと思っているのか? 怪我する前に自分で舞台を降りるんだ。これが最後通告だぞ?」
小さい村で天才だとか、神童だとか持ち上げられて、勘違いした手合いか。
「だから――」
「うるさい」
ボバン!
その言葉を遮って、フランが雑魚の腹に蹴りを叩きこんだ。そのまま数メートルの距離を水平に吹き飛び、舞台の端まで転がる。
「うげぇ! がはぁっ……!」
色々な物をリバースしながら、腹を押さえて呻く雑魚。その眼が信じられないと言った様子で見開かれ、フランを見つめている。10メートル近く飛んだしな。
「まだやるなら次は本気でやる」
「ひぃっ……」
雑魚でも、フランから放たれる威圧感は感じ取れたらしい。さっきまでペラペラと回っていた口を閉ざし、男は恥も外聞もなく自ら場外に転げ落ちた。
『なんで一発で決めなかったんだ?』
(馬鹿でムカつくけど、悪人じゃなかった)
だから問答無用で倒すんじゃなくて、自分で選ばせてやったってことね。でも、今の負け方は不意打ちで倒されたって言い訳できないし、ある意味もっと残酷な気もするけどね。完全に心をへし折られたし。
「やはりこうなるか……」
「ん」
「勝てるとは思えんが、せめて一矢報いさせてもらうぞ!」
鋭い抜き打ちを放った腕利きだったが……。
直後、フランのカウンターをくらってガクリと倒れ伏していた。腕は悪くないんだけど、相手が悪かったな。斬り掛かってきた腕利きの一撃はいなされ、体勢が崩れたところをフランの左拳が襲ったのだ。
「無念……」
こうして、フランは1次予選を突破したのだった。




